1章エピローグ①:手紙
Side:シャルロッテ
ああ、いつもの悪夢だ。
お父様とお母様が最初にいなくなる。そのあとにリリィが。
私が関わってきた人たちがみんな遠くに行ってしまう。
熱い、苦しい、寂しい。
なんでこんな悪夢を見るの? どうしてなの?
それに答える声が聞こえた。
『それは予知夢です。巫女殿には悪い未来を、夢という形で見る力があるようです』
「神狼、様?」
『我のことはどうか、シロとお呼びください。あの場で真名を告げらなかったことをお許しください』
「ううん、今ならわかるからそれはいいの。予知夢って?」
『巫女殿に我の加護を授けた結果、元々あった才能が開花したようですな。今までもこのような夢を見てきたのでしょう。おいたわしい……』
「そうね、昔からこういう夢を見てきたわ。私は一人になってしまうの?」
『それは我にもわかりません。ですが、この闇を払う者がもうじき来るでしょう』
「どういうこと?」
私が聞き返したときには、シロはいなかった。何度呼んでも姿が見えない。
――やはり、私は一人になる運命なんだ。
そう結論付けて、しゃがみこんで泣いていると、ふわりと風が吹いた。
顔を上げると、そこにはロイ様がいた。
「シャルロッテ、助けに来たよ」
「ロイ、様?」
私は涙でぼやけて見える彼を凝視した。次の瞬間には抱きしめられていた。
「もう大丈夫だ。君は一人じゃないよ」
私は彼の胸で泣いた。一人が怖かった。ずっとこのまま一人だと不安だった。
胸の内を、彼に包み隠さず話した。その都度、彼は笑って私の頭を撫でる。
今までどこにいたのか、クゥが姿を現す。彼のスライムたちが飛び跳ねる。
リリィやお父様、お母様がそばで見守ってくれている。
「俺がいる。君は一人なんかじゃないよ」
そう言って、ロイ様が輝く右腕を振る。
あれが聖印。
なんて美しいのかしら。彼が腕を振るうと、真っ暗だった世界が色を取り戻す。
小川が流れ、綺麗な花畑がある。川のせせらぎが聞こえ、花の香りが優しく香る。
彼に手を引かれて、テーブルが用意されている場所へ向かう。
テーブルのそばには、リリィや彼の侍女アドラがいる。
「さあ、席について?」
彼に言われて、リリィが引いてくれた椅子に座る。
テーブルにはお茶が用意され、お菓子も置いてある。
「じゃあ、君が起きるまで楽しくおしゃべりでもしようか」
ああ、やはりこれは夢なんだ。彼の言葉で、私は確信した。
でも、こんな夢ならいつまでも見ていたい。私たちは夢の中のお茶会を楽しんだ。
美味しいお茶に、見たこともないお菓子。
これは異世界のお菓子なんだ、いつかこちらでも再現してみせると彼は言う。
私は異世界という言葉が気になった。でも、たしかにこの美味しさは異世界のものだと、すんなりと信じることができた。
ロイ様は不思議な人。
私はなんだか眠くなってきた。楽しいお茶会はもう終わりらしい。
「そろそろ目が覚めるようだね? それじゃあ、今日はシャルロッテ嬢のスライムをテイムしに行こうか?」
「あ、あの、ロイ様!」
「ん? どうしたんだい?」
「私のことはどうか、シャルとお呼びください。周囲の親しいものにはそう呼ばせております」
「わかった、シャル。朝食の席でまた会おうね」
「はい、ロイ様!」
そこで私は目が覚めた。
目が覚めると、ベッドの脇で丸くなるクゥがいた。
どうやらこの館の人たちに丸洗いされたようだ。
ちょっと汚れていたもんね。毛並みがつやつやでふわふわになっている。
朝の支度をしてるときに、リリィからそう聞いた。
鼻歌を歌っていると、リリィから不思議そうな顔をされる。
「お嬢様? そのような曲をどこで?」
「そうね。夢の中のお茶会で、かしら?」
リリィがさらに不思議な顔をする。
私はその顔がなんだかおかしくて、笑ってしまった。
朝食の席でロイ様と顔を会わせる。
「おはよう、シャル。体調はよくなったみたいだね?」
「はい、おかげさまで。お茶会、楽しかったです。ありがとうございました」
「ああ、俺も楽しかったよ」
「坊ちゃま? いつお茶会を?」
「ふふっ、夢の中で、かな」
アドラも不思議そうな顔をしている。私たちは二人で顔を見合わせて笑う。
「さあ、朝食にしようか。シャル、こちらにおいで」
私はロイ様にエスコートされて席につく。小さな淑女と小さな紳士だ。
微笑ましい光景だと、周囲から温かい目で見られているのを感じて、今更になって私は恥ずかしくなった。
今日はほかの学生とは別行動です。
彼らはテイムしたスライムに魔力を与えること、それから仲良くなることをロイ様から指示されていました。
私は自分のスライムをテイムするために先日の草原に来ています。
今日は私とロイ様だけなので、私たちの侍女も同行している。
前回のことがあり、今日はいつもより騎士たちが周囲を警戒しています。
「うーん、やはりスライムが見当たらないな?」
「そうですね? なんででしょうか?」
そのとき、近くで「ぴきぃ!?」というスライムの鳴き声が聞こえました。
でも、鳴き声というよりは、悲鳴のように聞こえた気もします。
私たちは顔を見合わせて、鳴き声が聞こえた方に近づきます。
そこでは、クゥがスライムを追い払っている姿を見つけました。
「なるほど。これは見つからないわけだ」
「こらっ、クゥ! 私たちはスライムをテイムしに、ここに来ているのですよ!? どうしてスライムを遠ざけるのですか?」
「クゥ~ン」
「ハハッ、わかったぞ。クゥはスライムに嫉妬しているわけだな?」
「嫉妬、ですか?」
「クゥ……」
クゥの尻尾が丸くなる。申し訳なさそうにしている姿が可愛い。
ロイ様がクゥの気持ちを代弁してくれます。
「スライムにシャルを取られるとでも思っているんじゃないかな。その誤解を解いてあげればいいと思うよ?」
「クゥ? 私はお母様から美の秘訣を教えてもらうように言われています。なので、ここでテイムができないとお母さまから叱られてしまいます。だから、どうか邪魔をしないでちょうだい」
「クゥンクゥン」
首を振るクゥ。こちらの言葉はわかっている様子。さすがは神狼の子。
なら、言葉で説得して、わかってもらわなければ。
「お願い、クゥ。わかって?」
「クゥンクゥン」
「困ったわ? どうしたらいいのかしら……」
「じゃあ、こうしよう。クゥ、俺のスライムをシャルの護衛につける。ダメかな?」
「ウォン!」
「それならいいみたいだね」
「ロイ様? いいのですか?」
「うん、大丈夫。セラピーも成長して、だいぶ分裂できるからね」
ロイ様のセラピーちゃんが今後、私の護衛についてくれるそうです。
けれど、これに不満の声をあげたのはリリィです。
「ロイ様、お嬢様の護衛は私が任されています。スライムの護衛など不要です」
「まあまあ、物は試しに受け入れてくれよ? 俺も安心できるし、シャルのお母上の課題も片付くんだ」
「リリィ、私からもお願いします」
「お嬢様……。仕方がありませんね、わかりました。今回は奥様のこともあるので、スライムの護衛のことも受け入れますが、ロイ様? 私がたとえ一人でも、お嬢様のことを守れることをお忘れなきようにお願いいたします」
リリィは私が生まれたときから面倒を見てくれた侍女です。
私に対する忠誠心のようなものがとても強い。
たとえ、意見が食い違って衝突しても、こうして話せばわかってくれます。
さて、そうなると、今日はこれからどうしましょうかという話になりますね。
私が考えていると、ロイ様の専属侍女、アドラが草原に敷物を準備していました。
「お話は済みましたか? では、ピクニックといたしましょうか」
「アドラ、いつの間に……」
「坊ちゃま? こうなることを予想していたから、私に指示していたのでしょう?」
「それはそうなんだけど。まあいいか。シャル、こっちにおいで。もう昼食に近い。作ってきたサンドイッチを一緒に食べよう」
「はい、ロイ様」
「アドラ、お茶を頼む。リリィも周囲の警戒は騎士に任せればいいよ」
「そうよ、リリィ。たまには一緒にお茶しましょう?」
「ですが、お嬢様」
「ねっ、お願い?」
リリィは仕方がないとため息をついて、座ってくれた。
昼食のサンドイッチは美味しかった。
ベーコンとシャキシャキとした野菜が挟まっており、飽きないように甘いジャムのサンドイッチもありました。
私はなんだかリリィに甘えたくなり、膝枕をしてもらいました。
ロイ様もアドラに言われて、膝枕されているようです。
私は今、世界一と言っていい程に、幸せな時間を過ごしていますね。
リリィになでられていると、眠くなってきました。おやすみなさい、ロイ様。
「なあ、俺らって空気のようにしか思われてないよな?」
「うるせえ、主を守るのが俺たちの仕事だ。黙って警戒してろ」
「そうは言っても、こんなに天気のいい日に膝枕で寝れる主人たちが羨ましいよ」
「お前、アドラのこと気になってるって言ってたもんな?」
「う、うるせえ。お前こそ黙って警戒しろ」
私の知らないところで騎士さんたちが騒いでいたそうですが、私はすでに夢の中。
日差しがきつく思えても、草原に吹く風はとても心地いい。
私たちは夕方近くまで眠ってしまいました。
ここにいられるのも、あと三日。
私はクゥに魔力を与えながら、学生たちが接客方法を学んでいるのを見学です。
たまに私はお客様役として、接客からマッサージまでの一連の流れを受けます。
私はロイ様のセラピーちゃんの分裂体で、兄弟となるエスティを借りています。
セラピーちゃんができることは、エスティはすべて出来るようです。
なので、学生さんたちと私の目的が違うので、講習には参加しません。
その代わり、私はロイ様のスライムたちに囲まれて、ロイ様と別室でお勉強です。
「シャルはどこまで勉強が進んでいるか聞いてもいいかい?」
「お恥ずかしながら、まだ基本文字と数字を覚えたばかりです。ここへ来る道中で、いくつかの単語を覚えた程度です」
「そうか。単語の方は今後も勉強ということになるね。俺もそういう状況だよ」
「そうなのですか? なんだか意外です」
「基本文字の組み合わせが不思議でね。その組み合わせで、その単語になるんだ!? って驚きが多くてなあ」
「加護をもらった今なら、ロイ様のその気持ちがわかるかもしれません。文字としては『バ』と『ス』なのですが、意味はお風呂なんですもの。単語は難解です」
「そうなんだよ。気になったから、文字の方を調べてみたら、文字自体に属性があるようだよ。『バ』には水という属性があって、『ス』には火の属性がある。だから、お風呂になるらしい。不思議でしょうがない」
「そんな意味があったのですか!? 知りませんでした。いえ、加護の知識の中にはありますね。なるほど、それで詠唱魔法というものがあるのですね」
「へえ、詠唱魔法か。興味をそそる言葉だ」
「お二人とも、話がお勉強から脱線しています」
「坊ちゃま? 興味を持つのはいいのですが、今はお勉強を優先してください」
「ごめんなさい、リリィ」
「すまない、アドラ。魔法となるとどうしてもね。じゃあ、計算から始めようか」
侍女二人に注意をされて始まった、おかしな勉強会。
けれど、ロイ様はすごいのです。加護の知識にない計算方法を教えてくれます。
私は加護のおかげで賢くなったみたいなのですが、実際はまだ何も描かれていない状態の真っ白なキャンバスのような状態です。
ここから私自身が情報を得て、キャンバスに知識という筆で描いていくのです。
出来上がった知識の塊である絵が私の知恵となるのです。
ロイ様が私の吸収力、学習能力に驚いているようです。
けれど、子どもの知識欲と加護の力に頼っているのが現在の私です。
私は勉強方面ではズルをしていますね。
私が計算で得意になっていると、ロイ様がピュムちゃんを呼び出します。
「ピュムさんや。ちょっと、シャルロッテ嬢に現実を突きつけてあげなさい」
「ぴゅぃ!」
「ん? どうしたのですか、ロイ様?」
「これから二人に計算問題を出します。早く答えられた方に頭をなでなでします」
「なっ!? 負けられませんっ!」
「ぴゅぴゅぃ!」
「じゃあ、始めるぞー」
絶対に負けられない戦いに、私は何度も何度も敗北してしまいました。
ピュムちゃん、計算早すぎだよぉ……
机に突っ伏していると、ロイ様が笑いながら頭をポンポンとなでてくれました。
「シャル? なんにでもそうだが、上には上がいるってことを覚えておくといいよ。戦いの場になったら、それが命を左右することもあるからね」
「……はい、今回でよくわかりました」
「ぴゅぃぴゅーい!」
「おっ? 敗者の頭をなでたら意味がないって? 固いこと言うなよ、ピュム」
ピュムちゃんとロイ様がじゃれ合っています。とても眩しく、羨ましい光景です。
私もクゥといつかはあんな風になれるでしょうか?
ううん、それよりもロイ様と……
今日は魔法の鍛錬です。ロイ様から護身用の魔法を教えてもらいます。
加護のおかげでこちらもすぐに習得できそうでした。
ただ、威力と照準の調整が難しいです。
ロイ様にそう伝えると、解決方法も教わりました。
なるほどと思って練習したのですが、それでも中々うまくいきません。
これは帰ってからも練習が必要そうですね。
それからリリィがロイ様の実力を疑うせいで、模擬戦を行うことになりました。
私に教えた魔法が使えるものなのかを知るためだそうです。
挑発するようにロイ様が「自分で味わってみるか?」と煽るので、私はケンカ腰の二人を見て、とてもハラハラしました。
模擬戦の結果はロイ様の圧勝。勝負は本当に一瞬でした。
瞬きした瞬間には、ロイ様の後ろをとったリリィの勝ちかと思いました。ですが、ロイ様は足踏み一つでリリィを無力化してしまいました。
審判をしていたアドラが、少しは手を抜いたらどうですか? と言って、ロイ様に呆れながら、リリィに近づきます。
私はハッとして、エスティを連れて、すぐにリリィの治療をしました。
少し痺れただけということだったので、ホッとしました。
ロイ様は何も言いませんでしたが、リリィの安全に配慮していたのでしょう。
リリィはロイ様に怪我をさせてでも気絶させる気のようでしたが。
けれど、あれが私が学ぶ魔法なのですね。
たしかにあれなら、周囲の人間を一度に無力化できそうです。
もう一つの奥の手は、油断している初見の相手に使えそうですから、私にとっては強力な守りの手段となりそうです。
使いこなせるように、帰ってからも練習あるのみですね。
今日はコルディヤに滞在する最後の日です。
なので、私を含めた学生たちは観光をさせてもらえることになりました。
学生一人一人に騎士たちがついて、案内もしてくれるみたいです。
私はロイ様が街を案内してくれます。リリィとロイ様の護衛のマルスも一緒です。
貴族で二人っきりになるのは、夫婦という関係に至るまではほぼありえません。
ですが、それでもこのように二人で一緒にお出かけができるのは嬉しいです。
ロイ様は私をどこに連れて行ってくれるのでしょうか?
ロイ様は色々なところに連れて行ってくださいました。
スライムが浮いている海やスライムが塩を作っている作業小屋などです。
どうして、もう少し雰囲気のある場所に連れて行ってくださいませんの!?
私は少しだけ悲しくなってしまいました。
昼食ということになり、ロイ様はとある商会に連れて行ってくださいました。
そこには赤髪が綺麗な女性がいました。私たちが来ると嬉しそうな顔をします。
まさか、ロイ様を慕う方ですか!?
ですが、すぐに勘違いだと分かりました。この方の目的は護衛の方のようです。
ロイ様は二人を会わせるために、ここに来たようです。
二人の視線にはお互いを想い合う気持ちが、ハッキリと見てとれました。
ロイ様はしばらくは二人の好きにさせていましたが、すぐに仕事に戻らせました。
「あー、ハンナさん? 少し醤油をもらえるかな?」
「ロイ様、もう少し甘い時間を味わせておくれよ? 久しぶりに会えたんだよ?」
「ハイハイ、アレンに怒られたくなかったら、さっさと仕事モードに戻ってくれ」
「ハンナ? もう少し厳しく修行するかい?」
「いえ、お父様。しっかり仕事をしたいと思います!」
「よろしい」
この方のお父様でしょうか? 厳しい修行中のようです。
よくわかりませんが、護衛の方がガックリと肩を落としています。
ですが、私は見ました。
二人がすれ違う瞬間に、ハンナという方が護衛の方の頬に口づけをしていたのを。
私は見てはいけないものを大人の関係というものを見てしまいました。
ロイ様はこちらで食事を頂くようです。
先ほどの女性が「うちは食堂じゃないんだがねえ」とボヤいています。
ですが、ロイ様は対策済みのようでした。
「マルスの胃袋をガッチリ掴むレシピはいらない?」と言って、思い人の胃袋を掴むための料理のレシピをちらつかせて、厨房を使う許可を頂いています。
どうやら、彼女は護衛の方の胃袋をロイ様から奪い返そうとしているようです。
たしかに、ロイ様の料理は美味しいです。
私が胃袋を掴まなければならないはずなのに、気づいたら私が掴まれていました。
これは大問題なのでは!?
私が一人ショックを受けている間にも、料理が出来上がって運ばれてきます。
今日は暑いということで、冷たいダシチャヅケというものを頂きました。
焼いてほぐした魚や香りの強い野菜をライスに乗せたものに、ロイ様が出汁という液体を魔法で冷やして、上から注いで食べるようです。
ここでも当たり前のように、あの二本の棒が用意されます。
私はまだうまく扱えません。ですが、使えないとは言えません。
私の葛藤に気付いたロイ様が「まだ箸が難しいのならスプーンを使うといいよ」と言ってくれました。
ロイ様の言葉に甘えて、今回はスプーンを使わせてもらうことにしました。
食事をしながら、二本の棒、箸の練習の仕方を教えてもらいます。
「それなら、シャルにあった長さの箸を探そうか」
「私が使いやすい長さの箸があるでしょうか? 帰ったら練習しようと思います」
箸を扱うのに苦労した話や使うためのコツを教わり、食事中の会話は弾みました。
店内で私に合った箸を探している間、ロイ様は商会に来ていた商人となにやら商談をしているようです。
私はロイ様が構ってくれないことに、ふくれっ面になりながら箸を探します。
探すのに夢中になっていると、後ろから髪に何かが差し込まれます。
「えっ?」
「うん、やっぱりこれは似合うね。これにするよ、いくらになる?」
「アリガトゴザイマス、これくらいでドウデス?」
「うーん、ちょっとするが……、まあ、いいだろう」
「マイド! ソチラの方にはコチラも似合うとオモイマスですよ?」
「商売上手だな、さっきのと合わせて、少し安くしてくれ」
「ボッチャン、太っ腹ネ! イイヨイイヨ! コイビトにはいい買い物ネ!」
「まだそういう関係じゃないよ」
ロイ様が私に髪飾りを買ってくれたようです。
ですが、それよりも……
――まだそういう関係じゃないよ。
まだってどういうことですの!? 気になりますわ!
ロイ様も私のことを、好ましいと、そう思ってくれているのでしょうか?
今、私は顔が真っ赤になっている自覚があります!
ロイ様を直視できません。ドキドキと胸の鼓動が止まりません!
どうしましょう!?
私が赤面している間に、いつの間にか私は座らされて、リリィが商人から髪飾りの使い方を教えてもらっていたようです。
まったく気がつきませんでした。
気がついた時にはすでに帰りの馬車の中でした。
ロイ様に「今日は楽しめたかい?」と聞かれましたが、私はコクコクと頷くことでしか、返事を返せませんでした。
この温かな気持ちをどうすればあなたに伝えられるのか、直接あなたに伝えることが出来たらどれだけ楽になれるのかと悩んでしまいます。
今日はロイ様と別れの日。
学生の方々は今日帰らなければ、夏休暇が明ける学園の準備に間に合いません。
そのため、各々自分のスライムを抱えて、荷物を馬車に運んでいます。
私もその内の一人です。
ロイ様がこちらの食事を忘れないためにと、調味料や茶葉を持たせてくれます。
リリィが荷物を馬車に預けている間に、私はロイ様に別れの挨拶をします。
「ロイ様、短い間でしたがお世話になりました」
「こちらこそ、楽しい時間だったよ。これをシャルの父上に届けてくれるかな?」
「手紙、ですか?」
「ああ、俺の父上から君の父上宛だ」
「……」
「シャル?」
「ロイ様は私に手紙はありませんの?」
「すまない。用意はしていないが、シャルが家に帰ったら俺に送りたくなるよ」
「どういうことですか? 私が寂しくなって、とは違うように聞こえますが」
「ああ、驚きと喜びで手紙を俺に送りたくなると思うよ」
「ますますわかりません」
「家に帰ってから、君の父上から話を聞くといいよ」
ロイ様は楽しそうに話します。
私にはよくわかりませんが、手紙のやりとりはしてくれるようです。
なんだか、ロイ様に余裕があって、ちょっとだけ悔しいです。
なので、私は少しだけ冒険しようと思います。
リリィは見ていませんね?
私は周囲を確認して、ロイ様の頬に口づけをします。
「手紙、返事をちゃんとくださいね! ロイ様!」
ロイ様が呆けた顔で頬に手を当てて、こちらを見ています。
私は笑顔でロイ様に手を振り、リリィの手を借りて馬車に乗ります。
馬車に入ってから、ずっと顔が熱い。赤面している自覚があります。
リリィには心配されましたが「なんでもない」と言って、コルディヤを離れる馬車からの風景を眺めました。
手紙には何が書かれているのでしょうか?
お父様からの話。高まる期待と不安。私が驚きと喜びで手紙を送る内容。
とても、とても気になります……
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