覚悟
俺では守り切れない。この世界にはまだ俺の知らないことが多い。
そんな中、欲まみれの貴族を相手に俺はうまく立ち回れるだろうか?
俺には無理だ。でも、守りたい。彼女の笑顔を曇らせたくない。
神狼の巫女として生き続ける彼女を、汚い貴族たちに都合よく利用させない。
あの無垢な笑顔を守りたいんだ。できないことをできるとは言いたくない。
けれど、それをやらない理由にはしたくない。
俺にできる範囲で可能な限りの力を尽くして彼女を守ってみせる。
神狼の目を見て、返事をする。
「……わかった。やるよ」
『そんな死地に行く決意をした顔をしなくてもよい。お主の迷いくらいわかる』
表情に出ていたようだ。だが、構わない。そんなことは些細な事だから。
神狼が俺の心情を読んだように話し始める。
『なにもお主一人ですべてをやらなくてもよい』
「え?」
『お主にも頼ることが出来る者が一人くらいはいるだろう? そうだな。たとえば、そこの従者たちとかな』
神狼が俺の後ろを指す。俺は振り返る。
そこには、いつの間にか魔力で作られたドームの外に騎士たちが集まっていた。
マルスが呼んだのか? 騎士たちがドームを壊そうと必死だ。
必死に声をかけているようだが、こちらには聞こえない。
そうだ、俺は一人じゃない。家族がいる。それも辺境伯という身分を持つ家族が。
王妃様と交流を持つほどの人脈もある。アドラやマルス、従者や騎士たちもいる。
ハンナやアレンだって、俺が困っていたら、きっと力になってくれるだろう。
ピュムたちだっている。俺一人で守ろうなんて、バカな考えに囚われていたな。
自分で自分を笑ってしまう。
片手でクゥを抱きかかえた彼女が俺の手を握って、あどけない笑顔で俺を見る。
大丈夫。守れる。
頼れる人はたくさんいる。ちゃんとみんなに相談して、今後の方針を決めよう。
俺は神狼の言葉に頷き、握られた手を握り返す。
そんな俺たちを見て、神狼が俺を褒める。そして、彼女について教えてくれる。
『先ほどよりもいい顔になったな』
「ああ、気づかせてくれてありがとう」
『よい。それにお主以外にも、娘を助ける存在はいる』
「ん? 俺以外?」
『この娘は妖精に愛されている。ある程度の悪意からは守ってもらえるだろう』
「妖精。そんな存在がいるのか」
『お前には見えないのか。妖精を怖がらせでもしたか?』
そんな覚えはないんだがな? あ、態度の悪い生徒を追い出したことかな?
あれで嫌われてしまったのか。あれは必要なことだったから、許してほしい。
神狼が笑いだす。
『ククッ、思い当たる節があるようだな』
「あれは仕方のないことだったんだよ」
『何をしたのかは知らんが、信用されるくらいの関係を妖精と築くがよい』
「ハア、わかったよ」
『お前たちの出会いも妖精の導きだろう。もしかすると、我も導かれたのかもな』
「妖精が俺たちを出会わせたのか?」
『さあな? この出会いになんの意味があるのかは我にもわからぬよ。神のみぞ知ると言ったところだな』
この世界には本当に神様がいる。神様にしかわからないのならどうしようもない。
そういえば、俺は女神様のお願いをちゃんと果たせているのだろうか?
いつか進捗状況を教えてもらいたいものだ。
神狼がまだ心配そうな顔で伝えてくる。
『お主や妖精の守りがあっても、巫女たちがまだ心配だな。仕方がない。我の加護を授けるとしよう』
「助かるよ」
『バカを言うな。お主には聖印があるではないか。巫女に加護を授けるのだ』
「なんだ、守るための力が増えると思ったのにな」
『聖印ほど頼りになる力はないぞ。お主が聖印を使いこなせていないだけだ』
「使い方はわかってるはずなんだけどなあ?」
『お主は何もわかっていない。プレナス様の加護だぞ? 強大すぎる力だからこそ、制限があるはずだ。お主が知る使い方なぞ、深淵の入り口ですらないだろう』
うーん、聖印にもまだまだ俺の知らない使い方があるのか。
女神様に詳しく話を聞きたいけど、今のところ無理だしなあ。聖印がある右手の甲を見つめて、俺はため息をつく。
神狼が巫女となる彼女に加護を授けるようだ。
『巫女よ、これより我の加護を授ける』
「んん? わかったー。クゥ、ちょっと待っててね?」
そういえば、まだ彼女の名前を聞いていないな。
女の子に自分から名前を聞くには、恥ずかしかったんだから仕方ないよね。
彼女が抱えていたクゥを地面におろして、俺と繋いでいた手も外される。
握っていた手が少し寂しく感じる。
『我に続いて復唱……。いや、ゆっくりでいいから、同じ言葉を唱えろ』
「うん、わかった!」
復唱という言葉がわからなかった彼女に対する配慮だな。
横目で見ていたが、彼女の頭に「?」が浮かんでいるのが見えた気がする。
『この世すべての知識を司る』
「えっと、このよすべてのちしきをつかさどる」
『英知の神狼に乞い願う』
「えいちのしんろうにこいねがう」
『我に賢者のごとき教養を』
「われにけんじゃのごとききょうようを」
『我にすべてを見通す力を』
「われにすべてをみとおすちからを」
『……巫女よ、名前を言え』
「ん? わたしのなまえ? わたしはシャル、シャルロッテ!」
『願いは聞き届けた。シャルロッテに我が英知を!』
「なにこれ? あったかーい!」
神狼にあの子の名前を先に聞かれた!?
なぜか神狼に残念なものを見るような眼で見られる。解せぬ。
それにしても、今のが加護を授ける儀式だったのだろうか?
厳かな雰囲気に、幼い声でたどたどしく復唱するシャルロッテが可愛く思えた。
儀式の終わり、輝く光がシャルロッテを取り囲んだ。もしかして、あれが妖精か?
『ぬぅ、妖精めっ……』
「なんだったんだ、最後の光は?」
『妖精たちが巫女を祝福したのだ。我が加護を授けると同時にな』
「大丈夫なのか?」
『まあ、悪いことにはならんだろう。妖精は気まぐれすぎて、我にはわからん』
「ホントに大丈夫なのかよ」
『それよりも、巫女だ。我の加護が馴染むまでは熱を帯びる。身体には害はないが、このままではつらいだろう。早く休ませるといい』
よく見ると、シャルロッテの顔が熱を持ったように赤い。
息も心なしか荒いように見える。
目を閉じてフラッと倒れ込む彼女を慌てて抱きかかえる。
俺は神狼に文句を言って、彼女の状態を確かめる。
「そういうことは先に言え! おい! 大丈夫か、シャルロッテ!?」
『目が覚めたら、我の加護で賢くなっているはずだ。そうなるように調整した』
「今は細かいことはいい! しっかりしろ、シャルロッテ!」
『ではな。巫女をしっかりと看病してやれ』
白と黒の狼が去っていく。黒の狼だけ去り際に、クゥに頭をこすり付けた。
二匹がいなくなり、完全に姿が見えなくなった。
あれから大変だった。
神狼たちの姿が見えなくなってから魔力のドームが消えた。
マルスが泣きそうな顔で俺の無事を確認するわ、騎士たちがまだ神狼たちが近くにいると警戒するわで場が騒がしかった。
俺はシャルロッテを急いで館に連れ帰らなければならなかった。
すぐに指示を出して、騎士たちをまとめて、状況報告をさせる。
報告をする騎士によると。
草原にいた騎士たちは、森に上がった緊急信号を見て、班別に行動したそうだ。
まず、スライムをテイムに来た学生たちは、全員がテイムに成功しているのを騎士たちが確認して、護衛しながら領主館に帰らせた。
緊急信号のもとに駆けつけた騎士たちは、マルスが魔力のドームをこじ開けようとしているのを見つけたと言う。
俺はそこまでの報告でやめさせて、草原に馬車は残っているかと聞く。
まだ俺の馬車が残っていると聞いて、館に戻ることを優先する。
魔力のドームや神狼のことは、領主である父上の判断があるまでは口にするなと、俺は語気を強めて命令しておく。
この場で起こった出来事の判断と相談あるので、あとは父上に任せよう。
俺はマルスにシャルロッテを任せて、俺もほかの騎士に抱かれて馬車まで急ぐ。
館に帰りついてからは、アドラに指示を出して、シャルロッテを介抱させる。
アドラに任せたからこれで大丈夫だ。
俺は父上のもとに報告に向かう。
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