森での出会い
「アハハッ、スライムちゃん待って~!」
「君は甘えん坊さんなのかなあ?」
「ぬぐぐっ! ワタクシのスライムはどこですのー!」
はい、こちら現場のロイです。
現在、森に近い草原に学生数名と護衛のための騎士たちと来ています。
なぜ学生全員じゃないのかって?
さすがに一度に全員を連れて行くわけにはいかなかったんだ。
主に護衛の観点から。父上が騎士たちを動かしてくれてよかった。
草原となると広すぎて、俺と護衛のマルスだけではカバーできない。
学生たちを見守りながら、周囲の警戒をしている騎士たちがいるからこそ学生たちはテイムに集中できるのだ。
話は変わるが、マルスは最近働きすぎだ。
ハンナがアレンに鍛えられているので、お互いの休日を合わせるために、マルスは休みも返上して仕事をしている。
ほかの騎士と仕事を代わって、ハンナの休みが取れる日に備えているのだ。
たまには休みなさいと言ってはいるのだが、ちっとも言うことを聞かない。
このままでは倒れてしまう。
今度アレンにお願いして、ハンナの休みをもらってマルスを休ませよう。
二人でゆっくりとおうちデートでもして、互いに英気を養ってほしいね。
草原では、やたらとうるさい女生徒がスライムのテイムに躍起になっている。
元気はいいのだが、非常にやかましい。護衛についている騎士たちも苦笑いだ。
あれだけ騒げば、スライムも逃げる。わかってやっているのだろうか?
そんな彼女の下に、一人の騎士が近づく。
「むきぃー! スライムさん、ワタクシのもとにきなさーい!」
「そんなに大声を出したら、スライムは逃げちゃうよ?」
「えっ?」
「スライムは弱い種族だからね。大きな物音や声を聞いたら逃げるんだ」
「えっと、あの、あぅ……」
「ほら、君と仲良くしたそうにしてるスライムがあそこにいるよ?」
「え? ホントだゎ、むぐっ!」
「大声を出さない。テイムするんでしょ? 魔力を飛ばしてごらん?」
「は、はぃ」
「うん、上手だ。今度は徐々にこちらに来るように、魔力で釣ろう」
「はぃ……」
近づいたかと思えば、学生とイチャイチャしている騎士がいるな。
こら待て、マルス! ステイだ、ステイ!
二人を睨むんじゃない! 剣に手をかけるな!
俺の努力など知らずに、学生と騎士はイチャつき続ける。
「やりましたわ! スライムさんです!」
「きゅぃ?」
「スライムさんは思ったよりも弾力があって、スベスベですのね?」
「きゅきゅぃ……」
彼女が捕まえたのは紫色のスライム。よく見ると、あまり元気がないな。
それを見てか、騎士が助言している。
「そのスライム、お腹が空いてるみたいだね。魔力を与えてごらん?」
「は、はぃ!」
「綺麗な魔力だね、君をよく表してる。スライムがうらやましい限りだ」
「……」
「きゅぃきゅぃ!」
あの騎士、意識せずにあんな言葉をかけているのか?
いくらなんでも天然がすぎるだろ。
女の子の顔がかわいそうなくらいに真っ赤だよ。
「懐いたみたいだね。スライムが名前を受け入れてくれたら、テイムは成功だよ」
「紫色のスライム……、あなたはライラよ。私を受け入れてくれる、ライラ?」
「きゅきゅーぃ!」
「成功だね。あとは言われた通りに、二つの魔力を与えるだけだ。頑張ってね」
「あ、あのっ!」
「ん? どうしたの?」
「おっ、お名前を教えてくださいましぇ!」
「少し手伝っただけだよ? 名乗るほどのことじゃない。ボクは仕事に戻るよ」
「あっ……」
テイムの成功を見届けて、去っていく騎士。
名残惜しそうに上げた女の子の手が哀愁をただよわせる。
フラグが折れたこと喜ぶな、マルス! 最低だぞ! その黒い笑顔をしまえ!
ダメだ、こいつ。早くハンナ成分を摂取させないと。
それにしても、さすがは魔法を学ぶ貴族。平民よりも魔力の扱いがうまい。
今日の学生たちはみんなテイムが終わったようだ。この調子なら学生さんたちに、コルディヤを観光させる時間もありそうだ。
全員のテイムが終わったようなので、点呼を取り、街に帰る。
「全員テイムは終わったね?」
「はい!」
「私も終わりました!」
「ワタクシもオワリマシタ……」
「では、撤収します! 騎士たちの案内に従って、安全に街に帰るよ!」
一人だけ別の意味で終わったと聞こえた気がするけれど、点呼はもう取れたので、馬車に学生たちとテイムしたスライムを乗せる。
まとめ役の騎士が号令をかけて、街に帰還する。
今日で学生たちは、コルディヤ生活四日目だ。
学生たちの胃袋はすでにガッチリと掴んである。もう醤油や味噌、米がないと食事が物足りないはずだ。
みんな味噌汁を飲むときには、器に口をつけて音を立てて飲む。
もう誰一人として、味噌汁を音を立てて飲んでも誰も顔をしかめることはない。
人間慣れるもんだね。箸の方はまだまだ練習が必要みたいだけど。
さて、今日で草原にスライムをテイムしに行くのも最後だ。
何事もなく終わってほしいもんだ。フラグじゃないぞ!?
今日は最年少の女の子がいるから、俺が気にかけてやらないとな。
草原に到着すると、学生たちは散らばってスライムを探しに行ってしまった。
けど、最年少のあの子は一人出遅れてオロオロしている。パッと見は、俺と年齢がそんなに変わらないように見える。
あの年齢の子が、こんな広いところで一人になったら心細いだろう。
仕方ない、声をかけるかな。これは贔屓じゃないからね。誰かが面倒を見るべきと判断したから声をかけるんだ。
「大丈夫、君?」
「っ! あ、あのっ、えっと」
「大丈夫だよ。落ち着いて、ゆっくりしゃべろう?」
「は、はい。あ、あの、どうしたら、いいかわかんなくて」
「とりあえず、スライムを一緒に探そうか?」
「うん! あ、じゃない! はい……」
笑うと可愛いな、この子。肩で切り揃えられた水色の髪。大きな瞳は、強く印象に残るほどの赤。大人になったら、きっと美人さんになるな。
俺は彼女の手を引いて、スライムを探す。歩き回ったら、すぐに見つかるだろう。
彼女は静かに俺の手を掴んで隣を歩く。
その後ろから負のオーラを感じるが、マルスだな。彼女が怯えるからやめなさい。
今度ハンナに会ったら、小さな女の子を怯えさせたって報告しよう。
さて、さっきから歩き回っているんだが、なかなかスライムに出会わない。
なんでだろ? 普段なら簡単に見つかるんだけどな。
「あっ! 尻尾!」
「え? あっ、ちょっと!?」
急に声をあげた彼女は森の中に入って行く。繋いだ手も外されたため、慌てて彼女の後を追う。
尻尾? なんだ? なにか見つけたのか?
森に入った彼女を見失わないように追いかける。意外とすばしっこい。
マルスの方が歩幅があるので、追いつけるはずだ。ここはなりふり構っている場合じゃない、俺は走りながら大きな声で指示を出す。
「マルス! 俺は大丈夫だから、先に行け! 絶対に見失うな!」
「ハッ! 気をつけてくださいね!」
マルスが走る速度を上げて、俺を追い越した。彼女に何かあれば、俺は後悔する!
先にマルスが追い付いて、保護してくれることを願うしかない。
しばらく走り続けて、マルスにようやく追い付いた。
あの子を発見したけど、なんだ、あれは? 白い小さな犬?
いや、たぶん狼だな。顔つきが犬よりも若干鋭い。
彼女は怖いもの知らずなのか、餌付けのために干し肉を与えていた。
俺は息を整えてからため息をついて、小狼と戯れる彼女に安堵した。
彼女に声をかけようと、一歩踏み出したところで、低い唸り声が聞こえた。
グルルルルッ。
まさか、親狼か!? くそっ、こんなときに!
大型バイクを超えるほどの大きさの白と黒の狼が茂みから現れた。
俺はいつでも彼女を助けられるように身構える。
『その子にそれ以上近づくな』
なっ、狼がしゃべった!? いや、頭に響く声だから念話か?
白い方の狼が前に出て、彼女と子狼を守ろうと立ちふさがる。
驚いたのもあるが、明らかな強者の重圧で動けない俺たち。
そんな緊張した状況の中、彼女だけは親狼を見て目を輝かせていた。
「おっきいワンちゃん!」
『娘よ、我は狼だ。犬ではない』
「おっきいワンちゃん!」
『だから……』
「おっきい! ワンちゃん!」
『……ふう、今だけだぞ』
「おっきいワンちゃんのもふもふだあ!」
彼女はなんの躊躇いもなく、白い親狼に突撃して抱き着いた。
白い毛並みに顔を埋めて、毛並みを堪能している。いいな、気持ちよさそうだ。
彼女のおかげで緊張感は薄れたが、親狼は俺たちにまだ敵意を向けている。
落ちつけ。話はできるんだ。こちらに敵意がないことをまず知ってもらおう。
「話を聞いてくれるか? こちらに敵意はない。俺たちはその女の子を保護するために追って、ここまで来たんだ」
『人間の話は信じない』
一刀両断、バッサリかよ……
こうなったら、根気よく話し続けるしかないな。
「話を聞いてくれ。俺たちは近くの草原で、スライムたちをテイムするために――」
『なんだとっ!? 我が子をも使役する気かっ! おのれ、欲深な人間め!』
「ああもう、話を聞けっての!」
こちらの話を一切聞いてくれない親狼にどうしたらいいのかと悩む。
その状況に呑気な声で彼女が俺を擁護してくれる。
「おっきいワンちゃん、ロイ様は悪い人じゃないよ? 私を手伝ってくれたよ」
『……ふん、いいだろう。話は聞いてやろう。だが、その話とやらが嘘と分かれば、貴様の喉笛を噛み千切ってくれよう』
「ようやく話を聞く態度になってくれたか。俺たちは――」
俺たちの草原での目的、この森の中に来てしまったことを詳細に説明した。
いくつか質問はされたが、なんとか理解は得られたようだ。
『人間とは自身を磨くために、そこまでするのか?』
「ああ、特に女性はな」
『呆れたものだな』
「まったくだ」
『落ち着いて話をしてみれば、お主からはプレナス様の加護を感じるな』
「え、わかるのか?」
『我は神の御使い、神狼だ。神々の加護を感知できる。先ほどまでは我が子の危険を感じて我を忘れてしまい、感知できなかった。許せ、プレナス様の使いよ』
「いや、それはいいんだけど。それよりも、俺のことはロイって呼んでくれないか? 女神様の使いと呼ばれるのは非常に困る。ほかの人に知られるとまずいんだ」
『そこの男はいいのか?』
「ああ、大丈夫だ。最悪の場合は、しゃべれないようにする」
「え?」
俺の言葉にマルスが反応する。黙ってくれたら何もしないからと、今は黙らせる。
黒い方の親狼が白い狼、神狼の身体に頭を押し付ける。
なんだ? 何をやっているんだ?
突然、神狼から濃密な魔力が放出されて、俺と彼女だけが魔力のドームに狼たちとともに閉じ込められる。
マルスが駆け寄るが、ドームの中には入れないようだ。
『お主らに話がある』
「なんだ?」
「なあに?」
『我が子を育ててくれ』
「どういうことだ?」
『神狼の子は無垢な乙女を巫女として、巫女の魔力で成長し、力をつける。そして、言葉を教わる。我も昔、巫女に育ててもらった。娘よ、この子を頼む』
「いいよ! わたしがこの子をそだてればいいんだね!」
「いいのか? そんな簡単に決めて?」
「あなたのおなまえ、どうしよっかー?」
「聞いちゃいねえ……」
彼女は子狼を抱き上げ、名前を考えるのに夢中で話を聞いていない。
大丈夫だろうか? この子にちゃんと育てられるか、とても不安だ。
『我が子よ。言葉を覚えて、力を身につけたときには我を探せ。神狼としての知識と力をそのときにお前に授ける』
「クゥ……」
「今鳴いた! クゥって、鳴いた! きめた! あなたのなまえはクゥよ!」
『クゥ、か。よい名前を与えられてよかったな、クゥよ。ロイよ、我はこの見た目のため、人里には降りられぬ。我の代わりに巫女と我が子を導き、守ってくれ』
薄々、そんなことになるんじゃないかとは思ったよ。
巫女の魔力で、神狼の子であるクゥは育つ。成長するまでは、クゥは非力だ。
そして、彼女は幼く、貴族の子だ。
欲深な大人たちに何をされるか、わかったもんじゃない。
最悪の場合、彼女を殺してでも、クゥを我が物にしようとする者が現れるだろう。
そんな奴らから、俺は彼女たちを守らなければならない。
俺はまだ五歳だぞ? 行動範囲も狭いし、人脈もない。
聖印という力があっても、決して万能ではない。正直、守り切れる自信はない。
どうする? どうすればいいんだ?
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