新年祭に向けて
夏が終わり、秋を通り過ぎ、年末も迫る冬となった。
この世界では、新年を迎えることで歳を重ねる。
つまり、もうすぐ俺も五歳になるってことだ。
たぶん身長も少しは伸びているはず……
顔は悪くないはずだから、身長さえ伸びればイケメンになれるはずなんだ。
さて、俺のことは置いておいて、年末の行事を紹介する。
平民たちはこれから厳しい冬を過ごすため、しばらくの間節制をすることになる。
なので、年末になるとこれから我慢する分、今を楽しむための祭りを開く。
各商会は街に出店を開き、この祭りが年内最後の稼ぎ時となる。
我が家からも平民たちに向けて、酒をそれなりに振る舞う。
これが平民たちの新年祭だ。
一方、貴族は王都に集まって、今年の収益を国に報告する。
慰労会としてのパーティを開いて、お互いに噂話などの情報交換する。
国がまとめて、来年の注意事項を述べる春までが、貴族の大きな行事となる。
このため、両親は王都へと向かう。
領地には王都から領主代理として、先代領主の祖父母が入れ替わるように我が家に来てくれる。
我が家は現在、先代領主夫妻を出迎えるために、バタバタとしているところだ。
俺は初めて会うことになる祖父母に緊張しているかといえば、そうでもない。
平民の新年会に向けて、ポーヴァ商会から出店のメニューを考えてほしいと依頼が来ているのだ。
その上で、日々の勉強と鍛錬もあって、とても忙しいのだ。
もちろん、スライムの研究も欠かしていない。
ピュムたちに不思議なことがあれば原因を調べている。
メニューの依頼の話をする前に、先に父上がしたアグネス商会の報復を語ろう。
スライムが作った塩を領主主導のもと、反アグネス派の各商会に販売をしたのだ。
アグネス商会に情報が漏れる可能性も考えていたが、情報漏れは一切なく、順調にスライム塩は売れに売れた。
この順調さには、セバスの調査や情報操作が大きく貢献している。
そのさらに裏でひっそりと活躍していたのは、スライムのピュムだ。
ピュムによって、セバスが行うはずだった仕事が減ったおかげで、セバスはとても楽しく情報戦に集中できたと、嬉しそうに報告してくれた。
そのときのセバスの笑顔にはとても含みがあって怖かったよ。
塩田を買い占め、売上不振のアグネス商会が市場調査をすることは明白だった。
我が家の諜報部隊が調査をする従業員に接触して、賄賂を渡して懐柔、商会長には原因はなにも見つからなかったと虚偽の報告をさせた。
塩田で強制的に働いていた職人もアグネス商会に気づかれないように、ゆっくりと引き抜きを行い、上司と揉めた結果いなくなったと、違和感なく勘違いさせた。
大量に雇われていた労働者たちは、一緒に働いた職人たちからの推薦で新たに雇い入れることにした。
細かい気配りができたり、統率力のある人材はいくらいても困らないからね。
身体を壊した年配の親方たちは、治るまでの手厚い介護と補助金だけで終わりだ。
申し訳ないが、親方たちには職場復帰されるわけにはいかないようだ。
職人や労働者たちの雰囲気を壊させないためにも、彼らは受け入れられない。
彼らの態度が酷かったと父上やセバスが愚痴っていたのを聞いた。
厳しいことかもしれないが、彼らを新たに雇い入れることはない。
家族と残りの余生を静かに暮らしてもらいたいね。
スライム塩は俺がテイムしたソルトが中心になって大量生産をおこなった。
職人たちと一部の労働者たちも、無事にスライムのテイムに成功した。
テイムに苦労したおかげか、塩の生産量は国を満たすほどになったんだ。
試験段階からの職人たちは指導係となり、後から入った職人たちにテイムのコツを教え、スライム塩生産のためのスライムテイマーとして育成してくれた。
スライム塩を生産するテイマーたちをまとめて生産部門とした。
その後、生産部門の中で適正を見極めて、研究を主とした開発部門が生まれた。
開発部門では、高品質の塩や薬草を含んだ塩、薬草塩の配合を研究している。
平民に売っている塩は、指導係を含めた生産部門が作った通常の塩だけだ。
高品質となった塩や薬草塩は、現在は貴族だけに販売している。
そのうち、贈答用に平民の富裕層に向けて、新たな販路も考えている。
将来的には誰もが気軽に買えるようになってほしいが、それはまだ先の話だ。
話は戻って、現在頭を悩ませているのがポーヴァ商会からの依頼だ。
アグネス商会が潰れるまでは、お米などの輸入品の販売は我慢させていた。
それをこの新年祭で大々的にお披露目するため、出店用のメニューを考えている。
我慢させたハンナには申し訳ないけど、父上も賛同したため拒否はできなかった。
俺が料理長に頼んで、家族に醤油や味噌を使った料理を食べさせたのが原因だ。
これをアグネス商会に奪われると、計画が頓挫すると判断させるほどだからね。
そして、アグネス商会が潰れたため、ポーヴァ商会は堂々と動けることになった。
そういうわけで、ハンナからの依頼を俺は断ることが出来なかった。
お礼に店で取り扱う商品を融通してくれると言われたため、俺はやる気を出した。
俺って、単純なんだなあ……
今の季節は冬だ。当たり前のことだが、外は寒い。
屋台で売る料理の条件として、ホッとするような温かいものが絶対だ。
それと、屋台だから作り置きが出来るものが望ましい。
うーん、温かい味噌汁と焼きおにぎりが無難かな。
どちらも条件をクリアするし、新商品の宣伝にもなる。
俺が食べる分が減るかもしれないが、これは女神様の依頼でもあるのだ。
ここはグッと我慢して、この世界の食文化を発展させよう!
護衛のマルスを連れて、ハンナのもとに向かう。
店先にはハンナが今か今かと、俺たちを待っていた。
先触れを出していたので、正確にはマルスに早く会いたかったのだろうけど。
ハンナの赤い髪には、青い髪飾りがある。
これだけでもうお分かりだろうが、ハンナとマルスは交際を始めた。
あれだけイチャイチャしていれば、当然の結果だけどな。
俺は花を飛ばすハンナにうんざりしながら、今日訪れた用件を話す。
「ハンナさん、嬉しいのはわかるけど、浮かれてないで仕事の話をしようね」
「べ、別に浮かれてないよっ! 会えて嬉しかったのは本当だけどさ……」
「そうやって、すぐにいちゃつこうとしないでくれます? 屋台で出す料理を考えてきたんだから、早く厨房に案内してよ」
「はいはい。昼食は食べていくのかい?」
「うん、試食もかねて食べていくよ」
小さな声でハンナが「やった!」と呟く。
マルスと一緒に食事がしたいのだろうけど、今日はマルスも仕事中だからね?
一緒に食べる許可は出すだろうけどさ。
案内された厨房で頼んだ食材を持ってきてもらう。
今回は素材のよさを前面に出すために、シンプルに攻めることにしている。
作る料理は、具沢山な豚汁と醤油を塗っただけの焼きおにぎりだ。
豚汁なら大雑把に切って煮込むだけで済む。灰汁は取らないとだけどね。
豚汁なら面倒な出汁を用意しなくても、具材からの旨味だけでなんとかなるはず。
代わりに、焼きおにぎりの方に工夫をするかを今迷っているところだ。
並べた食材を見て、ハンナがこちらを見る。
「材料が結構多いね。調理工程が複雑になると後が大変だよ?」
「大丈夫だよ。主に切って煮込むだけだから、仕込みは楽なはず」
「本当かねえ?」
「ロイ様の考えた料理は美味しいから大丈夫だよ、ハンナ」
「……胃袋掴まれてないかい、マルス?」
不穏な空気を出すハンナに焦るマルス。でも、俺は知っている。
焦ったマルスがハンナを褒めることで、ハンナは内心喜んでいることを。
俺はいちゃつく二人を無視して、指示を出す。
まずは雑多な根菜を一口サイズに切る。
……豚肉、の代わりのオーク肉を薄切りにして、こちらも同様に一口サイズに。
オーク肉と説明された瞬間、俺は思考を停止させて調理に集中した。
絶対に二足歩行の人型な豚を想像してはいけない。食べられなくなる。
大きな寸胴鍋の中でオーク肉を軽く炒める。
オーク肉が焼けたら、オーク肉の脂で根菜類も軽く炒める。
そのまま鍋に水を入れるが、不安なので昆布出汁をとったものと二つ作り分ける。
二つの鍋をこのまま煮て、あとは灰汁を丁寧にとったら味噌を入れる。
今回使う味噌は白味噌だ。以前使ったときには単体で十分に美味しかった。
だから、出来れば出汁を作る手間を省きたい。
出汁をとり終わったものでの副産物は嬉しいけど、やっぱ面倒だからね。
とりあえず、これで具沢山な豚汁は完成だ。
今回出汁をとるのに使った出汁ガラ昆布を佃煮に加工もしておく。
出汁ガラ昆布を細く糸状に刻む。
そして、味付けとなる調味料を混ぜる。醤油とみりん、酒だ。
砂糖も入れたいけれど、高いので今回は使わない。
あとは調味料と刻んだ出汁ガラ昆布を、焦げないように炒めるように煮る。
水分が飛んだら、佃煮の完成だ。これは焼きおにぎりの具材にしようかな?
具なしとどっちがいいかは従業員に決めてもらい、あとはハンナに判断を委ねる。
ハンナに従業員の分もあることを伝えて、お米を炊いてもらう。
お米は輸入船が来たため、在庫は十分にある。
ハンナの花嫁修業ってことで、作業は全部任せる。
炊き上がったお米を、俺とハンナで試食。うん、こんなもんだろう。
繰り返し作らせて覚えてもらい、従業員への説明を任せる予定だ。
さて、出来上がったお米を少しだけ置いて、粗熱をとる。
粗熱を取ったら、三角形のおにぎりにしていく。
俺が実演してみせると、不器用ながらもハンナもマネして作る。
うん、まだまだ綺麗な三角形にはならないね。悔しそうだけど、これは慣れだ。
指で角を作りながら握るのがコツだ。いつそれに気づくか楽しみだな。
今日は従業員の分もあるので、たくさん作った。
たくさん作っているうちに、コツに気が付いたハンナがどんどん作り上げていく。
俺の小さな手ではおにぎりが小さくなる。なので、早々に指示に回る。
女性従業員たちもおにぎり作りに加わって、姦しい調理場となった。
マルスに色目を使おうとする従業員もいたが、ハンナに睨まれていた。マルスが。
大丈夫だよ、ハンナさん。マルスはハンナさんしか見ていないよ。
さて、焼きおにぎりのために以前から頼んでいた七輪モドキを用意する。
この七輪モドキは魔法の火を使うために特注品だ。
掃除道具を作ってくれた鍛冶屋さんが「新作か!」と作ってくれたものでもある。
おにぎりに塗る醤油は味見して、今回はたまり醤油っぽいのを選んだ。
七輪に網を乗せて、大きく空間をとった七輪の下に魔法で火の玉を出す。
網がある程度温まったら、薄く油を網に塗って引っ付き防止を施す。
おにぎりを網に乗せて焼いていく。お米が焦げる香りがし始める。
男性従業員が調理場を覗きに来るが、女性がたくさんいる空間には入ってこない。
ごめんね、もうすぐ出来るから待っててほしい。
焼けてきたおにぎりにたまり醤油を塗って、両面をしっかりと焼く。
醤油が焼ける香りが香ばしい。暴力的な香りだなあと呑気に考えてしまう。
何個焼き上げて、あとは従業員に任せる。
これから女性たちが意中の同僚のために、焼きおにぎりを作っていく。
俺たち三人は自分たちの分を確保して、試食という名の昼食だ。
木製のお椀に温め直した豚汁を入れて、俺は箸、二人はフォークで食べる。
この箸も俺専用の特注品である。お椀はポーヴァ商会の商品として、販売予定だ。
どちらも俺が頼んで作ってもらった。
陶器のお茶碗も頼んでみたが、木製でいいじゃないかと言われて諦めた。
陶器は割れて壊れるから仕方ないよね……
箸は金属製だ。何のために使うのかと言われたけれど、ハンナには初披露だな。
我が家ではすでに家族、それと一部の使用人が使いこなしている。
俺が頼む料理はこちらの方が食べやすいと、意外と評判はいい。
さて、やっと落ち着いて昼食がとれるな。従業員たちの分はセルフサービスだ。
女性従業員さんたち、頑張ってね。
おにぎりを大量に作ってお疲れなハンナを労うマルス。
目の前でいちゃつこうとするのはやめてほしいなと考えながら、俺は食べ始める。
「それじゃあ、いただきます」
「従業員の分まで握る必要はあったのかい? まったく……」
「まあまあ、私のために無理させてすまない」
「いいのよ、マルス。言い出したのはロイ様なんだから」
マルスを昼食に同席させたければ、おにぎりを作れとはたしかに言ったけどね。
悪態をつきながら豚汁を飲むハンナ。
だが、豚汁の美味しさに先ほどまでのことは忘れたようだ。
その様子を見て、マルスは焼きおにぎりを頬張る。
こちらも美味しさからか、焼きおにぎりを無言で平らげてしまった。
「美味しいですね。この香ばしい醤油の味が魅力的です」
「それだけじゃないよ、マルス。こっちの豚汁なんて美味しさの塊だよ」
「本当ですね。寒い中でこれらを食べたら、みんな喜ぶと思います」
「うん、これなら出汁をわざわざ作る必要はないかもだね。調理工程を減らせそう」
俺の言葉に「それはいいね」とハンナが喜ぶ。
ハンナはすでに出店で売るときのことを考えているようだ。
従業員の様子を見ても、客がたくさん並びそうだから、ハンナに注意しておく。
「ハンナさん、出店の混雑を回避することを考えたほうがいいよ」
「そうだねえ。これだけ美味しいなら絶対に店の前は混雑する。最悪の場合のことを考えて、衛兵に根回ししておかないとかも。席や食器のことも考えなきゃだ」
「食器も一緒に販売するといいんじゃない?」
「あれも新商品ではあるからね。一緒に売り出そうかねえ」
「ハンナ、衛兵への根回しなどは任せて。その日は休みをもらったから」
マルス、この男。ホントにできる男で憎い!
まだ新年祭まで時間はある。それまでにできる準備は、商会の方でしてもらおう。
我が家では、もうじき王都から先代領主の祖父母が到着するはずだ。
長旅で疲れているだろうから、ピュムたちに疲れを落としてもらおう。
ピュムとセラピーがマッサージなどで頑張ってくれるはずだ。
ソルトは食事当番だ。美味しい塩をソルト自身が研究中なんだ。
『新作を試して』と、塩の入った球をよく渡してくれる。
俺はそれを料理長に渡して、あとはお任せだ。
すでに我が家の中では、スライムはなくてはならない存在となった。
使用人の中にはお湯当番用にスライムをテイムしている人もいる。
祖父母はこの状況を驚いてくれるかな?
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