スライムテイマーの異世界改革 ～スライムは意外となんでもできますよ？ ご存じでない！？～

嬉しいオマケがついてきた

　俺たちはハンナが交渉から帰ってくるのを店で待っていた。

　待っている間、暇な俺は従業員に頼んで、お茶の試飲をさせてもらっている。

　うん、やっぱり俺は玄米茶派だな。

　あ、玄米茶で思い出したけど、お米はあるのかな？

　ハンナに聞きそびれたな。従業員に聞いてもわかるかな？

　わからなくてもいいから、試しに聞いてみよう。

　結果、そんなものはないということだ。

　醤油や味噌などが揃っているのに、肝心の米がないことに心の中で涙した。

　なんでないんだよ、ここまで揃っているっていうのに！

　誰にも俺の気持ちはわからないから、ひたすらにこの感情を押し殺す。

　でも、涙が浮かんじゃうよ。

　そんな俺を残念な目で見る護衛。

　俺は気持ちを切り替えて、こちらを見ていた護衛をいじることにした。

　別に残念な目で見られていたから、意地悪をしてやろうと思ったわけではない。

　そんなつもりはこれぽっちもない。ないったらない！

「それで、護衛くんは彼女のどこが可愛いと思うの？」

「私の名前はマルスです。先ほど、彼女にも言ったので覚えていますよね？」

「もう恋人気取りか！　それでそれで？　彼女のどこが可愛いと思うの？」

「ロイ様。暇だからといって、護衛をからかうのはやめてください」

「いいじゃんか、別にぃ。あんなにお互いに花を飛ばしあってたくせにさっ！」

「……花なんか飛ばしていません」

「ホントかなあ？　今の間はかなり怪しいんだけど。いいから、彼女のいいところを言ってごらんよ！」

「……まず、一見ぶっきらぼうに見えますが、物腰は誠実です。それに加えて、この商会を守ろうとする気概には、私も見習うところがありました」

「っ！　へえ、それでそれで？」

「彼女の話によると、彼女は一人でこの商会を切り盛りしていた様子です。私が彼女の手助けをできるかはわかりませんが、私が悪意から彼女の身を守ることはできるのではないかと思いました」

「ふーん、そっかそっか。彼女の容姿についてはどう思ってるの？」

「綺麗な赤い髪でしたね。情熱を感じさせる赤でした。あの美しい髪に私の瞳の色である青を添えたいと思いました」

「……もっとわかりやすい表現はないのー？」

「わかりやすく、ですか？　……美人です。それも、誰にも渡したくないほどに」

「もういいよ。彼女には十分に伝わっているよ。俺ももうお腹いっぱいだよ」

「え？」

　驚き、振り返るマルス。そこにはハンナがいた。

　マルス、職務中に我を忘れて、話し込むのは褒められたものじゃないな。

　俺から話しかけたんだけどさ。

　ハンナはハンナで、あれで隠れているつもりなのだろうか？

　部屋の入り口からチラリチラリと見える赤い髪が揺れている。

　マルスがハンナのことを語りだしたところから、ハンナはすべて聞いていたのだ。

　悪乗りして質問し続けたが、出てくる言葉は砂糖よりも甘ったるい賛辞ばかりだ。

　気まずい沈黙がこの場を支配していた。

　この空気、どうしようかな？

　俺が原因ではあるから、俺がなんとかしないといけないよな。

　ピュム？　ピュムは空気を読める大人なスライムだから、ずっと大人しいよ。

　伝わってくる感情からは、この状況をとても楽しんでいるようだけどね。

　俺はとりあえず座ったら？　とハンナに声をかける。

　ハンナはぎこちない動作で部屋に入り、テーブルにつく。

　ずいぶん重そうな荷物をテーブルの上に置いたので、気になって話しかける。

「ハンナさん、そんな荷物は持っていなかったよね？　それ、どうしたの？」

「……」

「ハンナさん？」

「あっ、す、すまない！　これかい？　アグネス商会に押し付けられた商品なんだ。取引先もちゃんと確保した。ただ、これがなにかは、ちょっと、わかりません……」

「確認もせずにもらったの？　ハンナさん、先代と同じことをしてる自覚はある？」

　俺の質問には答えてくれたのだが、どんどん声が小さくなっていくハンナ。

　先代と同じことをしたハンナをうっかり責めてしまった。

　また騙されたのではないかという心配をしてのことだから許してほしい。

　だから、睨むなマルス。今の俺はお前の護衛対象だよ。わかってるの？

　ため息をついて、押し付けられた商品の中身を確認することにした。

　だが、俺の予想を裏切るものが入っていた。

　お米だ。それも日本人に親しみのある短粒種だ。

　欲しかったものが、無造作に置かれた袋から出てきたのだ。それは驚きもする。

　頭がパニックになって、あまりの喜びで身体が震えて声が出せなかった。

　落ち着いて思考を整理するために深呼吸だ。

　すう、はあ。すう、はあ。

　よし、落ち着いた。もう大丈夫だ。

　ハンナは交渉の最中に、これを押し付けられたと言っていた。

　ということは、かなりの量があるということなのかな？

　これは今すぐ確認しなくちゃ！

「ハンナさん、これはどれだけあるの？　あるだけ全部買うよ」

「えっと、保存状態が悪くて、大部分は廃棄しないといけない状態だったよ。でも、馬車に乗せるくらいにはあったと思う」

「いい仕事だよ、ハンナさん！　これも取引先で扱ってるんだよね？　その取引先は絶対に大事にして！　誰にも渡さないで！」

「は、はい！」

　アグネス商会は、米の美味しさを理解していないからか、扱いが悪かったようだ。

　ハンナから詳しく聞くと、どうやら飼料と思われていたらしい。

　たしかに、そういう使い方もするけど、米はパンと同じ主食になるものだ。

　ハンナには定期的に買うことを契約書にしてもらいたいと言ったが、まだ安定して手に入るかわからないと言われて断られた。

　次に船で運ばれてくるのもかなり先のようだ。

　もう一度ハンナをアグネス商会に行かせて、米について詳しく聞きたいが向こうに怪しまれる。

　有用性に気付かれて、交渉をなかったことにされたら、後悔だけじゃ済まないぞ！

　ふう、お米のせいで熱くなってしまったな。もう一度深呼吸して落ちつこう。

　すう、はあ、すう、はあ。

　よし。とりあえず、しばらく食べる分の量はあるんだ。今は我慢しよう。

　これは色々とやることがあるな。お米などのために調理器具とかも揃えたい。　

　昆布はそのままでいいけど、かつお節モドキは削る道具は用意しないといけない。

　醤油はちゃんと味を調べて、樽ごとに管理だ。

　味噌も悪くなりそうなものから、どんどん使おう。

　……というか、ちょっと我慢できないや。

　商会だけど、お湯を沸かすための厨房はたぶんあるよね？

　厨房貸してもらえないかな。お米を早く食べたい。

「ねえ、ハンナさん。これの味をちゃんと教えたいから、厨房貸してくれない？」

「え？　それはいいけど、アンタ料理できるのかい？」

「大丈夫だよ、たぶんできる。それに、力仕事に困ったらマルスもいる」

「わ、私も料理するんですか！？」

「じゃあ、アタイも手伝うよ！」

　強制的に今いるメンバーを巻き込んで料理をすることにした。

　よし。それじゃあ、お米を炊くよ！

　俺の頭の中にあるイメージは、キャンプで使われる飯ごうだ。

　なので、今回は小さめの鍋を使う。

　お米は目分量になるが、お試しだから二人分程度でいいだろう。

　水を注いでお米を研ぐ。研いだら、濁った水を捨てる。

　俺の手元が危なっかしいのを見て、ハンナが代わってくれる。

「これを洗えばいいのかい？」

「うん、白くにごった水は捨ててね」

「こんな具合かい？」

「バッチリだよ、ハンナさん！　それを三回くらい繰り返してね」

「あいよ」

　マルスが一人なにかを想像して、ニヤついている。

　考えていることがわかってイラッとしたので、手伝わせる。

「マルス、従業員から木を薄く削る大工道具を借りてきて」

「え？　俺は護衛なんですけど……」

「ハンナさんが作ったご飯が食べたかったら、働こうね？」

「は、はい！」

　あえてハンナとつけたのだが、マルスには効果抜群だな。

　ハンナが顔を真っ赤にしている。

　ハンナもマルスと同じことを想像しちゃったのかな？

　かー！　やってらんねえな！

　研いだお米はしばらく水に浸けて、水を吸わせる。

　待っている間に、白米のお供を作ろう。

　見せてもらった昆布は出汁昆布みたいだったけど、どうしようかな？

　かつお節モドキも使いたい。削り節にしてちょっと醤油かけたいね。

　マルスはどこまで行ったんだろ？　早く帰ってこないかな？

　しばらく待つと、マルスが帰ってきた。

「はあはあ。ロイ様、道具を借りてきました」

「うん、ありがとう。この刃の形状なら、このまま使えそうかな？」

「これをどう使うんですか？」

「マルス、このかつお節モドキを薄く細かく削ってて」

「この木の棒をですか？」

「うん、出汁をとったらおかずにもなるから」

「わかりました」

　マルスが薄く細かくという注文にしたがって、削り節を作る。

　かつお節モドキの量が少ないとちゃんと伝えたから、手つきはとても慎重だ。

　シャッ、シャッ。

　かつお節モドキの削れる、心地いい音がする。

　使われている魚は絶対にカツオじゃないから、今はモドキと呼んでおこう。

　ふんわりとではあるが、削り節の香ばしくいい香りが漂ってきた。

「へえ、いい香りだね。うまそうだ」

　うん、削り節に醤油をたらして『おかか』もいいなあ。

　削る道具もちょうどあるんだし、出汁昆布を削って、おぼろ昆布を用意させよう。

　目指すは昆布とかつお節モドキの削り節で『昆かつ飯』だ。

　またマルスに削る作業を頼む。今度は出汁昆布を削ってね。

「マルス、三人分ならそれくらいでいいよ。次はこっちをお願い」

「こちらも同じように削ればいいのですか？」

「うん、表面を限りなく薄く削ってほしいの」

「この道具だと、ちょっと難しそうです。調理ナイフがあるか聞いてきます」

「うん、頼んだよ」

　さて、もう十分水を吸っただろうからお米を炊こう。

　今回は量を少なく作るので、魔法で火を出すことにする。

　火加減も薪よりは調整しやすいし、魔法はホントに便利だよな。

　お米の入った鍋に蓋をして、中火くらいの気持ちで手から火の球を出す。

　十五分くらいで一度様子を見たいんだけど、時計がないから時間がわからない。

　仕方ないな、この辺りは勘に頼るとしよう。

「アンタ、そのままずっと火を出し続ける気かい？」

「うん、俺は魔力量が多いからこれくらいは余裕だよ」

「無理するんじゃないよ？　倒れられても困るんだから」

「大丈夫大丈夫。それと、そろそろマルスが戻ってくるよ。出迎えてあげないの？」

「……からかうんじゃないよ！」

　ハンナは顔を赤くしながら悪態をつきながらも、マルスを出迎えに行った。

　どうせ帰宅の挨拶を交わす、仲睦まじい夫婦の想像でもしたんだろうね。

　この場合、俺は二人の間の子どもって扱いなのかなあ。

　そんなことを考えながら、お米の入った鍋の蓋を取って中身を一度確認する。

　よしよし、いい感じだね。

　このままだと底の方の米が焦げてしまうから、軽く混ぜておく。

　あとはもうちょっと火にかけて、最後に蒸らして完成だ。

　さて、お米の方はほぼほぼ出来上がった。

　任せていたおぼろ昆布の方はどうなっているかなっと。

　うわー、入りづらい。

　イチャイチャ、イチャイチャと二人が話しているのが見える。

　気まずいけど、俺はわざとらしく咳払いをして二人の注意を引く。

「ウォッホン！　お米が炊けたよ。おぼろ昆布は出来た？」

「は、はい、ロイ様。三人分ならこれくらいでよかったでしょうか？」

「うん、これくらいでいいよ。ハンナさん、お茶碗をって、そんなものはないよね。今回は平皿でいいや、三枚お願い」

「あいよ」

「っ！？」

　今、ハンナからマルスに軽いボディタッチがあったのを俺は見逃さなかったぞ。

　マルスがニヤニヤと浮かれているのが手に取るようにわかる。

　まったく、子どもの前でいちゃいちゃしないでくれますかねえ？

　炊きあがったご飯を平皿に盛って、三人で食べる。

　まずはお米だけで。

　うん、うまい！

　噛むごとにお米の甘さが伝わってくる。懐かしいね。涙が出そうだよ。

　お米もちゃんと炊けてるようでよかった。

　変にお米の芯が残って硬かったり、水が多すぎて柔らかかったりもしていない。

　蒸らし具合もちょうどよかったようだ。

「うーん、噛むごとに甘味は出るけど、これだけだとイマイチだね」

「ロイ様、こちらも合わせて食べるものなのでしょうか？」

　ハンナにはイマイチに感じるか。まあ、白米だけじゃね。

　マルスは自分が作ったご飯のお供について質問する。

「うん、お米はパンと同じで主食だよ。だから、おかずが必要になる。ハンナさん、次はこれを乗せて食べてみて」

　次は削り節を乗せて食べる。

　まあ、さすがにあの道具じゃ、マルスが頑張ってもちょっと大振りになるよね。

　指で少しだけ砕いてからご飯に乗せる。

　温かいご飯に乗せたからか、湯気で削り節がゆらゆらと動く。

　では、一口。

　うん、削り節の風味がお米とベストマッチだ。

　削り節の香ばしい香りが、鼻を抜けるのがいいね！

　ホントになんの魚なんだろうな、これ。

　絶対にカツオではないんだけど。まあ、美味しければ、なんでもいいか。

「この削り節？　を乗せることによって、これが主食扱いってことがわかるね」

「美味しいですね。香ばしい香りがして、風味がとてもいいです」

「満足するのはまだだよ。これに好みでこの醤油をかけるともっと美味しくなるよ。でも、今回は次があるから、醤油をかけるのはもうちょっと待ってね」

　そう、最後におぼろ昆布が残っているのだ。

　これはマルスが調理ナイフで出汁昆布の表面を撫でるように薄く削っただけだ。

　お米の上に乗せただけでも、昆布の香りがふわあっと香る。

　お米と一緒におぼろ昆布を口に運ぶ。

　ふわっとしたおぼろ昆布が、口に入るとだ液でちょっとねっとりする。

　それと昆布が持つ出汁がじゅわっとあふれて、旨味を感じさせてくれる。

　うーん、美味っ！

　じゃあ、お楽しみの『昆かつ飯』だ！

　カツオじゃないからなんちゃってにはなるけど、細かいことは今は置いておこう。

　おぼろ昆布と削り節をお米の上に乗せて、香りをまず堪能する。

　あー、これだよこれ！　この香ばしさと旨味が詰まった香り、最高だね！

　よし、香りは満足した。では、いただきまーす！

　うっま！

　出汁が、出汁が口の中で暴れる！

　なにこれ、なにこれー！　めっちゃおいしいんですけどー！

　少量しかお米を炊かなかったのが裏目に出たな。

　お米がもうなくなった。もうちょっと食べたかったよ……

　二人がポカーンとしているから、食べ方を説明しておく。

「今見せたように、この二つをご飯に乗せて食べてね。醤油をちょっと垂らしても、美味しいよ」

　俺の説明に二人は見様見真似でご飯の上におぼろ昆布などを乗せて食べ始める。

「これは美味しいですよ、マルス様！」

「アタイは醤油をちょっと垂らした方が好きだね」

　どうせならお茶漬けも楽しめばよかったな。仕方ない、別の機会に食べよう。

　あっ、ピュムの分を忘れてた。

　ごめん、ピュム。残ったおぼろ昆布と削り節で許してください。

　二人はテーブルを挟んで、美味しい食べ方議論をしている。

　俺は従業員にお茶を頼んで、ずずっと食後の余韻を味わっていた。

　今日は久々のお米を堪能した。

　やることはまだ多々あるけれど、これなら明日からも頑張れそうだ。

　アグネス商会はこれから勝手に潰れていくだろうし、明日からは何をしようかな？