作戦会議
ポーヴァ商会はアグネス商会に騙された形で、塩の利権を手放してしまった。
塩の代償として押し付けられたものは、俺がずっと探し求めた調味料だった。
俺は醤油と味噌の販路確保のために動くことにした。
「お姉さんはええっと……」
「ポーヴァ商会代表代理、ハンナだよ」
「じゃあ、ハンナさん。ほかに押し付けられたものはある?」
「あるよ。使い方がわからない乾燥させた海藻と、香りだけはいい謎の木片」
「へえ? ひと通り欲しいのが揃ってるね。お酒の類はないんだね?」
「ああ、酒は交渉に含まれなかったんだ。先代が最後の塩田を出し渋ったからね」
「よし、その塩田でお酒の利権を――。いや、輸入先の取引先をもらってしまおう。向こうが交渉を渋ったら、俺が追加でお金を出してもいいよ」
「なっ、いきなり何を言っているんだい!? あの塩田はうちが代々引き継いできた大切な塩田なんだよ! そう簡単に手放せるわけないじゃないか!」
ハンナの話を聞いて、昆布とかつお節らしきものがあるのは朗報だな。
たぶん、みりんは酒と一緒にアグネス商会の手元にあるのだろう。
みりんも一応、お酒だからな。たぶん使いこなせもせずに放置されているはずだ。
輸入先からお酒という説明だけされて、商会長は飲めないまま残しているだろう。
今後のことを考えると、塩田はさっさと手放した方がいい。
ハンナにはそのことを説明しなきゃだな。
「ハンナさん、防音処理されてる部屋はあるかな?」
「店の奥にあるよ。聞かれたくない話かい?」
「うん。可能な限り、伏せたい話なんだ」
俺がそう話すと、視界のすみで誰かが動いた。やっぱ、スパイはいるよな。
護衛を動かすわけにはいかないので、ピュムに指示を出しておく。
「ピュム、遊んでおいで。無力化してくれればいいよ」
「ぴゅぃ!」
ぼかした指示でも、ピュムには俺の感情から意思が伝わるので楽ちんだ。
不思議そうにピュムを見送るハンナ。
「いいのかい、スライムを遊びに行かせて?」
「うん、どうせ話し合いの間は退屈だろうからね」
商会の奥に行くと、魔法処理のされた扉があった。
どうやらこの中が防音室のようだ。
「悪いけど、護衛は外で待機しててもらえるかい?」
「仕方ないね、待っててくれる?」
「ロイ様、私は護衛です。護衛対象から離れるわけにはいきません!」
「大丈夫だよ。ハンナさん程度ならどうとでもできるから」
俺の言葉にハンナと護衛が息をのむ。こちらから襲うつもりはないんだけどなあ。
身構えられるとちょっとショックを受けるよ、ハンナさん。
それに、経営が傾いている商会の今後の話をするのだ。
このチャンスを自ら手放すような商人なんていないだろう。
護衛が緊張した面持ちで頷いてくれた。
「……わかりました」
「アタイの方が怖くなってきたね」
「心配しないで。まだそんな年齢じゃないから」
「おませさんだね。まあ、今は安心しておくことにするよ」
防音室に入り、扉が閉まる。
室内のテーブルに向かって歩いていると、背後で刃物を抜く音がした。
気づかないふりをして、そのまま席につき、ハンナを見る。
ハンナは悪い顔をしているが、俺は知らん顔だ。
「刃物を抜いているのに、随分と余裕な態度だね?」
「ハンナさんを信用してるし、信頼したいからね。敵対する意味はないよ」
「わかったよ。それだけ期待しているって思うことにするよ」
「テーブルにつこうか、作戦会議をしよう」
互いに向かい合って席に着き、俺は今後の塩の扱いを説明する。
スライムが作る塩という、信じがたい話をしているとは思う。
けれど、信じてもらうしかない。
領主である父上はすでにアグネス商会に報復するために動き始めている。
それを手伝ってもらうために、塩田をアグネス商会に売ってもらうのだ。
アグネス商会には、醤油や味噌などを扱う輸入先との取引をすべて提供させる。
今後使い物にならなくなる塩田は売ってしまい、アグネス商会には仕返しをさせてもらおう。
向こうがそれに気づく頃には、すでに手遅れだと思う。
ハンナは俺の話を聞いて悩んでいたが、塩田を売る決心はついたようだ。
「アンタを信じるって決めたんだ。塩田は売ることにするよ。アグネス商会には一泡吹かせたいって気持ちはまだあるからね」
「そっか」
「アンタは不思議な子供だよ。いったい何歳なんだい?」
「何歳に見える? って、冗談は置いておいて、帰ってきたね」
「なにが帰ってきたんだい?」
「スパイと遊んでたピュムだよ」
俺たちが防音室を出ると、護衛は俺の無事を確認して、ホッと一息ついていた。
ハンナはそんな護衛を見て苦笑していた。
俺は二人を後ろにつれて、店の裏側に移動した。
ピュムが一人の男の上で飛び跳ねていた。それを見たハンナが驚愕する。
「お前は、ジュノン!?」
「ハンナさん、このスライムをどうにかしてください……」
「スパイのくせに、図々しいお願いだね」
「なんて言いがかりをするんだ! それにこいつはお前のスライムだろ! さっさとどうにかしろ!」
「悪いけど、お前はこのままウチにある地下室で監禁だよ」
「地下室? 監禁? お前みたいなのになんの権限があって監禁できるんだ?」
男が小馬鹿にしたように吐き捨てるが、ハンナが俺の素性を話して本性を現す。
「ジュノン、この子は領主様のご子息であるロイ様だよ。お前はこの場で解雇する。もうお前をかばえないし、かばう気もない」
「なんだって!? くそがっ! こんな商会さっさと潰れちまえっ!!」
俺は指示を出して、悪態をつく男を領主館に送らせる。
ハンナの表情は暗い。商会でそれなりの立場の男だったんだろうか?
「あいつは、先代の頃から仕えてた商会の稼ぎ頭だったんだ」
「そっか」
「たしかに、経営が傾きだした頃から怪しい動きはあった。けれど、アタイはそれを見て見ぬふりをしたんだ。あいつが裏切るはずがないって……」
「……そっか」
もしかしたら、アグネス商会にあの男は定期的に報告をしていたかもしれない。
さっさと動いた方がいいかもな。だけど、今のハンナに交渉ができるか?
ハンナが俺を知っていたように、向こうもこちらを知っている可能性がある。
だから、交渉の場に俺が出るわけにはいかない。
どうしたもんかね?
俺が困り果てていると、御者に男を預けてきた護衛が口を出す。
「ハンナさん、代々続く商会を守りたいのでしょう?」
「え?」
「ならば、ロイ様の言葉を信じてください。きっと、いい方向に進むはずです」
ハンナを元気づけるために、激励の言葉と笑顔を向ける護衛。
スマートな護衛は、女の扱いもスマートだった。
憎い。こいつが憎い!
護衛の言葉に、ハンナの目に活力が戻る。これなら交渉も任せられそうだ。
しっかりと醤油などの取引先を確保してきてもらおう。
「ハンナさん、さっそくアグネス商会に交渉に行ってもらうよ」
「ああ、あのくそ爺に一泡吹かせてやるさ!」
「一応、最後に打ち合わせをしておこう」
打ち合わせが終わったあと、ハンナが護衛に名前を聞き出していた。
護衛の名前を覚えるために、何度も小声で呟くハンナの顔は赤かった。
それを見て、俺はついつい護衛を見ながら舌打ちをしてしまった。
交渉に向かうハンナはやる気に満ちていた。俺からの支援金も持たせた。
持たせたのだが、感情的には持たせたくなかった。
醤油と味噌、みりんなどのために仕方なく、仕方なく支援したのだ。
頑張ってください! と、ハンナを激励する護衛を見て、俺はまた舌打ちした。
俺の心が狭いのだろうか? でも、これは仕方ないよね?
いい雰囲気で視線のやり取りする二人を見ていたら、舌打ちだって勝手に出るさ。
こんな言葉をこの世界に来てまで使いたくはなかったけど……
リア充爆発しろ!!
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