ポーヴァ商会

 母から待ちに待った外出許可をもぎとった。

 一週間以上も敷地外に出ていないせいか、頭上の太陽がまぶしく感じる。

 季節はすっかり真夏だ。


 現在テイムしているスライムたち全員は氷魔法を扱える。

 主にクレスのおかげだけれど、とても助かっている。

 ジェロに抱きつかれているソルトも身体を冷やしてひんやり仕様だ。


 ソルトは新たな特産品を生み出すスライムとして、父上のもとで働いている。

 ギルドにテイムの報告も父上がおこなった。

 アグネス商会に報復するため、まだ公にするわけにはいかない。

 しばらくは情報を伏せてもらうために、ギルドマスターに直接交渉したそうだ。


 ピュムは母の花壇に水やりを許可されてから、繊細な水魔法を使うようになった。

 霧状に水を噴射して、花壇に咲く花たちに潤いを与えている。

 地面にも程よい量の水となり、植物の生育の助けになっている。


 そんなピュムは庭師たちにも人気がある。

 夏の炎天下の中で働く庭師のために、ピュムは水魔法で敷地の広範囲に冷たい霧を噴射している。

 そのおかげで程よい体感気温になり、草木にも水を与えられることもあって、庭師たちの人気を獲得したのだ。


 使用人たちの中では、執事のセバスがピュムの能力を一番高く評価している。

 あちこちから送られてくる資料から、経費の計算に時間を取られていたセバス。

 ある日、父上の執務室にたまたま遊びに来たピュム。

 ピュムの計算能力を聞いていたセバスは、ピュムに資料を見せて試しに計算させたらしい。

 ピュム自身は遊び感覚で計算して、その計算能力はセバスを驚かせた。


 そして、そのままセバスはピュムに仕事を手伝ってもらったそうだ。

 お礼にとセバスから魔力をもらい、夜になるとセバスの私室でお酒を一緒に飲んでいると、セバス本人から聞いた。


 今では執務室にピュム専用の席がある。

 ピュムは文字はまだ書けないので見習いたちに書かせているらしいが、ピュムなら文字もすぐにマスターしそうだ。




 今日はセラピーのテイムをギルドに報告するために連れて行くつもりだった。

 けれど、母が手放してくれないので諦めた。

 今日もセラピーは、母の部屋で美容のためのエステを行っている。

 母や侍女たちの指導で、セラピーは現在マッサージも修行中だ。


 あれからセラピーは分裂増殖と合体することができることがわかった。

 全身マッサージのときには複数体に分裂して行い、終わったら合体して元に戻る。

 今度、電気マッサージなんてものもセラピーに教えてみようかな?


 仕方ない、セラピーをギルドに連れて行くのは後日にするか。

 あのおじさんに紹介しても、それだけかと言われるのが目にみえているしな。

 受付のお姉さんあたりなら、セラピーのすごさを理解してくれそうだけど。


 外出許可を得た俺は護衛をつれて、ピュムと一緒に料理長から聞いたポーヴァ商会に馬車で向かっている。

 醤油や味噌などが俺を待っている! とても期待してしまうし、楽しみだ。


 期待に胸を膨らませていると、あっという間に商会に到着した。

 ポーヴァ商会を初めて見た印象は、老舗という店構えだった。

 商会の隣には大きな倉庫もある。

 従業員が出入りしているが、大きな倉庫の割に商品が少なく見える。

 あれだけ大きいのにもったいないなと思ってしまった。


 そういえば、料理長が聞いたこともない商会だって言っていたな。

 この店構えからはそうは思えないのだが、なにかあるのだろうか?

 とりあえず、中に入ってみよう。


 商会の中に入ると、ふんわりとどこか懐かしい香りに包まれる。

 これは緑茶の香りかな? 商品棚にはお茶が並べられている。

 緑茶があるなら日本に存在した物もありそうだと、商品棚をあちこち見ていたら、店の奥から若い女性が出てきて目が合った。


 従業員かなと思ったが、睨まれてしまった。

 女性の背後に般若が見えるほど、こちらを怒りの表情のまま睨んでくる。

 俺、何かしましたか!?

 俺が慌てていると、その女性が怒鳴った。


「またアグネス商会の手下かい!? この店は絶対に渡さないからね!」


「え? アグネス商会?」


「スライムなんか連れて店で暴れる気かい!? 子供といえど、容赦しないよ!」


「ロイ様、お下がりください!」


「待って、待って! お姉さん、誤解だよ! 俺は客だよ!」


「はあ? 客だってぇ~?」


 うろんげな目を向けられた俺は必死に説明して誤解をといた。

 ここで門前払いをされたら、醤油や味噌が手に入らなくなる!

 それだけは絶対に回避しなければ!


「なんだい。領主さまんとこの息子さんなら、最初からそうと言っておくれよ♪」


「そっちが先に誤解したんじゃん……」


「なにか言ったかい?」


「いいえ、なんでもないですー」


「それで? なにが欲しいんだい? 領主さまの息子さんが欲しがるようなものが、ウチにあればいいんだけどねえ」


 そういって、お姉さんがため息をつく。

 なにか訳ありのようだが、とりあえず欲しい物の特徴を説明する。

 醤油や味噌のこちらでの名前がわからないから、説明からしないといけない。


「ああ。あのえらい塩っ辛い液体と泥が欲しいのかい?」


「あるの!? じゃあ、見せて見せて!」


「慌てなくても逃げないよ。見本を持ってくるから、お茶でも飲んで待っておくれ。大量にあるから味見してもいいよ」


「味見もしていいの!? やった!」


「あんなのを欲しがるなんてねえ、変わった子だ。大人しく待ってな」


 従業員がお茶を持ってきてくれる。

 おお、緑茶だ。懐かしい! この香りがいいよね、落ちつく。味もいいね。

 お茶も色々と種類置いているみたいだし、自分用とお土産用に買って帰ろうかな?


 しばらく待っていると、黒い液体と茶色の塊がお皿に乗って運ばれてきた。

 どちらも種類があるようで、いくつも皿に乗せて持ってきてくれた。

 この味噌はもしかして赤味噌かな? こっちは白味噌かな?

 醤油も種類があるみたいだし、味によって使い分けられるかもだ。

 俺はワクワクしているのに、お姉さんは悲しそうに商品の説明をしてくれる。


「これらはアグネス商会から押し付けられたものだよ」


「押し付けられた?」


「ああ、そうさ。先代がうまい話があるとアグネス商会に交渉を持ちかけられてね。新しい商品だからって、中身を確認せずに、今までの商売の権利と交換したのさ」


「今までの商売っていうのは?」


「塩だよ、塩」


「へえ?」


「まあ、坊ちゃんに言ってもわからないか。それじゃあ、味見しておくれ。そして、落胆しておくれよ」


 お姉さんが諦めに近い表情で、味見をすすめる。

 俺はお姉さんに同情しつつも、父上にいい報告が出来たことを喜んだ。

 だが、今は味見を優先させてもらおう。

 魚のときみたいな落胆はしたくないけど、どうしても期待してしまう。


 まずは醤油だ。皿に入った黒い液体に指をつけて舐める。

 黙々と次の皿へと味見し続ける俺を見て、不安そうにするお姉さん。

 醤油の確認は終わった。どれも日本人の味覚として合格ラインに到達している。


 日本で味わったものよりは、少し風味が違う。

 木製のタルかなにかで香りがついているようだが、これはこれで味があっていい。

 十分に普段使いのできる醤油と思えた。

 種類もあるから使い分けられる。これは強みだろう。


 次は味噌だ。味噌の作り方なんて知らないけど、種類があることくらいはわかる。

 まずはちょっと見た目が違うものをそのまま舐めてみる。

 たしかにこれは味噌味なんだけど、なんか思っているのと違うな?

 漬物で食べたことのある味がする。ああ、もしかして、ぬか味噌って奴か?

 だいぶ苦みを感じるから保存の仕方が悪いんだろう。

 ぬか味噌も欲しいけれど、この保存状態だとダメだな。今回は諦めよう。


 次のは、やや甘めの味だな。白味噌だと思う。こっちは色からして赤味噌だろう。

 お味噌汁にして飲みたいな。チラリとテーブルの上を確認する。

 試しにこの湯呑みで飲んでみるか。湯呑みも売ってるのかな、あとで聞こう。

 お茶を飲みほして、お姉さんにお願いする。


「お姉さん、スプーンとお湯を持ってきてもらえる?」


「いいけど、なにをするんだい?」


「味見に必要なんだ」


「今、指で舐めてたじゃないか……。はあ、わかったよ。持ってきてもらうよ」


 従業員に持ってきてもらったスプーンで味噌をすくって湯飲みに入れる。

 お姉さんがギョッとしているが、無視してお湯を注ぐ。

 もらったお湯で味噌を溶かして、簡易の味噌汁を作る。

 うん、味噌のいい香りだ。日本人の心がうずくね。

 お姉さんも鼻をひくひくさせて、香りを嗅いでいる。


「落ち着くいい香りだねえ。こんな食べ方があるなんて知らなかったよ……」


 まずは白味噌の味噌汁を味わう。うん、具材はないけど、十分うまい。

 この美味しさは、味噌に出汁が含まれているのかもしれない。

 飲み干して、次の赤味噌も味噌汁にして飲む。こちらも美味しい。

 これならアラ汁とかにして飲みたいなあ。


 さて、お姉さんに味噌だけだけど、有用性は見せた。

 ここからは交渉だね。


「お姉さん、この商品は今どれだけあるの?」


「もう古くなってきてるから、廃棄しようと思ってたんだよ。今は倉庫のひと区画を埋め尽くすくらいにはあるよ」


「へえ、廃棄寸前なんだ?」


「もちろん、今出したのは新しいものだよ? そんな疑わしい目で見ないでおくれ」


「廃棄するならもらってもいい?」


「ああ、廃棄する分は持っていっていいよ。ほかは買ってもらうけどね」


「保存状態を見てもらうよ。ほかはそうだね、あるだけ買おうか」


「あるだけって……、そんな金持ってるのかい?」


「あるから買うって言ってるんだよ?」


 俺はお姉さんに向かって、ニヤリと笑う。醤油と味噌のお礼だ。

 父上よりも先にアグネス商会に手を打たせてもらおうかな。

 お姉さんのためじゃないけど、醤油や味噌の販路の確保のために動くことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る