新たな可能性と仲間
お湯当番をずっとやっていたせいで、ピュムの機嫌がすこぶる悪い。
アドラも反省したらしく、一緒になってご機嫌取りを手伝ってくれている。
でも、アドラ。隠れてスライムをテイムしようとしているのは知っているからな?
絶対にお湯当番させようとしているだろ、それ!
とまあ、反省の色が見えないアドラだけど、ピュムをなでる手つきは優しい。
たまにプニプニと揉んでもいる。
小声で「これくらい私も大きかったらなあ」なんて呟くんじゃない!
聞こえてるから! ピュムからは呆れの感情が伝わってくる。
実はもうピュムは怒っていない。
魔力的につながっているから、ピュムの感情はバレバレなのだ。
ただ、まだ怒っていますよ! というアピールをしているだけだ。
俺は仕方がないとため息をついて、新しい属性魔法の魔力を手のひらに出す。
「ほ~ら、ピュム~? 新しい属性魔法だよ~?」
「ぴゅ?」
「まだ食べたことないよねえ? 光属性だよ~?」
「ぴゅ、ぴゅぃ!」
おっ、関心はあるみたいだけど、まだ怒ってますよアピールを続けるか。
粘るなあ。仕方ない、おまけもつけるか。
俺は右手に光属性の魔力を出したまま、左手で生活魔法の魔力を出す。
「ピュム~? 今なら二つも新しい味の魔力があるよ~?」
「ぴゅ、ぴゅぃ……」
「機嫌を直してくれたら、二つともあげるんだけどな~? どうしよっかなあ?」
「ぴゅ、ぴゅっぴゅ~ぃ」
「お? 機嫌直してくれるか? じゃあ、はい。食べていいよ!」
「ぴゅぃ!」
そんな俺の魔法の扱いを見て、アドラが感心した様子で尋ねてくる。
「坊ちゃまはとても器用ですね。両手に属性違いの魔力を出すなんて」
「遊んでたらできるようになったんだー」
俺の返答にアドラが遠い目をする。
まあ、あれだけ魔力で遊んでいれば、魔力操作もうまくなるさ。
聖印のおかげもあるから、少し後ろめたいけどね。
それにしても、ようやくピュムが機嫌を直してくれてよかった。
これから母のご機嫌取りにもいかないといけないのだ。
これ以上は時間をかけたくない。
醤油と味噌、その他エトセトラのために!
けれど、ピュムはここぞとばかりに魔力をねだり続ける。
これは母の説得を午後にしたとしても、外出は明日以降だな。
俺はため息をつきながら、仕方なくピュムに魔力を与え続ける。
昼食後、母の部屋を訪ねる。
足元には午前中に魔力のやりすぎで進化したピュムと新しいスライムだ。
このスライムについては、ちょっと色々あったのだ。
「そのスライムはどうしたのかしら、ロイ?」
母に新しいスライムについて聞かれるが、今は無視して外出の許可をねだる。
「母さま、そろそろ外出許可をいただけませんか?」
「うーん、どうしましょうかねえ?」
こちらをチラチラとみて、なにかを要求している。
ぐっ、仕方ない。かなり恥ずかしいが、アレをしなきゃいけないのか。
「お、おかぁしゃま、ロイはおでかけがしたいなぁ!」
「……っぷ」
「あら、あらあらあら! そこまでお願いされたら迷うわねえ!」
くそっ! かなり恥ずかしいのに、まだダメなのか!?
初手に質問を無視したのが悪かったか。ちくしょう!
それと、アドラ。今、笑っただろ! 絶対にもうピュムは貸さないからな!
俺がアドラを睨んでいると、母が俺の頬を突きながら注意する。
「もう、怖い顔はいけませんよ~? ふふっ」
「……母さま、もういいでしょう? 外出許可をください」
「え~? もう終わりぃ~?」
「恥ずかしいんですっ!」
「ふふっ。じゃあ、許してあげるわ。でも、その前に、その新しいスライムとピュムちゃんの色つきが変わってるけど、またなにかしたの?」
「やっぱりわかります?」
このくらいの変化なら気づかないかなと思っていたのに、やはりバレるか。
ちゃんと説明するしかないか。黙っていて、あとで怒られるよりはマシだろう。
ゆっくりと息を吐いて、午前中のピュムとのやりとりから説明する。
「あら、そのせいでピュムちゃんはご機嫌斜めだったの? ごめんなさいね、あとできつく叱っておくように言っておくからね?」
「お、奥様!?」
「あなたのせいでしょ、責任はとりなさい?」
「はぃ……」
背後でトホホという雰囲気を感じる。
やーい、やーい! しっかりと叱られて来い、アドラ!
ピュムの機嫌を直すのに苦労したんだ。アドラに罰がないと、気が済まないね!
「それで? どんなやり方で進化したの? 暴走する心配はないのね?」
「暴走する様子はないですね。今回の進化に至った原因は、恐らく新たな属性魔法の魔力を与え続けたからだと思います」
「属性魔法の魔力? そういえば、前に許可は出していたわね」
「今回与えた魔力は、光属性と生活魔法の魔力です」
「光属性はまだわかるけど、生活魔法の魔力? なにがしたくて、その二つの魔力を選んだの?」
「この組み合わせなら、美容に関する魔法を扱えるようになると考えたのです」
「美容に関する魔法ですって!?」
やはり母も女性。美容と聞けば、ここまでの反応をするのだな。
将来的には、自分のためのお店を出したいと思っている。
これはそのための布石だ。
美容魔法。
これはたぶんスライムのみに許された複合魔法だ。
スライムの密着力と吸収力に俺は目をつけて、今回試したのだ。
結果は大成功だった。
なにを試したのかと言えば、身体につく皮脂汚れの除去だ。
まず、ピュムを肌に密着させる。
この際、なるべく広範囲をカバーしてもらうように頼む。
そして、ピュムの水魔法を使って、ほんのり温かい程度のお湯で肌を蒸らす。
これで毛穴を広げて、汚れを取りやすくするのだ。
ここからがスライム特有の能力だ。
スライムは穴さえ開いていれば、どこにでも侵入できる。
なので、お湯で蒸らした肌の緩んだ毛穴の中に、スライムの身体を侵入させる。
それからスライムの身体に汚れを吸着させて、除去することができるのだ。
ここで使う魔法は、生活魔法に含まれて掃除によく使われる≪除去≫だ。
これが毛穴につまった皮脂汚れをきれいに消し去ってくれる。
けれど、この方法の問題点として、スライムが汚れを体内に吸収することだ。
このままではポイズンなどの悪い進化をしてしまう可能性があると俺は考えた。
それを解決するために光属性の魔力を与え、魔法で≪浄化≫させてみた。
この≪浄化≫により、スライムは清潔さを保てることがわかった。
以上のことを試す過程に、新たなスライムが誕生した。そう、誕生なんだ。
ピュムから分裂した個体で、無色な体内に光り輝く粒が散らばっているスライム。
この光の粒は光属性の魔力なのだろうか?
このスライムはセラピーと名付けた。
大きさ自体は、一匹当たり両手に乗る程度しかない。
一匹当たりというのは、セラピーにも魔力を与え続けたら、分裂増殖したのだ。
セラピーは分裂増殖しても、元がピュムからの分裂体のためなのか、必要な魔力がピュム一体分だけで済んでいる。
この分裂による必要な魔力と進化条件は要研究案件になった。
どんな皮脂汚れも落とし、癒しを与えるスライム。それがセラピーだ。
ピュムは分裂したせいか、ちょっとだけ身体が小さくなった。
こちらも研究対象なのは継続中だ。
ちなみに、ピュムもセラピーと同じで皮脂汚れを落とせる。
「これは、世の女性に衝撃を与えるわね……」
「ですが、スライムが行うこれはもはや医療行為です。そのため、安全確認が取れるまでは世には出せません」
「そうね。それは仕方がないことだわ」
「なので、母さま。テスターになってみませんか?」
「てすたー?」
「母さまがセラピーの能力を試して、安全確認をするのです。嫌であれば、別の人に頼みますが……」
「い、嫌とはまだ言ってないでしょ!」
「声を荒げるほどであれば、やめたほうがいいのでは? アドラにでも頼みますよ」
「私がやります。辺境伯婦人として、ちゃんと確認しないとだから!」
「わかりました。明日は外出予定ですが、セラピーは家に置いていきますね?」
「ええ、いいわよ。まずは腕からよろしくね?」
待ちきれないとばかりに、腕を差し出す母。
母の腕に薄く広がって密着するように、セラピーにお願いする。
小さく母が悲鳴をあげたが、セラピーのひんやり触感に驚いたようだ。
ここからは蒸しの作業に入るため、しばらく待機だ。
毛穴を広げるためにだいたい十分くらいかかるので、アドラに紅茶を頼む。
羨ましそうに見ているアドラに紅茶を淹れてもらい、俺はのんびり紅茶を飲む。
母もセラピーの動きを不思議そうに見ながら、終わりを楽しみにしているようだ。
セラピーが母の腕から離れ、自身に浄化をかけて終わりだ。
母に左右の腕を触ってもらい、肌の感触の違いを確かめさせる。
「どうですか、母さま? セラピーは?」
「素晴らしいの一言に尽きるわ。ここまで差が出るのね……」
「皮膚の汚れも一緒に除去するので、すべすべのサラサラになったでしょ?」
「ええ、病みつきになりそうだわ」
「可能なら顔も含めて全身に施したいんですよ。女性は化粧のせいで落としきれない汚れが毛穴に溜まりやすいでしょうから」
「今夜からしばらくセラピーちゃんを貸してちょうだい。念入りに汚れを落とすわ」
「朝になったら様子を見るために一度返してくださいね? あと食後にも。スライムたちにも食事は必要ですから」
「わかったわ」
よし、外出許可としばらくの自由行動をもぎとったぞ!
セラピーには申し訳ないが、今日からしばらくの間、母の相手をしてもらおう。
これで醤油と味噌の商会にいける! 名前はたしか、ポーヴァ商会だったな。
待ってろよ、俺の和食生活!
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