スライムの研究
発熱の原因がたくさんの予定のせいだと母にバレた。
万全の体調じゃないのに何を考えているのかと、母に泣いて怒られて反省した。
そして、母に一週間の外出と鍛錬の禁止を言い渡された。
鍛錬代わりにこの国の歴史と地理を中心に一週間みっちりと勉強させられたよ。
まあ、聖印のおかげで、歴史と地理はすぐに覚えられたのはよかったんだけど……
その土地の特産品と貴族の名前に関しては、聖印は無反応で本当に苦労した。
特産品は特殊な名前で見たこともないから、イメージがまったく繋がらない。
貴族の名前は会ったこともない人の名前を言われても、全く頭に入らなかった。
本当に苦痛の一週間だった。
その間、代わりにピュムとソルトの面倒を見てくれたのは、クレスとジェロだ。
クレスが二匹に魔力を与えて、ジェロが二匹にトンネル要塞を作って、遊び相手になってくれた。
俺は兄たちに感謝とお礼のために、以前のお掃除道具の売り上げから砂糖を買い、べっこう飴を作ってあげた。
水と砂糖を混ぜて温めるだけのお手軽お菓子だ。
二人はべっこう飴にとても喜んでくれた。
まだまだ甘味は少ない世界だ。いつかはケーキなどの類も食べさせてあげたい。
父上からは一週間の間に、ソルトの塩は安全だと判断されたと報告を聞く。
現在は試験段階として、若い塩職人にスライムをテイムしてもらっているらしい。
だが、スライムにエサとしての魔力を与えられるほどの職人がおらず、職人たちはまだテイムに至らず、進捗は悪いようだ。
一般市民は俺たち貴族と比べると魔力量が少ない。
その上、細かい魔力操作を習うわけではないので、エサとなる魔力の塊を維持するのに随分と苦戦しているみたいだ。
職人たちは普段とは別のことをしているせいで、かなり苦労しているらしい。
しかし、ここで投げだしてしまえば、ほかの人がこれからの塩職人になり、自身は無職になってしまう。
そのため、塩職人たちはテイムに必死だ。
たとえ、魔力量が少なくてテイムに参加できなくても、今後の販売や管理、新しい塩の研究のことを聞いて、職人との連携や裏方にまわる方針で考えているようだ。
今回の試験に参加したのは、比較的若い職人たちだけだ。
柔軟な思考を持ち合わせおり、スライムの作った塩にも興味津々だった。
父上はソルトが作った塩を実際に見せて、職人たちのやる気を煽ったそうだ。
ハーブソルトという新しい塩の話もして、職人に明るい未来を見せた。
将来に安心した職人たちは、今までの環境にはもう戻りたくないらしい。
余程、劣悪な職場環境だったみたいだ。
今回の試験の話は各工房に話したのだが、ほとんどが門前払い。
年配の親方にもきちんと説明して説得はしたそうだが、まともに取り合ってはくれなかったそうだ。
若い職人の中には工房の親方に脅されて、家族や生活のために仕方なく中立の立場を選ぶしかなかった職人たちもいたらしい。
そんな職人たちには、裏で話を持ちかけ、徐々に工房から引き離すようだ。
一応、年配の親方たちのために失職後のことも考えてはいるのだが……
今後の若い職人たちのために、その際には文句も言わせずに、ハッキリと上下関係を突きつけるつもりらしい。
こればかりは説明もしっかりしたのだから、自業自得としか言えない。
ほかの職人を脅してまで足を引っ張ったのだから当然の報いだ。
ようやく勉強と報告だけの一週間が終わった。
軟禁状態からは解放されたけれど、まだ監視は続いているようだ。
母の指示を受けた専属のアドラがニコニコとした笑顔でこちらを見張っている。
ニコニコと笑ってはいるのだが、母の指示で上司である侍女頭に厳しく指導されたらしく、目がまったく笑っていない。
俺はしばらく外出を諦めて、仕方なくスライムの研究をすることにした。
以前から気になっていたスライムの魔法についてだ。
クレスが氷の魔法で氷のつぶてをピュムに与えたことが原因で、ピュムは氷の魔法が使えるようになったのではないかと考えている。
攻撃としての使用は禁止されているが、魔法の使用は解禁されている。
なので、今回は普段の魔力の塊だけでなく、魔法を与えてみようという試みだ。
魔法には属性がある。火や水、土に風、それに光と闇。
光と闇以外は一般的な属性だ。誰しもが得意な属性がある。
ちなみに、クレスが扱う氷の魔法は水に分類される。
一応、氷は上級という扱いらしいが、仕組みがわかっていれば氷の魔法は誰にでも扱えるんじゃないかと俺は考えている。
ピュムは水の魔法を使う。それもクレスのおかげか、氷が扱える。
母が魔力の水をたまに与えていたので、ちゃんと水も出せる。
さて、いざ属性魔法を与えようと思うと、どの属性を与えればいいのかと悩む。
うーん、火の属性は扱いを間違えたら困るからなあ。
おっ、閃いた! ピュムにお湯を与えてみよう!
お湯や氷の原理も説明して、水魔法の扱いを上達させてみよう。
スライムがお湯を出せるようになれば、市民の助けになるのではと思いついた。
お湯は大変なのだ。お湯を沸かすためには、まず薪に火をつける必要がある。
この薪代がバカにならない。
魔法で温めればいいじゃないかと思うが、魔力は有限だ。
そんな長時間は火を維持できない。
それに、貴族はお風呂に入る習慣がある。
お湯を沸かして、お風呂に運ぶという作業がとても大変なのだ。
侍従たちがその作業を担当するため、どうにかしてあげたいとも思っていた。
俺もアドラには申し訳ないと思うが、中身が日本人のためお風呂は欠かせない。
というわけで、アドラにたらいを用意してもらって、俺は水魔法でお湯を注ぐ。
アドラがお湯に驚いているが、今は無視する。
ピュムには、まずお湯に触ってもらう。ピュムは不思議そうにお湯に触れている。
そして、ピュムにお湯と氷の原理について説明する。
水分子が止まったり、振動したりという説明なのだが、分子という意味をピュムが理解できるかな?
アドラも一緒に話を聞いているが、チンプンカンプンという表情になっている。
あれこれピュムに説明したが、どうやら理解したようだ。
ピュムがぽよんぽよんと飛び跳ねている。よし、試させてみよう。
「よし、ピュム。このたらいにお湯を出してみてくれる?」
「ぴゅぃ!」
「坊ちゃま、私が説明を聞いてもなにがなんだかわからないのですから、スライムに理解できるとは思えないですよ」
アドラが無理だというけれど、別にちゃんと理解しなくてもいいんだよね。
水魔法で『冷たい水』と『温かい水』が出せるとわかればいいんだから。
魔法は想像力が大切だと、ニーナ師匠も言っていた。つまり、イメージだ。
明確にこうなるというイメージがあれば、氷もお湯も出せると思う。
そのイメージをピュムに伝える。
「ピュム、このたらいにお湯を出せるかな? お湯は今触った温かい水のことだよ」
「ぴゅーぃ!」
「坊ちゃま、さすがにその説明でお湯が出せたら、みんな苦労しませんよ……」
どこか冷めた目でこちらをみるアドラ。
ピュムがたらいに湯気が出ている水をたらいに出す。つまり、お湯だった。
「おお!? すごいよ、ピュム! お湯だよ、お湯!」
「ぴゅっぴゅーぃ!」
「ええええ!?」
あまりの出来事に大声をあげて驚くアドラ。
俺はピュムを頭上に掲げて、アドラに向かってドヤ顔する。
ピュムもドヤ顔していると思える感情が伝わってくる。
そんなはずはないと、アドラがたらいのお湯に触れて確認する。
「わっ、本当にお湯です……!」
「ピュムはすごいなー!」
「ぴゅぃ!」
「……」
俺たちが喜んでいると、アドラが怪しく目を光らせてこちらを見る。
その目は、獲物を見つけた肉食獣のようだった。
「ピュム様? 私、今夜はお風呂のお湯当番なんです」
「ぴゅ、ぴゅぃ?」
「私の代わりに、お風呂のお湯を用意していただけませんか?」
「ぴゅぃー……」
「あ、アドラ、さん?」
「坊ちゃまは静かにしていてくださいませ!」
「は、はぃ!」
アドラの目が本気だった。本気と書いてマジと読む。
そんなにお湯当番って、嫌なものなのかな?
俺がそんなことを考えていると、こちらの心を読んだようにアドラが怒る。
「坊ちゃまはわかっていません! お湯当番の大変さを!!」
「はぃ!」
「水を汲んで、お湯を沸かして、運ばれた分の水を補充するために、また水を汲む。その繰り返しです!」
「お、おぅ」
「すごい重労働なんですよ、お湯当番って!」
「お、落ち着いて、アドラ!?」
「じゃあ、ピュム様を貸していただけるんですかっ!」
「わ、わかったよ。今日だけ貸してあげるよ……」
「ぴゅぃ!?」
すまない、ピュム。俺にはアドラを止められなかったよ……
この日、ピュムはアドラのためにお湯当番となった。
そして、アドラがピュムに頼って楽をしていることが侍従たちにバレてしまって、しばらく侍従たちのためにお湯当番になってしまった。
ずっと同じことの繰り返しでピュムの機嫌が最悪だったことは語るまでもないか。
ごめんって~、ピュム。機嫌直してよー?
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