新料理と調味料の手がかり

 新たな従魔のソルトをつれて屋敷に帰ると、運悪く母に見つかってしまう。

 飼育の許可をもらおうとあれこれ言い訳するも、母は一向に首を縦に振らない。

 ピュムとは仲良くなったとは思ったのにな。何がダメなんだろうか?


 騒がしくしていたためか執事であるセバスが話し合いの場を作ってくれた。

 父も同席するようだ。

 これはチャンスだね、父にソルトのプレゼンをして有用性を認めてもらおう!

 俺は父に話があると言って母を遠ざけようとしたが失敗する。

 母は俺を逃がそうとしてくれない。

 仕方がないな、母を納得させるように新しい事業をちゃんと説明をしよう。




「なので、ソルトを飼うことを許してください!」

「話はわかった。新しい塩を作るんだな?」


「家の中をあまりスライムだらけにはして欲しくはないのだけれど、領地のためとなるとカーチスの判断に任せるわ」


「やった! ありがとうございます、母上!」

「これ以上は増やさないでちょうだいね? あなたのことも心配なんですから」


「テイムに魔力が必要なことは護衛からも説明したという報告を受けたぞ」


 あの堅物そうな護衛か。いつの間に父に報告したんだ?

 仕事がスマートにできる奴が憎い!


「スライムで塩が生産できることを知っているのは、ついていた護衛だけか?」


「はい、あの護衛だけです。周囲に人はいませんでした。たとえ他人の目が合ったとしても、遠目では何をしていたかはわからなかったと思います」


「ならいい。このことはしばらくは伏せておくことにする。オネットもいいね?」


「承知しました」


 父はこの生産方法を極秘扱いにしたいみたいだけど、何かあるんだろうか?

 ともかく、新たな塩職人の雇用内容や既存の塩を扱う商会との衝突の可能性は説明したから、あとはスライムが作る塩の安全性の確認とその塩を扱うための商会の調査が終わればこの事業を進められるな。


 探している醤油と味噌については新しい調味料を探していると説明して、料理人と相談してから探すようにと言われた。

 料理人に聞いてもわからなければ、直接商会を見に行く許可ももらえた。

 まあ、俺にしかわからない調味料だから仕方ないね。

 護衛は必ずつくけれど、これで念願の自由に外出する権利を手に入れたぞ!


「それにしても、ちょうどよかったよ。やや困っていたところだからね」


「何かあったのですか、父上?」


「ある商会に塩の生産を任せていたのだが、塩の品質が徐々に落ちているせいでほかの貴族から苦情が出ていたんだ。しかも、その商会が塩田をほぼ独占してしまったから、利権を取り戻そうにも難しいんだ」


「そんなことになってたんですか……」


「それをお前が解決してくれた。ありがとう、ロイ」


 そんなつもりはなかったが、結果的に父を助けられたみたいでよかった。

 でも、問題はほかにもあるからまだ安心はできない。


「ですが、問題はまだ山積みです。塩田はいいのですが、職人たちが独占されてますから……」


「ああ、これからが大事だ。セバス、アグネス商会を徹底的に調べあげてくれ。あの商会との取引はもう終わりだ。雇用されている塩職人たちも引き抜け」


「かしこまりました、旦那様」


 笑顔だったセバスが背を向けたときに不穏な雰囲気を感じる。

 一体、何があったのだろうか?


「……気にするな、ロイ。アグネス商会は強く出れない我が家に対して上から目線な態度で様々な交渉をしてきたから、セバスにも鬱憤が溜まっているのだろう」


「なら、セバスのためにも良好な関係を築ける新しい商会を探さないとですね」


「そうだな、いくつか候補はすでに絞っている状態だ」


「すでに調査済みなんですね?」


「アグネス商会のせいでな……。商人ギルドでもあの商会は嫌われている。今まで散々煮え湯を飲まされたからな、このまま廃業まで追いつめてやるさ」


 父もその商会には鬱憤が溜まっていたんだな。

 母が心配そうに父を見て、話題を変えるように俺に話を振ってきた。


「そういえば、ロイ? 厨房の料理人に話があると言っていませんでした?」

「はい、母上。いくつか質問したいことがあるのです」


「なにを質問する気? 聞かせてちょうだい」

「油や香草、それと香辛料について知りたいのです」


「油と香辛料はわかるけれど、香草? 香草というのは薬草のことかしら? 薬草は薬師の領域だから料理人に聞いても答えられないと思うわよ?」


「え、そうなのですか!?」


 たしかに、ハーブや一部のスパイスは薬や漢方とも言えるから薬師の領域なのか。

 もしかしたら、俺が思う香辛料も薬師にしかわからないかもしれない。

 意味のない質問を料理人にして困らせるとこだった、危なかったー。


「油も基本的には豚などの動物性の油だけよ。植物由来の油もあるにはあるけれど、あれは砂糖と同じく輸入に頼った高級品よ」


「そんな……」


 そうなると、俺の食べたいものがほとんど高級品扱いじゃないか!

 いや、諦めるな! まだ見つかってないだけの可能性もある。

 うちの領地の土地は広いんだ。油のとれる植物がきっとどこかにはあるはずだ。


 落ち込んだと思ったら急にやる気を出す息子を不思議そうに見る父。

 母の視線はどことなく残念なものを見る目だ。

 いいもんね! 美味しいものを食べさせて驚かせてやるんだから!




 翌日、昼食後に厨房を訪れた。厨房に入ってきた俺を見つけた料理長が不思議そうに質問する。


「ロイ様、こんな厨房になんの用ですか?」

「ねえ、今夜のメニューは決まってる?」


「一応、決まってはいますが……」

「一品だけ加える余裕はあるかな?」


「時間のかかるものでなければ大丈夫ですが、食べたいものでもありましたか?」

「うん、作ってほしい料理があるんだ。カツレツっていうんだけど……」


「……聞いたこともないですね。レシピはわかるんですか?」


 料理長が目を輝かせて俺を見る。よし、食いついたな!

 だいたいのレシピはトンカツと一緒だから簡単である。

 大量の油で揚げるのがトンカツで、少量の油で揚げ焼きにするのがカツレツだ。


 カツレツはうろ覚えだけどフランスが由来だった気がする。

 それを日本風にアレンジしたのがトンカツって聞いた。

 本当はトンカツ定食が食べたいけど、使える植物油がない。


 油を大量に使えるわけじゃないから仕方なく、仕方なくカツレツなのだ。

 まあ、トンカツっぽくはなるんじゃないかなと期待している。

 料理長にカツレツの調理工程を覚えてる限りのなんとなくで伝える。


「だいたいの工程はわかりやした。そこまで難しいこともないんで、これから試しに作ってみやしょう。ちょうど賄いにしようと思ってたとこですからちょうどいい」


「お願いします、料理長」


 俺のつたない説明でも料理長は要点をおさえて、見習いたちに指示を出している。

 仕事の振り分けも的確でそれぞれの手際がいい。

 そうして、あっという間にカツレツが出来上がった。


「できやしたぜ、ロイ様。試食を一緒にお願いしやす」

「ありがとう、料理長。それにみんなも!」


「へへっ、ロイ様にお礼を言われたぜ」

「うまそうだよな、これ」

「カツレツって言うらしいぞ?」


「では、みんなでいただきましょう!」


 俺の号令でみんなが一斉に一口食べる。部屋にサクッといい音が鳴る。

 無言。誰もしゃべらない。口に合わなかったのかな?と不安になる俺。

 誰もが口を開かない中、料理長がポツリと呟いた。


「……うまい」


 その一言で夢から覚めたように周囲からもうまいうまい!と大絶賛だ。

 でも、料理長は難しい顔だ。まだなにかあるのだろうか?

 料理長の顔を覗きこんでみると料理長はこちらを見て質問する。


「ロイ様、こいつはうまい。だが、まだ完成形じゃない気がするんだ」

「そうだね。今は一緒に食べる野菜とか、ソースもなにもないもんね」


「付け合わせか、ソースもいいですね! カツレツだけだとやや油っぽく感じやす。だから、なにか口の中をさっぱりさせるものを用意すれば……」


「酸味のある果汁をかけたらさっぱりすると思うよ?」

「それだ!」


 料理長が紫色の果物っぽいのとやや赤みのある野菜を持ってきた。

 たぶん野菜の方は葉物野菜だとは思うから、口出ししておこう。


「料理長、その野菜を付け合わせにするの? なら、細い糸状に刻むといいかも」

「っ! さすがですね、ロイ様! 俺もこのままじゃダメだと思ってやした!」


 子どもの言葉も素直に受け入れて、実践する料理長もすごいけどね。

 普通は口出しされたら変にプライドが邪魔して意固地になると思う。

 そう口にすると、料理長は笑って返した。


「料理に有効な助言ならいくらでも実践しやすよ。試してみないとわからないことも挑戦した方がいいに決まっている。だから、俺は今この地位にいるんですよ」


「料理人の鑑だね!」

「褒められても料理しか出ませんよ! お前ら、これも合わせて食ってみろ!」


「おお、さらに美味くなった!」

「この酸味のある果汁のおかげで、口の中がさっぱりするな」

「こっちの野菜の切り方もいいぞ。ふんわりシャキシャキとした食感がアクセントになっていて、口の中が楽しい」


「ロイ様、次も何か思いついたときは俺に教えてください。必ず作ってみせますよ」


「ありがとう! あっ、そうだ。探している調味料があるんだ。商会にも聞いてみるつもりなんだけどね……」


 料理長に醤油と味噌について質問してみた。

 商会にも聞く予定だが料理人からも聞いておきたかった。

 あまり期待はしていなかったのだが、料理長からは驚くべき答えが返ってきた。


「以前、似たようなものを持ってきた商会がありやしたねえ。ただ、そのときはよくわからないものだったんで見た目だけで断ってしまいやしたがね」


「そんなっ!? その商会の名前は覚えてる?」


「なんて名前だったかなあ? 俺が聞いたこともなかったんで、たぶん小さな商会だとは思うんですがねえ……」


「頑張って思い出して!」

「えーっと、たしか……。そうだ、ポーヴァ商会だ! 思い出せてスッキリしたぜ」

「ポーヴァ商会だね! ありがとう、今度話を聞いてくるよ!」


 よし、醤油や味噌を扱っているってことは米も扱っていると嬉しいな。

 俺はまだ飲めないけど、米を使った酒も扱ってるかもしれない。

 あ、みりんも置いてるかなあ? 今から商会を訪ねるのが楽しみだー!


 俺はもう夕食のカツレツのことなんか飛んでしまっていた。

 口の中はもう醤油と味噌のことでいっぱいだ。今からレシピを考えておかなきゃ!

 その日の夕食に出たカツレツは大好評だった。

 特にクレスとジェロはおかわりするほどだ。両親も新しい料理に喜んでくれた。


 だが、俺の頭は別のことでいっぱいだった。

 スライムが作る塩はアグネス商会を調査中でしばらくは動けないとのこと。

 なら、その間にポーヴァ商会を訪ねたい。


 ハーブや一部のスパイスの薬草を管理してるであろう薬師も探したい。

 あれもやりたい、これもやりたい。あれも考えなきゃ、これも考えなきゃ……。

 やりたいこと、考えることが山積みになった結果、俺は熱を出して寝込んだ。


 頭で処理しきれなくなったタスクがパンクしたせいだとは思うんだけど……。

 なんでこのタイミングなんだよお!

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