兄たちとの勉強

 父との話し合いにより、俺は常識を学ぶ場を手に入れた。

 父は約束通り兄たちの家庭教師に話をつけてくれたが、兄たちと家庭教師は難色を示した。

 四歳の子どもにいったい何ができるのかと。


 そう、ロイは四歳なのだ。

 四歳という幼さのせいで兄たちはともかく、家庭教師にはものすごく嫌がられた。

 父は文字と数字だけでいいからと家庭教師を納得させて、兄たちにも大人しくしていなかったら追い出してもいいと言って、なんとか説得した。


 だが、そのときの父の顔はとても悪い顔をしていた。

 俺もたぶん悪い顔になっていたと思う。

 兄たちが俺たちの顔を見て、ビクッとしていたのが印象に残るほどだ。


 父はきっと俺に期待しているのだろう。

 兄たちは家庭教師に慣れてきたせいか、父の目からはたるんでいるらしく、兄たちにもっと真剣に学ばせたいみたいだ。

 なら、その期待に応えてみせようじゃないか。

 特に、家庭教師に関しては子どもの俺を馬鹿にする態度を取ったからな。

 お前の度肝を抜いてやるのも決定だ。




 夕食は転生してから初めて家族全員が揃って食べることになった。

 俺だけはまだ別メニューだが、これはこれから少しずつ改善だ。

 夕食時の会話の話題に、俺に家庭教師をつけるという話が持ち上がる。


 母は四歳のロイにはいくらなんでも早すぎますよと父にやんわりと訴えた。

 まだ病み上がりの俺を心配しているのもあるのだが、たぶん幼い俺が机に向かってジッとしているはずがないと母は思っているのだろう。

 納得したはずの兄たちも母からも言ってやってくれと煽るが、父は俺からのお願いだと言って、渋々ではあるが母を納得させてくれた。


 ただ、お目付け役としてアドラをそばに置くことになった。

 アドラさえいれば、何かあった時に対応が出来るという保険だろう。

 アドラはアドラで、普段の仕事をほかの人に任せることが出来ると嬉しそうだ。

 侍女としてそれでいいのかと思ったが、誰だって仕事は楽したいよな。




 夕食後の団らん室では、兄たちの勉強の進捗具合を中心に聞くことになった。

 どうやら兄たちは俺にはわかるまいと踏んで、小難しい話で俺のやる気を削ごうとしているようだ。

 だが、二人の話を聞いても、二桁の計算が出来るようになっただとかで、俺自身はまだその程度なのかと少し心配してしまった。


 二人の理解度を確認するために、勉強の話題の中で俺は適度に質問してみた。

 長男のクレスはちゃんと理解しているみたいだが、次男のジェロは少し怪しい。

 なので、クレスがした説明では俺にはよくわからないという顔で、ジェロに会話を振ってみる。

 これは会話で思考を誘導して、ジェロに考えさせる作戦だ。


 うんうん唸りながらも、ジェロは頭の中で考えをまとめているみたいだ。

 そして、ゆっくりと言葉に詰まりながらも、ちゃんと自分の考えを説明できるようになった。

 普段のジェロは感覚派でいつも曖昧な説明ばかりだが、思考さえ誘導してやれば、話をしっかりと組み立てて相手にもわかりやすく説明することができるようだ。


 母もクレスも、ジェロの考えたしっかりとした説明に驚いていた。

 そんな中、父は俺の背中をポンと叩いて労ってくれた。




 翌日もパン粥の朝食を食べて、アドラが勉強道具を用意してくれる。

 とは言っても、木の板が数枚と羽ペンにインクだけだ。

 木の板を使うのはまだまだ紙が高いからで、子どもの勉強だけで何枚も消費するのには費用がかかりすぎる。


 学習部屋には兄たちよりも先に到着して、家庭教師が来るのを席について待つ。

 時間になったが、なぜか家庭教師が兄たちよりも先に部屋に来た。

 家庭教師は部屋にいる俺の姿を見て驚き、遅刻したのかと焦っていたが、俺は時間通りですよと伝えて安心させてあげた。

 この様子では兄たちは遅刻の常習犯のようだ。これは父に報告案件かな?


 仕方がないので、俺だけ先に勉強を始めることになった。

 基本の文字と数字、ついでに計算に使う記号も家庭教師から教えてもらった。

 まずは書けるようになるために、ひたすらに文字を書こうと木の板に向き合う。

 だが、基本文字と数字、計算記号を一周して書き終わった頃には悲しいのか嬉しいのかわからないが、聖印からのお知らせが届く。


【語学:基本文字を学習しました】

【算術:基本数字を学習しました】

【算術:計算記号を学習しました】


 能力が解禁されて、文字が自分の思ったようにスラスラと書けるようになった。

 先ほどまで四歳児の書き慣れない文字だったのが嘘のような文字だ。

 家庭教師が突然綺麗な文字を書き始めた俺に驚きの声をあげた。


 家庭教師が俺の進捗を確認している間に、兄たちが遅れて学習部屋に入ってきた。

 兄たちは部屋にいる俺を見て、目を見開いて驚いていた。

 俺は兄たちに「遅いですよ」と軽く注意して、二人に勉強させるように家庭教師を促した。


 今日は昨日の団らん室で話していた二桁の足し算と引き算の復習をやるようだ。

 問題が書かれた羊皮紙を見て、二人は答えを木の板に書いている。

 この年齢ならこんなものだろうと思うくらいにはゆっくりだったが、兄たちが指を使って計算しだしたのでさすがに口を挟むことにした。


「兄様たちは指を使って計算するのですか? 一桁の計算のやり込みがまだ足りないのではないですか?」


「なっ!?」

「むっ! じゃあ、ロイはこの問題が解けるって言うのか? 出来ないくせに大口叩くんじゃねえぞ!」


「ふふん! 先ほど計算の記号と数字を教わりましたから、これくらいは余裕です」


 家庭教師が俺たちの言い争いをオロオロして見ているが無視して、兄たちから問題が書かれた羊皮紙を取り上げて解答を木の板に書いていく。

 問題をスラスラと解く俺にクレスが驚いてる。

 たった十問の小学生低学年の問題だから、あっという間に解き終わった。

 すぐに家庭教師に解答が間違っていないかを確認してもらう。


 家庭教師が答え合わせしている間、兄たちがヒソヒソと話し合っている。


(ジェロ、まずいんじゃないか?)


(何がだよ、クレス兄?)

(これでロイが全問正解していたら、私たちの立つ瀬がないんじゃないか?)


(大丈夫、さっき数字を教えてもらった程度だぜ? 正解するわけないじゃん)

(今までの経緯からロイはかなり頭がいいと思えるんだが……)


(心配すんなって、クレス兄。一問でも間違えてたら、部屋から追い出そうぜ!)


 二人が話している間に答え合わせが終わったようだ。

 家庭教師が言った「全問正解です」という言葉に青い顔をする兄たち。

 俺は二人にドヤ顔をしてやったよ。




 勉強時間が終わり、ぐったりとした二人を見て、家庭教師は苦笑いしている。

 数字の繰り上がりと繰り下がりの計算をひたすら解かせただけなのになあ。

 まあ、間違えるたびに俺からデコピンされるという罰ゲーム付きだったけどね。


 そうそう、兄たちにデコピンをしている間に聖印のお知らせが来た。

 内容はショボいけど、これでなんでもないことでも聖印の能力が解禁されることがわかった。


【技能:デコピンを習得しました】

【技能:手加減を習得しました】


 その日の夕食後の団らん室では兄たちの俺への愚痴祭りだった。

 だが、二人が授業に遅刻してきたことも報告した結果、両親に叱られていた。

 叱られて悔しそうな兄たちだったが、すぐに顔を見合わせてニッコリする。


「明日は体術と魔法の鍛錬だったな、ジェロ」


「そうだな、クレス兄。ロイはまだ参加できないな!」


「ふむ、そうだな。そっちの鍛錬も頼んでみるか? どうする、ロイ?」


「そちらもやらせてください、お父様」


「無理と怪我だけはしないようにね、ロイ?」


「病み上がりだから気をつけます、お母様」


 あっさりと鍛錬の許可が出たことに驚きつつも兄たちは鍛錬なら負けないと思っているようだ。

 鍛錬は兄たちに少ししてあげないとね。

 ふふっ、うまくやる気を煽ってあげようじゃないか。


 父がまたなにやら企む笑顔だ。母は怪我だけはしないようにねと念を押す。

 まあ、体術と言っても、激しい運動は医者にまだ禁止されているから魔法の鍛錬に集中しようと思っている。


 魔法を使えることが楽しみすぎて、今夜はちゃんと眠れるか少し不安だ。

 身体が幼くなったせいか、精神も身体に引っ張られている気がするんだよね。

 あくまで体感だから、ハッキリとはわからないけど、言動や行動に子どもっぽさが出てしまって制御が効かないことが増えた。


 まあ、四歳児の特権と思っておこうかな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る