家族

 翌日、窓から入る自然の明かりで目を覚ます。

 もう体調はよさそうだ、これも聖印のおかげなのかもしれないな。

 まあ、それでも朝食はまだパン粥なんだけど。

 昼食からは少しずつ具を入れて、様子を見るとアドラから聞いて喜んだ。


 軽く身体の筋を伸ばしてから身支度を整えるために着替える。

 アドラが着替えを手伝おうとしたが、丁寧に断った。

 だが、癖のある服のせいで戸惑い、結局アドラの手を借りることになった。

 少し悔しいが、アドラがニコニコとしていたのでよしとしよう。




 よし、この時間帯なら家族は朝食後の団らん室にまだいるはずだ。

 着替え終わった俺は体力づくりのために歩いて団らん室に移動した。

 団らん室に入ると、母と兄二人がいた。

 部屋に入ると同時に家族が俺の心配をしてくれる。


「ロイ、もう起きて大丈夫なの?」


「話は聞いていたが、もうよくなったのか?」


「おー、元気になったか! よかったよかった!」


 ここで家族を紹介しようと思う。

 まず、まだ心配顔でこちらを見ている母オネットだ。

 背中に流れる綺麗な亜麻色の髪。瞳は透き通った海の鮮やかな青色で、ベッドから起き上がれるようになった俺を見て柔らかく細められている。

 母は俺の手を取って、ソファにゆっくりと座らせてくれた。


「顔色は問題なさそうだな、お前が無事でよかったよ」


 そう声をかけてくれたのは、長男のクレスだ。

 真っ青な髪を伸ばして後ろで結っている。アイスブルーの瞳が知性を感じさせる。 

 クレスは今年で八歳になる。

 ロイの記憶の限りだが、十歳からは学園に入らないといけないらしい。

 クレスとは今後のためにもなるべく交流を持っておこう。


「一時は死ぬかと思ったけど、ちゃんと生きててよかったな!」


 俺の頭をバシバシと叩くのは、次男のジェロだ。

 金に近い髪を短髪にして、紫の瞳からはやんちゃな気質を感じさせる。

 今年で七歳になるジェロは、クレスと比べると落ち着きがない脳筋って感じだ。

 正直、ジェロは苦手だ。ロイの記憶でも泣かされている思い出しかない。

 まず頭を叩くのをやめろ、叩く力が強くて痛いんだよ。


 そして、この場にはいないが父カーチス。

 俺と同じ濃紺の髪色でアメジストを思わせる紫の切れ長の瞳をしている。

 たぶん、今頃は執務室で仕事をしているのだろう。

 父は午前中の間は仕事で忙しいはずだから、午後に訪ねることにしよう。

 俺、というよりは、ロイに関して薄々気づいてるように思えるからな。




 母と兄二人と雑談をして、家庭教師が来るために兄二人は退室した。

 母もこのあとは用事があるらしい。

 「あとでお茶しましょうね」と残して、母も退室した。


 俺も軽く運動をするためにアドラを連れて、庭に散歩へと向かった。

 庭に出ると、かすかにだが潮の香りがする。ここは海が近いようだ。

 しばらく散歩していると、突然頭に響く声がした。


【マップ:シャンティ王国コルディヤ領を解放しました】


 な、なんだ? 辺りを見回しても誰もいない。

 俺の行動にアドラは不思議そうにしている。


「坊ちゃま? どうかしましたか?」


「い、いや、なんでもないよ」


 頭に響く声が気にはなったが、わからないことはどうしようもないので、後回しにして散歩を続けた。

 散歩を続けていると、不思議な物体が目に入った。

 やや透明な青色をしたゼリーみたいな球体がもそもそと動いている。

 あれは何かとアドラに聞こうとしたら、彼女は「失礼しますね」と言って、素早くその物体を持ちあげて近くにいた庭師に手渡していた。


「アドラ、今のは?」


「あれはスライムという魔物です。庭の芝生を食べていたので、庭師に渡して処理を頼みました」


「へえ、あれがスライムなのかあ!」


「スライムはあのように何でも食べてしまい、時折迷い込んでくるのです。害はないのですが、庭師たちが整えた草木を食べてしまうのは困りますね……」


 この世界で初めて見た魔物がスライムか。

 スライムは地球ではゲームなどでよく見かけるモンスターで、リアルで実物を見ることが叶って、ちょっと感動してしまった。


 その後は特にイベントもなく、散歩を終えて、自室に戻って昼食を摂った。

 昼食はアドラが言っていたように具が増えていた。

 パン以外にも小さな肉や野菜がトロトロになるまで煮込まれて細かく入っていた。

 厨房にもいつかお邪魔して、地球の料理をいくつか再現してもらおう。




 食後に先ほど庭で頭に響いた声は、もしかしたら聖印が原因かもと気づいた。

 聖印の使い方は基本的には念じると応えてくれるらしい。

 さっそく、先ほどのマップとやらを呼び出してみる。


 目の前に急に立体地図が浮かび上がった。

 アドラが室内で食器の片づけをしていたので、慌てて消えるように念じる。

 幸い、アドラにはこの地図が見えていなかったようだ。俺は安堵のため息を吐く。


 アドラが部屋から出て行ってから、もう一度マップを呼び出す。

 立体的な地図が目の前に浮かぶ。随分と詳細な地図だな。

 山の高さなども一目でわかる。これはこの領地全体の地図なのかな?


 庭を軽く散歩した程度で領地全体の詳細な立体地図が見れるようになるとか、この世界からしたらかなり危ない能力な気がする。

 今後もこんな風に能力が簡単に解禁されていくのだとすると、楽しみではあるが、少し怖くもあるな。


 さて、肝心のマップの使い心地はっと。

 拡大縮小も念じればできるな。平面化はどうだ? ……できるな、優秀か?

 人の位置もわかるのかな? うわっ、点が地図上にいっぱい現れた!

 領地にいるすべての人を点で表示しているな、これ。

 この状態だと頭が痛くなるな。情報の制御で頭痛が起きているんだろうか?


 表示する範囲をこの屋敷だけに絞って、家族だけを表示してみよう。

 兄二人は揃って外に出ているな。鍛錬でもしているのかな?

 母は応接室にいる。商人の相手でもしているみたいだ。


 書斎に父がいるな。何か調べものをしているのかな?

 ちょうどいい。俺のことに気付いているか探りをいれてみよう。

 聖印のことも調べてみたかったし、父からも何か聞けるかもしれない。

 そうと決まれば、父のいる書斎に向かおう。




 書斎の扉が少し開いている、誰かがいるという証だ。

 これから話すことはあまり人に聞かれたくないから扉は閉めておこう。

 扉をノックしてから入室して、扉を閉める。書斎の中は本と本棚であふれている。

 これだけの本があるということは、それだけ我が家に財があるという証拠だ。

 部屋の奥に進むと、父が古い本を机に広げ、何かを探しているようだった。


「お父様?」


「む? お前か。もう歩き回っても平気なのか?」


「はい、平気です。昼食もちゃんと完食しました」


「そうか。それはよかった」


 父の様子がどうもおかしい。やはりロイのことに気付いているのでは?

 起きてから一度も「ロイ」と名前で呼んでくれないしな。

 探りを入れてみようと口を開こうとしたが、先手を取られた。


「お前は本当にロイなのか?」


「え?」


 その言葉に俺は驚き、沈黙してしまった。

 もはや無言で肯定をしたのと同じだ。


「やはり、お前はロイではないのだな……」


「お父様は気づいていたのですね」


「当たり前だ。話し方、それに物腰が違う。それと瞳の色だ」


「瞳の色?」


 なんのことかと、俺は首を傾げてしまう。


「以前は私の瞳と似た紫だった。だが、今の君は金の瞳をしている。それだけで君はロイではないのだと悟ったよ。……ロイは、死んだのだな?」


「…………はい。彼は亡くなりました」


「そうか」


 カーチスの藁にもすがる想いを、わずかな希望にすがろうとする姿勢を感じたが、俺はそれをバッサリと否定した。

 落ち込むカーチスにロイの伝言を伝えるべきだと思い、俺は口を開いた。 


「彼は謝罪していました。親よりも先に旅立つ自分を許してほしいと」


「ロイに、会ったのか?」


「はい。彼は残してしまう家族のことを心配し、俺に託して逝きました」


「そうか。優しいあの子らしいな……」


 カーチスは席を立ち、こちらに背を向けた。

 こちらからは表情は見えなかったが、頬を伝う涙がロイの死を悼んでいた。

 俺は静かに姿勢を正し、ロイのために黙とうを捧げた。


「すまない。心の整理はついた。君のことも息子として、ロイとして扱おう」


「ありがとうございます」


「それで? 君からも用件があったのだろう? 息子のことだけじゃなく」


「はい。これについてなのですが……」


 落ち着いたカーチスに俺は右手の甲を見せる。

 もちろん聖印を浮かべて。


「まさか、それは……」


「こちらに文献が残っているのかは知りませんが、これは聖印だと言ってました」

「言っていた? 女神プレナス様と会ったと言うのか?」


「はい、こちらは加護として授けられました」

「そうか。では、息子はプレナス様のもとに導かれたか」


「俺が見た限りですが、今後も女神様が面倒を見てくれそうでしたよ」

「いい話を聞けた。安心したよ、ありがとう。それで、聖印についてだったな」


 その後、父が語ってくれたのは、先ほどまで開いていた本による話だ。

 聖印を持った者が、この国を導き、発展させたという建国物語だった。

 聖印を持つ者が貧しい人々を集めて、村を作り、街に発展させ、シャンティというこの国を興したそうだ。


 だが、聖印を持つ者が初代国王というわけではないと父が説明する。

 聖印を持った者は歴史上に存在したという記載がされているだけで、決して表舞台には出てこなかったらしい。


「なので、君もなにかを成すかもしれないが、歴史を揺るがすほどのことではない、というのが私の見解だよ」


「なるほど。歴史上ではそういう扱いなのですね。それはありがたいです」

「ありがたい?」


「ええ、とても動きやすいってことです。俺は女神様から、この世界の文明の発展を依頼されています」

「ほお、文明の発展か。たしかに様々な技術が今は頭打ちという状況だ。そこに刺激を与えるのが君なのか?」


「はい。今はこの世界の常識を学びたいと思います。まずはそこからです」


「ふふっ、先ほどは歴史を揺るがすことはないと言ったが、これは楽しみだな。私にできることは手伝おう」


「はい。可能であれば、兄二人と共に学ぶ事をお許しください」

「君は随分と賢そうだ。クレスとジェロの刺激にもなる。明日からでもいいか?」


「早ければ早いほど助かります。兄さんたちの度肝を抜いてみせましょう」

「ハッハッハ。家庭教師に君が明日から参加することを伝えておこう」


「ありがとうございます」


 よし、これでこの世界での一歩を踏み出せそうだ。さっそく明日から頑張るぞ!

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