辺境伯の息子

目覚め、体調確認

 身体が熱い。息苦しい。酸素を求めて荒く呼吸する。

 周囲がざわっとしたような音が聞こえる。なんだか騒がしい。

 けれど、うまく聞き取れない。耳が音をうまく拾ってくれないみたいだ。

 それにまだ息苦しくて、そちらに注意を払う余裕がない。


 目を開けようとするが、ぼんやりとした明かりが視界に入るだけだ。

 まだ焦点が合わないみたいなので、諦めて視界を閉じる。

 腕をあげて額に持っていこうとしても、身体に力が入らず、かけ布団から腕を抜くのにすら苦労する。


 なんとか腕を額に持ってこれた。手のひらを額に触れさせる。

 熱があるみたいだな。あんな夢を見たんだ、熱があるのも仕方ないよな。

 今日は仕事を休んで、ゆっくりとしよう。連絡はあとでもいいだろう。

 まだ暗いし、朝じゃないならもう少しだけ休ませて……。

 周囲は騒がしかったけれど、俺は眠気に誘われるままに眠りに落ちた。



 ――

 ――――

 ――――――



 朝か? 目を閉じていても強い光が差し込んでいるのがわかる。

 額に手を当てて熱を測る。うん、熱は落ちついたようだ。

 でも、まだ身体が気怠く感じる。

 こんな状態じゃ仕事にも行けないな。周りにもきっと迷惑かけるし……。


 あれ? そういえば、俺は何の仕事をしていたんだっけ?

 ああ、これは本格的にダメだな。夢のせいで本当に記憶が混乱している。

 ったく、いつ俺が死んだんだよ。現に今、俺は生きているし――


 頭が少しハッキリし始めたところに、身体を軽く揺らす手に気が付く。


「坊ちゃま、ロイ坊ちゃま? 起きていらっしゃいますか?」


 日本語、じゃない? けど、きちんと意味がわかる。

 呼びかけられている方へと顔を向け、まだ少し重い瞼を持ち上げる。

 視界に入ったのはクラシックなメイドさん。

 年齢はまだ若く見える。俺からすれば少女とも思えるような若さだ。

 髪は肩口で切り揃えられ、髪色は暗い赤。

 青い瞳からは心配そうにこちらを窺う姿勢が見て取れる。


 彼女は誰だろうかと考えたところで強い頭痛がした。

 痛みは一瞬で、色々と思い出すことができた。

 彼女の名前はアドラ。この身体の持ち主、ロイに専属でつけられた侍女だ。

 ここは異世界トピアで、シャンティ王国の辺境の領地コルディヤ。

 海に面した貿易で栄える街だ。


 とにかく、起きたことをアドラに告げようとするが声が掠れてしまう。


「おはよう、アドラ。ケホッ」


「ああ、坊ちゃま! 先にお水を!」

「ありがとう。……ハア、なんだか久しぶりに水を飲んだ気がするよ」


「っ! 坊ちゃまは何も覚えていないんですか?」

「ん? なにを?」


 アドラから聞かされた話では、俺はどうやら三日三晩寝込んでいたらしい。

 一度は死んだかに思えたが、突然身体が光に包まれて息を吹き返したそうだ。

 昨夜の夢現な状態のときに、周囲が騒がしかったのはそれが原因か。


 ――死んだ人間が蘇った、奇跡が起こった。


 それはもう、きっとお祭り騒ぎだったんだろうな。

 アドラの話を聞いていると、可愛らしくお腹がクゥと鳴る。


「あっ、すみません! お腹空いていますよね? 今、お食事を持ってきますね!」


 そう言い残して、アドラは走りはしないが急ぎ足で部屋から出ていった。

 食事が運ばれてくる間に確認したいことがある。


 右手の甲を見る。

 そこには何もないが、意識を向けると手の甲に浮かび上がる紋章のようなもの。

 聖印だ。あれは夢じゃなかったのか。

 さて、この聖印がどれだけの影響力を持つのかはわからない。

 女神様は普段は隠しておいた方がいいと言っていた。これは扱いに困るな……。


 聖印の使い方は頭にインプットされているようだから問題はない。

 これに関しては、相談相手を慎重に選ばないといけないな。

 女神様の御使いだとか言われでもしたら、たぶん気軽に外を出歩けなくなる。

 最悪、幽閉なんてこともあり得るかも……。

 そんなことになったら女神様からの依頼を達成できない。今は隠しておくか。


 扉がノックされ、こちらの返事も待たずに扉が開く。

 俺は慌てて聖印を消す。

 現れたのは心配と安堵が混ざった顔をした両親だ。


「ロイ! もう起きて大丈夫なの!?」


「はい、お母様。心配をおかけしました」


「ああ、よかったわ。一時はどうなることかと……」


 泣いて喜ぶ母に頭を抱かれ、心配をかけてしまったんだなと反省する。

 今は亡きあの子のために家族に心配はかけてはいけない。

 だけど、これは仕方がないよな。三日三晩寝ていたのだ。誰でも心配はする。


 ふと母の胸から顔をあげると、こちらを静かに見る父がいた。

 何かを考えるような仕草に、息子が助かって安心している顔ではない。

 どこか不安や絶望を感じさせる、そんな表情だった。


「あなた、あとでロイを医者に診せましょう。まだどこか悪いところがあるかもしれないわ。ちゃんと診てもらいましょ」


「……そうだな。ちゃんと診てもらおう」

「あなた?」

「いや、なんでもない。ほら、食事がきた。我々も一度出よう」

「そうね。またあとでね、ロイ」


「はい、お母様。お父様も朝早くからありがとうございます」


「よい、気にするな」


 歯切れの悪い父を不思議そうにしながら、母は俺の頭を撫でてから部屋を出た。 

 父は退出する際に一度振り返り、何かを言おうとしたがそのまま出て行く。

 両親と入れ替わるようにアドラが部屋に入り、食事を運んできてくれた。



 ――

 ――――

 ――――――



 食事を取り、しばらくして母が頼んだ医者が来た。

 身体をあちこち調べられ、計測器のような棒を握らせて医者が唸る。


「ううむ。魔力も安定していますな。ご子息は驚くべき魔力量ですぞ。このまま育てば、宮廷魔導士を遥かに凌ぐほどに……」


「そんなになのですか!?」


「このまま育てばですが、その可能性は十分にあります。身体の方も特に問題はないようです。健康体そのものですよ」


「ああ、よかったわ……」


「私も驚きました。まさか、あの状態からここまで回復するとは思いませんでした。まさに奇跡ですよ」


 爺さまな医者がいう奇跡が本当に起こっているとは言えない。

 母が喜んでいる。今はそれでいいじゃないか。

 けれど、父はまだ素直に喜べない様子だ。


 もしかしたら、ロイが死んだことに気付いているのかもしれないな。

 喜んでいる母をわざわざ悲しませる必要はないから確認しないのだろう。

 今は知らないふりをして、父とは後日向き合うことにする。


 今日は安静に過ごして、翌日以降は様子を見て、軽い運動をさせるように医者から言われた。

 しばらくはスープでふやかしたパン粥を食べるだけになりそうだ。

 一日中パンを食べたせいで、米を食べたいと思うのは俺の中にある日本人としての魂のせいだろうか?


 この世界にも米はあるかな? 

 たぶんあるとは思うんだけど、すぐに手に入るものかがわからない。

 まあ、料理も文化だろうし、食文化も発展させてみるか。


 まずはこの世界のことを把握できるように、屋敷の中を歩き回る。

 そのついでに体力も戻そう。

 女神様が魔法もある世界って言っていたし、そちらも確認したいな。

 やることが多い。だけど、楽しみでいっぱいだ。


 これからのことを考えてしまい、ワクワクして眠れないかもと思ったが、案外身体はまだ休息を求めているようで、すぐに眠ってしまった。

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