ゆめうつつ

たってぃ/増森海晶

ゆめうつつ

 これはなんのことはない、病院の怖い話なんだ。

 高校生の僕が、病院に入院して、そして怪異に遭遇した。

 内容を要約すると、雪女の話に近いんだけどきいてくれ。

 

 僕の隣のベッドには老人がいた。

 ある日の深夜、目覚めた僕は、その老人に囁きかけている女性を見たんだ。

 黒い着物を着た、それはとても肌が白くて、美しい女性なんだけど。

……その美しさはなんだか、怖気を覚えるほどに整っていた。

 だからかな、僕はその美しさに魅入られるまま、あの夜のことを記憶しているんだ。

 女性の瞳を縁どる長いまつ毛も。

 黒い着物にうっすらと蝶の柄がえていたことも。

 艶めかしく輝く赤い唇も動きも。

 彼女が老人の耳に囁いた【おやすみなさい】という、滑らかな甘い声も。


 老人の呼吸が段々弱まって、呼吸を止めたと同時に、僕は「ひっ」と反射的に悲鳴を上げてしまったんだ。


 黒い着物を着た女性は驚いて僕を見た。

 僕は殺されると思った。だけど、雪女の話に似ていることに気付いて、言ったんだ。


「これは、夢?」


 そう、寝ぼけたふりだ。

 彼女は僕の言葉に、ぴたりと動きを止めて考えるそぶりして言う。


「えぇ、これは夢よ。だから、ずっとお眠りなさい」


 そう言って、彼女は消えた。


 あの日の出来事が、夢だったのか現実だったのか、それは定かではないけど、翌日の朝、老人は息を引き取っていた。


 僕は助かった。助かったと思ったんだけど【100年】経って、その認識が間違いだったことに気付いた。


 あの日遭遇した、黒い着物の女性は【死神】だったのだ。

 そして、死神を欺こうとして、僕に罰が当った。


「えぇ、これは夢よ。だから、ずっとお眠りなさい」


 おそらく、あの時、僕の生きている起きている時間がとまり、僕の魂はずっと夢に閉じ込められている。


 つまり、不老不死。死にたくても死なない体さ。しかも、病気も治らない。手術しようが、薬漬にしようが治らない。

 まったく、参っちゃうよ。


 彼女がまた僕を見つけて【おやすみなさい】と言わない限り、僕は永遠に死なないのだ。


 下手に生き延びようとしたら、天罰が下るんだ。

 延々と病魔に苛まれて、家族や友人が、自分より年老いて死んでいく地獄を、僕はうまく語れない。だから、こうして怪談と言うていで君に話した。


 これはずっと、この病院に入院している、大先輩である僕が君へおくるアドバイスだ。

 僕のように、医者のモルモットになって、生きながらえるなんてイヤだろ?


 それじゃあ、おやすみ、良い夢を。


【了】

 



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