第11話

『なぁお前、名前はなんて言うんだ?』

「……」

『なぁなぁ、無視するなよ』

「もしかして……私に話しかけてるの?」

『お前以外にここに人はいないと思うけど……まさか俺は幽霊が見えるのか!?』

「私は……幽霊みたいなものだよ」

『えぇ!?お前って死んでるのか?』


 少女は少し考えた後、首を横へと振った。


『んん?じゃあ幽霊じゃないだろ?』

「でもみんな、私はいないものだって言うの。それって幽霊と同じなんじゃないの?」

『うーん』


 少年もまた暫く考えた後


『難しいことは分からん!!』


 素直にそう言った。


『とりあえずお前は生きているんだろう?ならさ』


 少年は少女の手を引く。


『一緒に遊ぼう!!』


 ◇◆◇◆


「あ、イヒトちゃんおはよう。良い夢見られた?」


 目を覚ますと、そこには笑顔の魔法少女がいた。


「アオイ……ですか」

「……ふえ?い、いいいいいい今、名前を!!」

「ここはどこです?今はどういう状……死んでる」


 漫画のキャラみたいに鼻血を出しながら倒れる魔法少女。


 ここまで来ると最早持病を疑ってしまうものだ。


「あ、イヒトちゃん起きたんだ。どう?どこか体調悪くない?」


 同じく部屋にいたレナ……だったか?


 まぁそいつが話しかけてくる。


「体調は特に問題ないです」

「よかったー。セイアさんのことだから大丈夫だと思うけど一応ね。それよりも魔力切れの方が心配だけど……そっちも問題ないみたいだね」


 レナは人当たりの良さそうな笑顔を向け、『ちょっと待っててね』と言い部屋を後にする。


 何かを書いていたところを見るに、俺に関する報告でもしているのだろう。


 何故鼻血を出しながら気絶している人間をスルーしたのかは知らないが、まぁいいだろう。


 実質一人になった俺は再度状況確認へと移る。


「クソステッキ、状況を教えて下さい」

『やれやれ、相変わらず可愛い見た目に対して言葉遣いが荒いですねー』


 どこからともなく現れるステッキ。


『手短に説明するなら、あの超絶美少女に負けたあなたは気を失い、今は連盟の治療室にいるって感じですね』

「負けた……あぁ、思い出しました」


 そうだ、俺は負けたのだった。


「やはり強いですね。何をされたのかサッパリでした」

『あちらはベテランですからねー。むしろあそこまで力を出させたことを誇りに思うべきです』

「ですね。むしろあれだけ強くて助かりました」


 元々俺は先程の戦いで負けるつもりだった。


 というのも、変に悪目立ちしても良いことがないからだ。


 強すぎれば当然仲間に引き入れようと強引な手段をしてくる可能性すらある。


 逆に手と抜き過ぎれば、今後力を出し惜しみせざるを得ない状況になる。


 一人で行動する際に不自由も出るだろうし、あの戦いの結果は重畳と言えるだろう。


 ……が、それはそれとして負けたのはほんの僅かばかり悔しいのもまた事実だ。


「とりあえずやるべきことはやり終えた、と言ったところですか」

『頑張りましたねー。ですがこれからはもっと大変ですよ?魔法少女プリチーカレンが世界に羽ばたくんですから』

「今の俺はイヒトです」

『……そですか』

「クソステッキ?」


 何やら反応がおかしなステッキだったが、直ぐにいつものテンションへと戻る。


『まずは最初の目標、ランカー入りを目指しましょう!!』

「そもそもランカーってなんです?ランキングということは分かるのですが、どうすれば上がるんですか?」

『相変わらず魔法少女についてな〜んにも知らないんですね〜。と言っても僕もそれ程詳しいわけじゃありません。やはり当事者に話を聞くのが一番でしょう』


 そう言ってステッキは倒れている魔法少女……アオイの周りをクルクルと回る。


『ちょ、ちょっとくらい触れても問題な——グベフッ!!』


 気持ち悪いステッキを蹴り上げると同時に、アオイが『う〜ん』と目を覚ます。


「あれ?どうして私倒れて……ここはどこ?私は……アオイ……でへへ」

「(コイツが最早ステッキだな)起きましたか」

「あ、ええ、急にごめんなさい。体調は大丈夫?」

「それはこちらの台詞ですが……それより、今後の俺の扱いについてはどうするつもりなんです」

「そう直接言われると困るわね」

「紛らわしいのは嫌いなので」


 そう伝えると、アオイは話しても大丈夫かと正面を向いて語る。


「まず第一に、最初にイヒトちゃんが言った通り、あなたは私達の協力をしてもらいたいの」

「ええ。こちらも元々そのつもりです」

「本当なら貴方の強さなら別の担当に回されるのだけど……その様子だと無理そうね」

「話が早いようで」


 目で死んでも嫌だと伝えると、案外あっさりと受け入れられる。


「変わりにというか、ある意味で過剰戦力気味になった私達の範囲は広がることだけは理解して欲しいの」

「でしょうね。そこはあのクソステッキとの契約上好都合なので結構です」

「契約が何かは分からないけど、お互い利益があるならよかったわ。それと仮にというか、私達と活動する上で世間に知られるということは覚悟していて頂戴」

「分かって……ます」

「凄い嫌そうね」


 いや、分かってる。


 クソステッキと契約した時点で覚悟は決めた。


 決めたが……それはそれとして嫌なことには変わりないのだ。


 本当、どれもこれもクソステッキに出会ったことが運命の別れ道だったな。


「いつか絶対に折ります」

「?」


 俺は一度大きく深呼吸をし、話を戻す。


「概ね状況は理解出来ました。俺としては特に不満は……ないわけじゃないですが、かなり譲歩してくれていることは分かりました」

「詮索はしないけど、本当に戦いたくないのなら戦わなくてもいいのよ?」

「はぁ、俺がいなかったら死にかけた人が何を言ってるんです」

「それを言われると……」

「死にたいのならお好きにですが、人を助けるなら自分の命の一つでも守って下さい。自分を守れずには何も守れませんよ」


 そう言葉にした瞬間


『お前は——分——生——』

「ッ!!」


 苦い記憶が蘇る。


「イヒトちゃん?」

「……何でもありません。それより他にも質問があります」

「ええ、何でも聞いて」

「ランカーと呼ばれるものに入りたい場合はどうすればいいんでしょう」

「ランカーに?てっきりイヒトちゃんはそういうの興味ないかと」

「別に興味がないわけじゃないです。それはそれとして特段舞い上がるものでもないですが」

「そうね……。本来なら協会に所属しないとランク入りは出来ないけど」


 アオイは携帯を取り出し、どこかへメッセージを送る。


 おそらくだが、彼女のステッキへ向けてだと察せられた。


「大丈夫みたい。特例として、野良であるイヒトちゃんがランカー入りすることは可能だそうよ」

「そうですか。ところでランカーって何なんです?」

「えぇ!!今時ランカーを知らない人間が存在するの!!」


 いるだろそれくらい。


「強さの順位ということは分かっていますが、どうやったらランカーなるものになれるかまでは知らないんですよ」

「正確には強さというより貢献度なんだけど、大体は強い魔法少女が活躍するから実質強さ順みたいな扱いになってるわね」

「活躍度ですか」

「ええ。それこそセイアさんとかいい例ね。あの方より強い魔法少女は1位2位以外にもあと数人いるのだけど、セイアさんの協会への貢献度を考えた結果3位に位置しているの」

「あの人より強い魔法少女ですか。俄には信じられませんね」

「そうなの!!魔法少女ってほんっとうに凄いわよね!!」

「そ、そうですね」


 急に鼻息を荒げながら近寄るな!!


 クソ、魔法少女っていうのは何でどいつもこいつも無駄に顔が良いんだ。


『それでも一番可愛いのは貴方ですよ』

「急に何ですか気持ち悪い」

「気持ち悪い!!」

「あ、いえ、お前に言ったわけじゃ」

「イヒトちゃんからの暴言……なんだか癖になりそう」

「あぁ、そういえば既に手遅れの変態でした」

「『あふん!!』」


 なんだかコイツら似てるな。


「つ、つまりランカーを目指すなら強さ、人気、そして媚びが大事なの」

「魔法少女界隈も世知辛いですね」

「そうね。でもそれだけ魔法少女が平和の象徴と考えられてる、とも受け取れるわ。だから私は対して苦には感じない」

「お前は本当に良い奴なんですね。俺の一番嫌いな部類です」

「私はイヒトちゃんのこと大好きよ」

「俺の見た目が、ですよね」

「それもあるけど、これでも私は命を助けてもらったこと、本当に感謝してるの」


 そのあまりに真剣な態度に、俺は背筋を伸ばしてしまう。


「他にも理由はあるわ。イヒトちゃんは大人っぽいから怒っちゃうかもだけど、なんだか目が離せないというか、私の同級生と似た雰囲気があってほっとけないの」

「言われてみたら確かに、俺の嫌いな人物とあなたが重なりますね」

「それってつまり、私達は運命の赤い糸で繋がってるということね」

「違います」


 俺は大きくため息を吐く。


 魔法少女になってからはため息の数が増えたな、全く。


 さて


「それじゃあそろそろ帰ります。用事は済ませました」

「急ね。でも分かった、後のことは私がなんとかするわ」

「感謝します」


 俺は部屋の窓を開け、そこに足をかける。


「それではまた」

「!!!!」

「?」

「ええ!!また!!」


 よく分からないが、気にせず俺は空へと飛び出した。


「また……会ってくれるのね」


 最後の声は聞こえずに。

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