第9話

「有名人が俺に何のようです」

「いやはや、想像以上に警戒されちゃったね」


 これはやってしまったとオーバーリアクションを見せる。


 彼女の名前はセリアであり、本名は芹沢紀伊という魔法少女にしては珍しく素顔を晒している人物だったりする。


 なんで俺がそこまで知っているのかと聞かれれば、彼女はいわゆるモデルというやつである。


 美人、魔法少女、その上どこか寛容ある姿は人々を魅了し、間違いなくトップレベルの有名人と言っても過言ではないだろう。


 そんな人物がわざわざ俺に会いにきた?


 怪しさしかないな。


「話には聞いていたが凄く壁を感じるね。子供にも大人にも大人気で通してきたが、やれやれこれじゃあ自信を無くすよ」

「知りませんよ」

「うーん淡白!!」


 何故か豪快に笑い出す芹沢。


 何が面白いのだろうか。


「面倒なので本題に入ってもらっていいですか」

「おお、すまない。それじゃあ早速始めようか」


 そう言って、落ち着いて話せる場所へと案内される。


 正直今からお偉いさん方と話すとなると億劫過ぎるが、致し方ない。


 危険分子と判断されて狩り出されでもしたら溜まったもんじゃないからな。


「さぁどうぞ、お姫様」

「……なんですかこれ」


 とある部屋の前にまでやって来たはいいが、そこには何故か学校の教室のような空間があった。


 黒板は勿論、机や椅子など、学校にあるものは基本的に揃っているようだった。


「驚いたかい?」

「……」

「連盟というのは何も魔法少女を戦う為の機械だなんて思っていない。授業中に抜け出すことが多々ある私達にとって、このような教育機関は必要不可欠なんだ」


 そう言って、教卓の前に立った芹沢は椅子に座るよう目配せをする。


 某ゲームのように従わないと先に進まないと察した俺は、素直に席に座る。


 同じくレナとルナも席に座った。


「わざわざ隣に座る必要あります?」

「一応……逃げないよう」

「逃げませんよ、ここまで来て」

「あははー。でもなんだかイヒトちゃんって目を離すと消えちゃいそうと言うか、迫力はあるのに存在感が薄いんだよねー」

「レナ、それ悪口」

「えぇ!?ご、ごめんねイヒトちゃん、そういうつもりじゃ」

「別に気にしてないのでいいです」


 むしろ、昔の比べたら……


「さて、盛り上がってるところ申し訳ないが、抜き打ちテストを始めさせてもらう」

「「抜き打ちテスト?」」

「……」

「今の僕は何故教師の皆々があんな非人道的な行為をするのか分かった気がするよ」


 そう言って笑顔でテスト用紙らしきものを取り出す芹沢。


「うわぁん!!テスト勉強なんてしてないよー!!」

「なんでお前まで受けようとしてるんです」

「一応全員分あるからやってみたらどうだい?テストと行っても常識問題みたいなものだしね」


 そうして渡された用紙にパッと目を通すが、確かに簡単な問題ばかり。


 適性検査みたいなものだろう。


 それに学力を測るものも含まれてはいるが、明らかに小学生が解くような簡単なもの。


 見た目的にそれくらいの歳と勘違いしているのだろう。


 ま、その方が都合がいい俺としては願ったり叶ったりだ。


「スラスラ解く」

「こことか結構難しいのにね」

「……」


 俺が穴埋めをしていると、隣に座っていた二人が堂々とカンニングをする。


 別に見られて恥ずかしいわけじゃないが、鬱陶しいので辞めて欲しいものだ。


「……ところで一つ質問があるのですが」

「なんだい?」

「何故わざわざあなたみたいな有名人がこんなものに時間を割いてるんです?」


 俺の質問に3人が目を見開く。


「人を……あなたって呼べたんだ」

「なんか感動!!」


 隣の二人は俺をなんだと思ってるんだ。


 俺としては単純に自分と同い年か歳下にはお前、歳上にはあなたと呼んでいるだけだ。


 まぁ、もしかしたらこの二人は見た目は若いが歳上の可能性もあるんだよな。


 魔法少女ってめんどくせぇ。


「テストといいその質問といい、どうやら君は見た目以上に成熟しているようだ」

「……」

「なに、簡単な話さ。この後に僕が必要な場面が控えている、というわけさ」


 あぁ、なるほど。


 考えて見れば確かに簡単な話だった。


 納得した俺はもう一度テストへ向き合う。


「え?え?どういうこと?」

「いいな、羨ま」

「ルナは意味が分かったの?」

「……バカと煙は高い場所が好き。つまり風魔法を使うレナは」

「天才ってことだね」

「終わりました」


 俺は終えたテストを芹沢へと渡す。


 すると彼女はテストの内容を見ずに教卓へとしまう。


 それと同時に、周囲の風景が変わり始めた。


「今日はシュミレーション室使えるんだ」

「なんですか、それは」

「シュミレーションルームっとも言うね。所謂訓練所、魔法少女が好きなように戦える空間のことなんだ」

「私が説明しようとしてたのに」


 先程まで確かに存在していた椅子も机も次第に形を変えていく。


 まるで魔法だなと思うが、俺自身が魔法少女であることに気付いた時には周りはだだっ広い空間へと変わっていた。


「報告によれば、君はどうやらランカークラスの実力があるらしいじゃないか」

「さぁ、どうなんですかね」

「イヒトちゃんは強いですよ!!」

「イヒトは強い」

「そんなわけで君を相手にするには並大抵の魔法少女じゃ無理だと判断されてね」


 そう言って、彼女は決して長いとは言えない髪を束ねる。


「それじゃあ、軽く運動でもしようか」


 そして一言口ずさむ。


「変身」


 ◇◆◇◆


 人は、感動した時につい言葉が溢れ出してしまうものだ。


 勿論俺も人間なわけで、そういう状況に陥ることもあるわけだ。


「綺麗……ですね」


 自分以外の魔法少女が変身する姿を始めて見た。


 短かった髪が伸び、吸い込まれるような黒が深紅へと変わる。


 それを象徴するような黒と赤で染め上げられた衣装は、計らずか男心をくすぐるようなカッコよさ、そして人々を虜にする美しさを放っていた。


「なるほど、子供にも大人にも大人気。あながち間違いでもないようです」

「イヒトちゃんが今までで見た中で一番目が輝いてる」

「さすが、分かってる」


 最初は、いきなり戦うなんて面倒だと思っていた。


 だが、最早今の俺の中にある感情はいつの間にか変わっていた。


「行きますよ、クソステッキ」


 俺は捨てたはずなのに、いつの間にかバックに入っていたステッキを手に取る。


「俺は今、あの人と戦ってみたいです」

『喜んで、力を貸しますよ』


 俺の様子をただ無言で見守ってくれていた芹沢は、何も言わず目でこう伝えた。


【お先にどうぞ】


 だから俺は躊躇わず魔法を放つ。


「では遠慮なく、氷の棘アイスニードル


 まずは挨拶と、例の赤いドラゴンを屠った一撃をお見舞いする。


 基本雑魚ならこれで一発なのだが


「へぇ、綺麗じゃないか」

「さすが……と言うべきなんでしょうね」


 触れることなく砕け散る氷。


 直感的に、この程度の攻撃をいくらしても効かないことは分かった。


 ならば


「へぇ」


 セリアの周囲に氷の壁が築き上げられる。


「潰れて下さい」


 四方八方から行われる質量攻撃であったが


「う〜ん、凄まじい魔力量なのは確かだけど、この程度でランカー並みとは言え」

「……チッ、惜しいですね」

「危ないな〜全く。油断も隙もないじゃないか」


 氷の壁の本当の目的は視界を奪うこと。


 死角から重い一撃を打ち込めばいけると思ったが、そうそう上手くはいかないらしい。


「楽しくなってきたね」

「……かもですね」


 俺とセリアの戦いはもう少し長引きそうだ。

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