第8話

「やっばー」


 レナの前には一つの氷像が建っていた。


 中には恐ろしい眼光を放つ黒い龍。


 その強さを直に体感したからこそ、この魔法の威力を骨身に染みて感じさせた。


「それで、これからどうするの?」


 レナが振り返ると、3人はキョトンとした顔をした。


「えっと……なんで2人は氷漬けにされるのかな?」

「私はただ抱きしめてあげようかと」

「私はただ体を調べようと」

「キモかったので」

「そっか」


 納得とばかりに頷き、どうにか同僚達の奇行を噛み砕く。


 そして全てを無視する形で心の平静さを保つ。


「イヒトちゃん、これから君には一緒に来てほしいところがあるの。ダメ……かな?」


 あくまでお願いとして、頼み込むレナ。


 イヒトの表情は変わらず、されどどこか考えるような素振りを見せる。


「先んじて言っておきますが、俺はそっちの組織に所属する気はありませんよ」

「何か事情があるの?」

「別に。俺はただ戦いたくないんです。お前達みたいにみんなの為、人の為だとかいう信念は俺にはありません」


 キッパリと、何の躊躇いもなく言い放つイヒト。


 だが、その態度に憤慨する者はこの中にはいなかった。


「そう、そうね。戦わないのが一番ね」

「私は戦いが好きだけど、そうじゃない人の方が多い。なら無理強いするのは良くないこと」

「2人の言う通り。このまま魔法少女なんて辞めちゃえばいいよ」


 むしろ魔法少女なんてしなくてもいい。


 こんな小さな子供にそれを背負わせるなんて無責任なことは言えなかった。


 それは勿論


「……チッ」


 イヒト自身も同じ考えであった。


「そっちの組織には所属しませんが、お前達のチームには入ってもいいです」

「ん?」

「えっと……」

「つまり、私達と戦ってくれるってこと?」

「まぁそういうことです。今日の戦いを見る限り3人であればある程度強そうなやつにも勝てると分かりました。ですが先程のような勝てない敵がいたのなら、ある程度手助けはしますよ」


 それが、イヒトの出せる最大の譲歩だった。


「連絡はここに送って下さい」

「こんな宛先あるの?」

「知りませんよ。電話口がクソステッキに繋がるだけですから」

『ステッキ』


 話を聞いていたのか、アオイの電話から声がする。


『あなたと契約したステッキと会話は可能か聞いてみて下さい』

「私が聞くのかしら?」

『はい。どうやら彼女はあなた達3人を信用している様子。ここで下手に僕が入っても場を乱すだけです』

「そういうことなら任せてちょうだい」


 凄く良い顔をしているアオイだが、未だに体は氷の中である。


「ねぇイヒトちゃん。あなたの契約したステッキと少しお話しさせてくれないかしら?」

「別に構いませんが、凄く不愉快な奴ですよ。正直耳が腐るのでおススメはしませんが」

「構わないわ」

「はぁ、そうですか」


 そう言ってイヒトは手に持っていた杖を手渡す。


「ほら」

「……?」

「ぷっ」

「イヒトちゃん、アオイにそんな冗談は通じないからやめてあげて」

「?」


 アオイに続いてイヒトも不思議そうな顔をする。


「アオイ気付いて。ステッキって言われて本当にステッキを渡す冗談だから」

「あ、ああ、そういうことね。急に木の棒なんか渡されたから驚いちゃったわ」

「???」


 スッキリした顔をするアオイ。


 更に困惑の色を隠せないイヒト。


「どういう……ことです?」


 イヒトは杖に話しかける。


「お前、いい加減本当のことを話して下さい」


 急に怒気のこもった声で話し出す。


「ど、どうしたのイヒトちゃん」

「落ち着いて。まずは深呼吸しよう。ヒッヒッフー、ヒッヒッフー、セイホー」


 ルナに向かって同時に三つの冷たい目線が集中するも、それが逆にイヒトを落ち着かせたのか手に持つ杖を投げ捨てる。


「どうやらあのクソは俺以外と喋る気がないみたいです。今回は諦めて下さい」

『残念です』

「ごめんなさい、無理言って。それと、私達の組織に入らないとしても、一応向こうに顔だけでも出してくれないかしら?」

「正直野良はあんまり良い目で見られない。一度挨拶に行った方がいいと思う。拳で」

「拳じゃなくて菓子折り持って行こっかー。安心して、私達意外とお金持ちだから」

「……ちなみにですが、参考までにどれくらい貰ってるんです?」

「?えっと……私の場合だったら大体¥¥¥¥¥¥くらいかな?」

「!!!!」


 レナの言葉と共に凄まじい誘惑がイヒトに襲いかかる。


「俺は……負けませんよ……」

「?」


 イヒトは明後日に出る新刊に思いを馳せた。


「挨拶は……分かりました。ですが明日は学校なので週末でいいですか」

「私は大丈夫よ。2人は?」

無問題モーマンタイ

「私もだいじょぶ。なんなら時間あるし、午前中遊ばない?」


 いつの間にか遊びが始まろうとしていたので、イヒトは場所の確認だけをしさっさと帰ることにしたのだった。


 ◇◆◇◆


 あれからダラダラとした日々を過ごし、あっという間に週末になった。


「だる」

『だるいとはどういうことです!!美少女3人とのデートですよデート!!むしろ僕が行きたいくらいなのに』

「知るか」


 俺は顔を洗い、ボサボサの頭を見るもどうせ魔法少女になれば意味がないとそのまま家を出ようとする。


「行ってらっしゃい、カレンちゃん」

「……」


 俺は家を出たあと、人気のない場所で変身する。


「ふー」

『随分と慣れちゃいましたね。もっと女の子の体にドギマギしていいんですよ?』

「こんな餓鬼の体にドキドキなんかしませんよ。それに、そこまで女の格好に抵抗はないですし」

『あー、それもそうですね」


 とりあえず空を飛んで目的地に行こうと考えるが、よく考えるとそんなことをしたら悪目立ちしてしまう。


「仕方ない、面倒ですが歩いて行きますか」


 そう思って直ぐ、俺は集合場所ではなく服屋へと向かう。


 この格好、どう見ても魔法少女かそういう趣味にしか見えんからな。


「いらっしゃいま……」


 店に入ると、目が合った店員が急に固まる。


 そういえば以前も同じようなことがあったなと思い出す。


 無視して進もうとすると


「あ、あにょ!!」

「……なんです」


 さっき固まってた店員が汗ダラダラで話しかけてくる。


「も、ももももしかして魔法少女Xさんですか?」

「いやそんな厨二みたいな名前ではないですが……まぁ世間ではそう呼ばれることもありますね」

「や、やっぱり!!」

「声でか」


 店員の声により周りの目が一気にこちらを向く。


「ハ!!も、申し訳ございません!!」

「もういいですよ別に」


 これ以上目立ちたくないと店から出ようとすると


「お、お待ち下さい!!」

「まだ何か」

「じ、実はXさんにお会いしたらお願いしたいことがありまして」


 そう言って、猛ダッシュでどこかに走って行き、20秒程で戻って来る。


「う、受け取って下さい!!」


 そこには大きな袋、中にはパッと身でいくつかの商品が入っていることが分かる。


「何が目的です?」


 最近、無性に目的がなんだのと迫られてイライラしたが、確かにこうして得体の知れない奴がいると気になるもんだな。


 媚びを売りたいのか、はたまた商品を宣伝しろという話か、もしくはステッキと同じ変態なのか。


 どちらにせよお断りだ。


 見た目が子供だからって馬鹿にしているのだろう。


 やっぱり、人なんて信用するもんじゃないな。


「も、目的なんて恐れ多い!!私はあなたに救われたんです」

「意味が分かりません」

「え、えっとですね」


 慌てた様子で携帯を操作し


「ここ、覚えてますか?」

「……」


 覚えていない、わけじゃなかった。


「あの日魔物が現れたと聞いた日の私は、気が気じゃありませんでした。妻と娘は目の前にまで魔物が迫って来たと言っていました」

「あの時の」

「覚えていて下さったんですね」

「た、偶々です」

「そこで妻が言っていました。娘くらいの身長の子が助けてくれたと」


 助けたわけじゃない。


 俺はただ魔物を倒しただけだ。


「最初は魔法少女連盟に届けたのですが、所属していないと断られてしまいまして」


 だから勝手に勘違いされても


「サイズが合ってるかは分かりませんが、使わないなら捨てるか売っちゃって下さい」


 本当に


「この度は恩人様に失礼に失礼を重ねましたが」


 本当に


「改めまして、ありがとうございます。私のヒーロー……いえ、一番の魔法少女はあなたです」


 迷惑な話である。


 ◇◆◇◆


「ようこそ、イヒト君。魔法少女連盟へ」


 大きな手振りで迎え入れる人物を俺は知っていた。


 町を歩けば何度も見聞きした姿。


 魔法少女ランキング第3位


「是非僕と友達になってくれないかな?」


『魔法少女セリア』がそこにはいたのだ。


「ところでアオイ君はどうしたのかな?」

「私服姿のイヒトちゃん見て倒れましたー」

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