第7話

 俺は何をしているのだろうか。


 畜生ステッキに騙されて変なところに奔走。


 魔物を狩まくったせいで妙に有名になる。


 その上自分でもドン引きするような名前を付け、そんで最後には大の男が女の子に守られる?


 お笑いにもなりゃしねーよこんなの。


「ほんと、何やってるんでしょうか」


 目の前では怒り狂った黒龍と3人が戦っている。


 あの魔物がキレてる理由は、おそらく同類を倒したからだろう。


 街で暴れず一直線にこちらに向かってきたのがその証拠だ。


 だからこそ、奴の相手をするべきは本来俺のはずなんだ。


 なのに、何故彼女達は戦っている。


 そして何故、俺はまだ動いていないのだ。


『本当、あなたって面倒な性格ですねー』

「……知ってますよ。痛いほどに」

『そんなに嫌ですか?他人の為に動くことは』

「……嫌いですよ。そんな奴」


 良い奴ってのはみんな知らないんだ。


 自分がどれだけ愛されてるか。


 自分がどれだけ大切にされてるのかってことを。


 ならば俺は、最初から人に嫌われたい。


 愛して欲しくない。


 大切にして欲しくない。


 なのに


「どうして……放っておいてくれないんですか」


 俺より弱いはずなのに、戦っている。


 奴の狙いが俺だと分かっているはずなのに、一体どうして。


『誰かの為に動けないあなたと、誰かの為に動く彼女達。本当に弱いのはどちらなのでしょうか』

「……」

『僕はあなたの考えを否定はしません。生き方なんて人それぞれ、ましてやステッキの僕が人生を語るなんて烏滸がましいというものです。まぁ鳥でもありませんが』

「……面白くないです」

『ですが、僕はあなたの生き方を肯定しません。過去に依存したあなたの姿は、決してあなたの人生とは呼べないからです』


 コイツは俺の過去を何故か知っている。


 それ自体は問題じゃない。


 むしろ、誰かがあの出来事を覚えてくれているだけで嬉しかった。


 でも俺は、あの日を今でも忘れることが出来ない。


 俺という存在は、あの日からまだ一歩も進めていない。


『一度踏み込んでみたらどうです?』

「踏み込む?」

『はい、というより実のところあなたって今大ピンチなんですよね』


 ピンチ?


 いや、確かにあのドラゴンが強いことはさすがの俺でも分かる。


 だが負けるとも思えない。


 ここ1ヶ月戦った感じ、俺の力ならアイツくらい……ん?


「1ヶ月?」

『というわけで仮契約期間が終了するまで残り1分です』

「仮……契約……」


 嫌な予感がした。


『再度契約致しますと、今後つまりは一生魔法少女として生活してもらいます』

「……は?」

『さて、どうしますか?ちなみにあなたがここで契約しなかった場合、男に戻ったあなたを彼女達は全力で守るでしょうねー。そう、文字通り死ぬ気で』


 それはどこからどう聞いても脅しであった。


『あ、あと契約する際に条件も付けるので気をつけて下さい』

「次から次に何なんですか!!」


 やっぱりコイツはクソだな!!


「殺します。絶対いつか殺してやりますからね!!」

『はいはーい。それで?返事は?ちなみに残り10秒です』

「イギギギ」


 俺は何度もステッキを地面に叩きつけた後


「……条件は?」

『え?』

「条件を早く教えて下さい!!」


 その言葉に、何故だか口すらないステッキが笑ったように感じた。


『分っかりました』


 ステッキが楽しそうに口ずさむ。


『僕が提示する条件とは』


 ◇◆◇◆


「強すぎ」

「無理無理無理ー!!」


 飛来する丸太のような尾を避け、3人は顔を見合わせる。


「うん、これ勝てないわね」


 アオイの攻撃はその強固な鱗に弾かる。


 ルナの魔法はダメージこそ通るものの接近するまでが難しく、その上体力の消耗も激しい。


 リスクに対してのリターンがあまりに小さく、攻めあぐねていた。


「レナ、どうにかして」

「いや私サポートタイプなんですが!?」

「頼むわレナ」

「アオイまで!!」


 冗談を言い合うも、その顔に余裕はなかった。


 当たれば致命傷。


 そんな攻撃をそう何度も目の当たりにするれば、さしもの魔法少女と言えどその精神の疲弊はバカにならない。


「エニ、増援は」

『すみません。どうやらあちこちで魔物が発生しているらしく、まだ……』

「そう、仕方ないわ。エニが悪いわけじゃないもの、気にしないで」


 そう言ったものの、アオイの心中は穏やかなものでは決してなかった。


 この拮抗状態が続いているのはあくまで相手の視野が狭まっているから。


 もし仮に冷静になって街の人を襲いに行ったら。


 もし仮にルナ以外に攻撃の手立てがないとバレてしまえば。


 何か一つでも欠けたら全てが崩壊するその環境で、事態は案の定動き出した。


「魔力が高まった?」

「何か来るわね」


 黒龍の口元に一気に魔力が集まり始める。


「えっと……所謂ブレスってやつじゃない?」

「ブレス?」

「息をすることよ」

「いや英語の話じゃなくて!!」


 そしてピタリと黒龍は動きを止め


「口から炎発射するやつのこと!!」


 レナが叫んだ瞬間、黒龍の口から溢れ出す業火。


「私の後ろに」


 瞬時に炎に耐性のあるルナが前に出、2人はその陰に隠れる。


「キッツ……レナちゃんとサポートして」

「してますー!!」


 風の魔法でブレスの勢いを殺すも、当然その威力を相殺することなど不可能。


 地獄の窯とも形容すべき絶体絶命の状況。


「私が囮になるわ」

「ダメに決まってるでしょ!!」

「でもこのままじゃどうしようも」


 呆気なく崩れた均衡。


 勝利の天秤は既に


「遅れました」


 傾いていた。


「……うっそ」


 聳え立つ氷の壁は炎のブレスを防ぐ。


 本来ならば氷どころか金属でさえ悠々と溶かすそれを防ぐその魔法には、一体どれほどの力が込められているのか。


「……手加減されてた」

「あの時は強固さより速度を重視しただけですよ。実際俺は対人戦に慣れてませんでしたので」

「ところであの……その……えっと……」


 急にモジモジし出すアオイ。


「これは私をお姫様にしてくれるってことかしら?」

「……」

「あ」


 イヒトが手を離し、地面へと落ちたアオイは信じられないほどもの惜しそうな顔をする。


 その様子にルナとレナは若干引いた。


「終わらせます」

「いやさすがにそれは」


 氷塊が炎の波を突き抜け黒龍にぶつかる。


「やっばー」

「強強」


 そしていつものように攻撃が届くなら質量攻めが始まる。


 何度も同じように氷塊を放てば黒龍の体に小さくない傷を作っていく。


 だが


「ダメ、決定打になってないわ」


 確かな手応えはある。


 しかし倒し切ると言い切るには黒龍の体は大き過ぎるのだ。


「このままじゃ魔力が」

「まぁさすがに保ちませんね」


 イヒトといえど魔力は無限じゃない。


「せいぜいあと2時間程度しか保ちませんね」

「「「え?」」」

「だから一気に決めるので、少し時間稼いで下さい」


 既にブレスは止まっている。


「わ、分かったわ」


 真っ先に飛び出したアオイに続くように皆が前に出る。


 黒龍も自身の窮地を悟ったのか、真っ先にイヒトを潰さんと襲い掛かる。


「行かせない」


 黒龍の顎に綺麗なアッパーを食らわせる。


 一瞬怯みはしたが、当然それでは止まらない。


「なら」


 ルナは更に魔力を放ち


「もっと」


 全ての力を使って黒龍に向かってラッシュを仕掛ける。


「うおー」

「声の覇気なさすぎ!!」


 もちろん平然と放置するはずもなく、空中で無防備となったルナを撃ち落とさんとする黒龍。


 だが紙一重のところで毎度攻撃がズレる。


 瞬時にそれを行う存在が、目障りに空を飛んでいるハエだということを黒龍は見抜く。


 だが、その瞬時ですら遅過ぎる一閃が放たれる。


「晴天、星屑」


 黒龍の後ろ足に大きな傷が生まれ、バランスが崩れる。


 だが、それでよかった。


 既に今の一撃を放った存在は魔力不足。


 未だに攻撃の手を緩めない鬼人も最早空前の灯火。


 それらが沈めば空飛ぶハエも敵ではない。


 この勝負


「私達の勝ちね」


 瞳を閉じ、短く息を吐く。


「終わりにしましょう。今日はもう疲れました」


 そう言って小さな少女はステッキを前へと向ける。


氷壊スノーパージ


 そして全てが終わったのだった。

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