第6話

 場にいる全ての人間が息を呑んだ。


 いや、たった一人呑気に立っている人物がいた。


「もう終わったんですか」


 消えていく魔物からふわりと飛び降りる。


 その姿はあまりに可憐で、美しくて、それでいてどこか儚げだった。


 皆が声を出せずにいる中、一つの声が彼女の耳へと届く。


『あなたの目的はなんですか』

「……誰です」

『僕の名前はエニ。彼女達と契約しているステッキです』

「そうですか」


 魔法少女達の携帯から聞こえる声に、謎の魔法少女は面倒そうに返事をする。


「目的でしたっけ?ないですよそんなもの」


 その言葉に真っ先に口を挟んだのは


「嘘よ!!」


 アオイであった。


「……いたんですね」

「ウッ!!」


 アオイは自身の胸を抑える。


 自身の性格も相まって周囲に優しい人物が多かった故か、その言葉のナイフに大ダメージを受けてしまう。


 だが、この程度でへこたれる柔な魔法少女ではない。


「ええ、いたわよ。あなたに会うことを願ってね」

「そうですか。では」


 立ち去ろうとする少女だったが、振り返るとそこには先回りして待っている人物がいた。


「その強さ、間違いなくランカークラス。是非手合わせしたい」

「結構です」


 目をギラギラと激らせたルナから逃げるように空を見上げる。


「そんな寂しいこと言わないで。せめて名前だけでも教えてくれない?」


 空にふわふわと浮くレナは、優しい口調で語りかける。


 皆が一様に抱いたもの、それはただ一つ。


(絶対に)

(この子を)

(一人にしちゃいけない)


 その小さな体とは不釣り合いな程に人を拒絶したような態度。


 それをこんな小さな子供が背負ってはいけない。


 正義を愛する魔法少女にとって、目の前にいる女の子を放っておくことは不可能なことであった。


「……邪魔だてするなら実力行使に出ますよ」

「むしろ歓迎。私、あなたと戦いたい」


 数秒見つめ合い


「甘い」

「チッ」


 氷の檻を展開した魔法少女だったが、ルナは平然とそれを躱す。


「どうやら対人戦には慣れてないみたい」

「生憎人と争うことが嫌いなものでして」


 同時に何十本もの氷の鎖が出現し、ルナを絡め取らんと追尾する。


 ルナは軽やかなステップで攻撃を避けるも、さすがの物量に遂に拘束される。


「大人しくしていて下さい」

「それは無理な相談。それと、今から本気で行かせてもらう」


 ルナの体から煌めく炎が燃え盛る。


「ちょ!!ルナ魔法はやり過ぎだって!!」

「この子も魔法使ってる。なら、フェアにいかないと」


 先と違い爆発的に速度と火力が上昇する。


 何度か氷の檻に閉じ込めるも脱出、関節を決めるように鎖で繋いでも熱で溶かされる。


「……面倒です」

「残念だけど、相性が悪かった」


 ルナが少女の前に立つ。


 ルナは決して身長が高い方ではないが、それでも目に見て分かるほどの体格差がそこにはあった。


「大人しく話し合いしよう」

「その台詞は勝ってから言った方がいいですよ」

「?勝負はどう考えても私の」


 そう言葉にした瞬間、ルナの体が硬直する。


「……え?」

「面倒ですので、もう全員掛かってきて下さい」


 下から目線で挑発する。


「どうする?」

「やりましょう。それ以外で彼女と対話する機会が生まれそうにないわ」

「りょーかい。でも勝てる?ルナが勝てない相手に」

「知らないわよ。でも」


 アオイの立っていた地面に砂埃が舞う。


「やるしかないでしょ」

「前にも見て思いましたが」


 両者を別つように巨大な氷の壁が出現する。


「速いって面倒ですね」


 否、それは壁でなく箱。


 入り口だけが開いた巨大なキューブ状の氷がアオイを捕まえるように倒れる。


「ずっる!!」

「レナ、私を飛ばして」

「あいあーい」


 回避は不可能と悟った2人は、どちらか一方だけでも脱出する手立てを考える。


 結果


風の翼エアウィンドー


 アオイの背後に強烈な突風が走る。


 ただでさえ異次元なスピードを持つアオイの速さは今、限界を超えた。


「少しお話しいいかしら?」

「……」


 風が2人の間を過ぎる。


「一応、私もいるから」


 ルナがボソリと呟いた。


 ◇◆◇◆


 相対する2人の魔法少女


「だから私もいる」


 と、拘束された魔法少女


「私もまだ生きてるから!!」


 と、箱の中から叫ぶ魔法少女。


「……」


 その光景にシリアスもクソッタレもないなと大きなため息を吐く少女、その名前も


「イヒト」

「え?」

「俺の名前はイヒトです」

「なんだか……思ったよりも男っぽいわね」


 名前も、そして一人称も。


 敬語を使っているもののどこか乱暴な言葉遣いもまた、その考えを助長させた。


「大丈夫、今時僕っ子が普通の世界。俺っ子の1人や2人、ニッチ経済を満たしてる」

「……それにしても突然ね。これは手を取り合ってくれる、という認識でいいかしら?」

「そんなつもりはありませんよ。最近変に謎のだの正義の味方だのXだの呼ばれるのが嫌だっただけです」

「Xよくない?」


 さっきからうるさいとばかりに全員の目線がルナに突き刺さり、流石に口を閉じる。


「教えてイヒトちゃん」

「ちゃんは余計です」

「聞いてイヒトちゃん」

「どいつもこいつも話聞かないのは何なんです」

「目的が無いって言葉、嘘でしょ。お願い、私達も全力で協力する。だから教えてくれない?」


 アオイはゆっくりとイヒトに近付く。


「あなたの目的は何?」

「……はぁ」


 イヒトはまたしても大きなため息を吐いた。


「時間の無駄と思いますが、いいですよ。目的なんて大層なものではなく、ただの嫌がらせの話ですが」

「嫌がらせ?」


 アオイは首を傾げる。


「前提として魔法少女は3日以内に魔物を倒さないと死ぬ。ここまでは共通認識ですよね」

「何の話?」

「…………ん?」


 初めて、イヒトの表情が崩れる。


「……3日以内に魔物を倒さないと死ぬんじゃないんですか?」

「一応……仮契約中に3日以内に魔物を倒さないと契約破棄という内容はあるわ」

「…………おい」


 イヒトはポケットの中に手を突っ込む。


「どういうことですか」

『何のことです?』

「最初に言いましたよね。魔物を倒さないと死ぬと」

『いえ、僕が言ったのは契約が爆散し、終わるとしか言っていません。確かに主語はありませんが、勝手に勘違いしたのはあなたですよね?』

「死ね」


 捨て台詞を吐いたあと、イヒトは荒い呼吸を整える。


「もう嫌がらせですらありません。本当に目的もなく魔物を倒してました」

「そう……みたいね」


 おそらくこの魔法少女イヒトは、何か勘違いをして行動していたことを察した。


 納得したわけじゃないが、ある意味辻褄が合う答えにアオイはとりあえず状況を飲み込むことにした。


「何かしらすれ違いがあるのことは分かった。なら今度こそ、私達一緒に頑張れないかしら?」

「私もイヒト気に入った。いまだに何されたか分からないけど、その強さは本物だから」

「私は強いとか幼女だからとか関係なく仲良くなりたーい。みんな仲良しが一番でしょ!!」


 いつの間にか拘束を解いたルナと箱の壁を破壊したレナが合流する。


「あなたは多分……私のこと嫌いなんだと思う。でもね、あなたは私のことをまだ何も分かってない」


 アオイは自分の生き方を肯定しない。


「何も知らない私を勝手に決めつけないで」


 だが、否定もしない。


「あなたが思うよりも、人は怖くないのよ」


 イヒトの瞳がブレる。


 その目の先は、アオイよりも少し低い場所を覗いていた。


 彼女が自身を見ていないことを知った。


 けれど、それで止まるアオイじゃない。


「お願い。この手を取って」


 差し出された手。


「俺が……」


 逃げるように縮こまる。


「俺がその手を握る資格なんて……」


 震える体。


 進めない。


 まだ、このイヒトという少女は前へ進めないのだ。


『なんでこうも連続!!気をつけて下さい!!魔物が急接近中です!!推定レベルは』


 4


「やっばー」


 地面に巨大な影が映る。


「……ねぇ、一つだけ教えてくれないかしら」

「……」

「あなたの嫌がらせって、私が魔法少女を止めるように仕向けるつもりだった?」

「……そう……です」


 イヒトは小さな声で答える。


「答えてくれてありがとう。嬉しいわ。これでまた一つ、あなたを知ることが出来た」


 だからこそ


「ごめんなさい。私はあなたのような人を守るために、戦わないといけないの」


 砂埃が吹き荒れる。


 その顔は怒りに満ち溢れていた。


「さーて、頑張りますか」

「これで私もランカーいりかな?」

「全く、余裕のある先輩達が羨ましいわ」


 言葉もなく3人は肩を並べる。


 彼女達の前にはいつだって敵がいる。


 そして、彼女達の後ろにはいつだって


「それじゃあ」


 守るべき


「行きましょうか!!」


 大切な人がいるのだ。

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