第37話 梓と友達になれてよかった

 いろいろあった。


 本当に昨日はいろいろあった。


「ふわぁ~~~~。うぅ、眠い」



 ベットから起き上がり、気持ちよく体を伸ばす千斗はゆっくりと立ち上がった。


 今日は土曜日、いつもなら梓がお昼ごろにマンションに訪れる。


 だが、今日は来ないと思っている。


 だって、昨日はいろいろあったし、それにさすがに疲れているだろうと思ったからだ。



「はぁ…………俺はいったい何言ってんだろ」



 朝からパンを焼きながら、昨日のことを思い出す千斗は、自分の言動を振り返った。



「どうして、あんな恥ずかしいことを堂々と、しかも梓のお母さんに…………お茶飲んで落ち着こう」



 羞恥心にかられる中、パンが焼け、リビングの机でテレビを見ながら、朝食を取る。


 食べ終えると、片づけをして、そっから今日の計画を立てる。



「一応、昼まで待つけど…………その間どうしようか」



 今日は来ないと思っているが、万が一、お昼に梓が来ると困るので、お昼まで家にいることにし、その間何をするのかを考えた。



「よし、寝よう」



 昨日ことでくたくたなのか、朝ご飯を食べて一息しても、まだ眠い。


 ここまで眠いのは久しぶりだ。


 千斗は、そのままベットに横たわり、眠ることにするのだが、ピンポーンっとインターホンが鳴った。


 まだ朝9時ごろ、梓が来るにしては早すぎる時間帯だ。



「だ、誰だよ、こんな時間に」



 モニターを確認すると、そこには梓が立っていた。


 千斗は何度も目をこすり、何度も確認するも、紛れもなく梓だった。



「なんで、こんな時間に」


「千斗、遊びに来たよ」


「ちょっと待ってくれ、すぐに開けるから」



 すぐに服を着替えながら、マンションの扉を開けた。



「今日は来ないかと思った」


「なんで?」


「いや、昨日のことがあるだろ?」


「そうかもね。でも、千斗と一緒にゲームしたいから」



 梓は静かに笑った。



「そ、そうか…………とりあえず、上がってくれ」


「うん!」



 今日はやけに梓の笑顔が輝いて見えた。


 なんて言えればいいんだろう。どう表現したらいいかわからない。



「今日は早く来たんだな。いつもお昼頃ぐらいなのに」


「千斗に早く会いたくて」


「そ、そうか」


「それより、早速ゲームしよ!【ナッシュファイター】!!」


「えぇ」



 バックからパッと取り出す梓。


(目が輝いているな)



「昨日、夜からずっとお兄ちゃんと練習しんたんだ」


「へぇ…………待て、もしかして今日早かったのって」


「…………徹夜しちゃった♪」



 平然とした表情で言う梓はニコニコとしていた。



「寝ろよ」


「時には睡眠を削ってでもやらなきゃいけないことがある!」



 ペシっと頭を軽くたたく。



「何言ってんだ」


「痛い…………」



 まさか、昨日のことがありながら、徹夜してゲームをするとは、梓はどんな神経をしているんだ。



「はぁ…………それじゃあ、やるか」


「うん!」



 こうして、いつものように千斗と梓はゲームをするのであった。




 お昼ごろ、梓は俺の肩にもたれかかり、ぐっすりと眠っていた。

 静かに気持ちよさそうに寝ている梓を横目で見る千斗は、どうしたものかと、頭を悩ませる。



「こうなるとは…………」



 ふわっと香る女の子の匂いに、まじかに聞こえてくる吐息、整った容姿から艶やかな唇。


 まさに、陰キャ殺しだ。


(見るな、見るな!)


 視線をそらそうと頑張るも、男としての本能がそれを許さず、ついつい見てしまう。



「このままじゃあ、俺がどうにかなっちまう。ここは!!」



 俺はすかさず、梓を持ち上げた。



「ベットに運ぼう」



 梓を抱えながら、寝室のベットに運び、布団をかけた。



「ふぅ…………マジで心臓が止まる」



 持ち上げた時の梓の体はとても細くて弱々しい。



「ふぅ、ふぅ、ふぅ…………」


「本当、男の家で眠れるよな…………まあ、徹夜した梓が悪いんだが」



 ベットで横になる梓を横目に、俺は椅子に座った。



「ホント、ぐっすりだな…………梓」



 梓と友達になって俺のあたりまえの生活に変化があった。

 一緒に高校に登校するようになり、お昼ご飯を一緒に食べるようになったり、毎日のようにゲームで勝負したりと、ゲーセンで梓と出会ってから、本当に俺の日常が大きく変わったんだ。


 友達なんていらない。ゲームを楽しくできればそれでいいって思っていた俺が、ここまでわかるんなんて、想像もしなかった。



「…………しばらく、寝かせておくか」



 俺はそのまま自分の部屋を後にした。



□■□



 夕日が沈み、時間は18時ごろ、千斗はリビングで一人【ナッシュファイター】を練習していると、自分の部屋で物音が聞こえた。


 どうやら、起きたようだ。


 ドンドンドンドンっと近づてくる音が聞こえ、ガチャっと扉が開いた。



「せ、千斗!!」


「お、やっと起きたか。ぐっすりだったな」


「あ、あ…………せ、千斗」



 顔を真っ赤にしながら、近づいてくる梓を俺は見上げた。



「ど、どうした?もしかして、恥ずかしかったか?」



 その問いに梓は大人しく頷いた。



「梓にも羞恥心があったんだな」


「千斗、何言ってるの!?わたしもそれぐらいあるよ!?」


「まあ、でも徹夜した梓が悪いからな。次からは徹夜して家に来ないことだな」


「うぅ…………寝顔を見られるなんて、罰ゲームの時より恥ずかしいよ」



 膝を折り、真っ赤な顔を両手で隠した。



「もう過ぎたことだし、気にしてもしょうがないだろ。それより、まだ時間はあるし、ゲームしようぜ」



 すると、梓はちょこんっと俺の隣に座った。



「やる」

 


 こうして、残り時間、梓と一緒に【ナッシュファイター】で対戦をしたのであった。

 


 楽しい時間は一瞬で過ぎていき、気づけば、もう夜7時半だった。



「どうして…………」


「梓の動きはもう見切った」



 結果、12戦10勝2敗で、ほぼ圧倒的な勝利を収めた。


(梓が寝ている間に、たくさん練習してよかったぜ)


 隠しきれないほどにやける千斗を見て、梓は悔しそうに涙目を浮かべた。



「次は絶対に勝つ」


「いつでも待ってるぜ」



 そんな感じでいつものように梓を家まで送ることになり、一緒に帰り道を歩いていた。



「やっぱり、千斗とゲームするのはすごく楽しい」


「急になんだよ」


「ただ言葉にしたかっただけだよ」



 ルンルンに歩くその姿に、微笑む千斗だった。


 そんな中で、梓はくるっとこちらを向いて、足を止めた。



「あらためて、昨日はありがとう。もし、千斗がいなかったら、きっと今の私はいなかったと思う」


「…………別に俺は何もしてないけどな」


「謙遜はよくないよ。だって、千斗と友達にならなかったら、渚ちゃんや雫ちゃんとも友達になれなかったし、お母さんと話すこともなかったから。だから本当に、ありがとう」



 別に大したことはしていない。

 ただ、俺ができる手助けをしただけで、ほとんどが梓の努力だ。


 それでも、こんな真正面から”ありがとう”なんて言われると、気恥ずかしくもなる。


 (まったく、気が狂っちまうよ)


 じんわりと顔が熱くなってきた千斗は、視線をそらした。



「どうしたの?」


「いや、なんでもない」


「…………千斗、噓はだめだよ」


「噓じゃないが?」


「じゃあ、なんで視線を逸らすのかな?」


「…………」



(こういう時に限って勘がいいのかよ)


 顔を覗き込む梓に、俺は観念して正面を向いた。


 まっすぐ梓の瞳を見つめると、梓の顔がじわじわと赤くなっていく。



「そんなに見つめられると、なんか恥ずかしいんだけど」


「…………梓、俺も梓と友達になれてよかったよ」



 千斗の笑顔に、頬を赤く染める梓はキュッと心臓が締め上げられ、キョトンとした表情を浮かべた。


 すると、千斗はニヤリと笑いながら言った。



「…………仕返しだ」


「なぁ!?」


「さぁ、足を止めてないで、帰るぞ」


「ちょ、ちょっと待ってよ、千斗」



 梓を置いて歩き出す千斗は静かに笑うのであった。

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