第35話 春野家の家で食卓を囲んで

 食卓に並べられた黄金に輝くお寿司たち。



「食べ盛りななんだから、遠慮せずに食べていいわよ」


「あ、ありがとうございます」



 隣に梓、向かいに梓のお母さんとその隣に敦さん。


(ど、どうしてこんなことに)


 そう思いながら、お寿司を一貫、口に運んだ。



「う、うまい」


「それはよかったわ。梓もたくさん食べなさい。若いうちはたくさん食べないと体力もつかないわ」


「う、うん。たくさん食べるよ、お母さん…………」



 梓も緊張しながらお寿司を食べる。



「それにしても、ちゃんと話せてよかったな、梓」


「お兄ちゃん」


「いや、もしケンカにでもなったら、どうしようかと」


「心配しすぎよ、敦。ケンカになったって私が勝つに決まっているもの」



 平然とそれが当たり前かのように答える梓のお母さん。

 その堂々っぷりには驚かざるを得ない。



「そ、そんなことはないと思うな」


「なら、ケンカする?と言っても口喧嘩って意味だけど」


「え…………べ、別にいいけど」


「覚悟あるの?また引きこもっちゃうわよ?」



 梓のお母さんの目は本気だった。

 そんな目で見つめられる梓は徐々に萎縮していき、俺の後ろに隠れた。



「せ、千斗!」


「なんで俺!?」


「ふん…………そんなに怖がらなくてもいいでしょ、まったく」



 そんな感じで黙々とお寿司を食べる中で、梓のお母さんが千斗の目を見て、質問を投げかけた。



「柊くんに聞きたいことがあるんだけど、梓は学校ではどうしているのか、聞いていいかしら?」


「別にいいですけど…………でもクラスが違うので、基本、お昼の時間以外は」


「お昼の時間?梓と柊くんはお昼の時間、一緒にご飯を食べているの?」


「ええ、まあ」


「ふぅ~ん、なるほどね」



 一体、何がなるほどなのか、俺にはわかなかった。



「梓、学校ではどうなの?」


「え、まあ、普通だと思う。勉強したり、クラスの子と話したり、男子に話しかけられたり…………でも最近は渚ちゃんや雫ちゃんと会話したり、メールしたりすることが増えてるかな」


「え、梓って渚や秋藤さんとメールしているの!?」


「うん。最近だけどね」



 メールしていることに驚く千斗。


(そうか、もうメールするぐらいの仲になったのか)



「そう…………なの」



 梓のお母さんも少し驚いている表情を見せた。



「お母さんも驚いただろ?梓も少しずつ変わってるんだぜ。まあゲーム好きは全然変わってないけどな。毎日、千斗くんの家に行っては遅くまでゲームしてさ」



 その敦さんの言葉に周りから視線を集めた。



「毎日、柊くんの家で?ゲーム?それはどういうことかしら?」


「そのままの意味だよ」


「年頃の男女が毎日…………ね」



 梓のお母さんに睨まれる千斗は、ビクッと体を震わせた。


(ま、まずい…………)


 たしかに、年頃の男女が毎日、一緒にいるのはまずいことだ。



「お母さん、違うの!これは私が勝手にお邪魔しているだけで、ほら千斗は私の初めてと言っていい友達なわけで、そのゲームを一緒にしてて楽しいし、その…………そうゲーム友達って感じで」



 必死になる梓にお母さんはふふっと笑った。



「必死すぎよ。別に何か言おうだなんて思ってないわ。好きにしなさい」


「お母さん」


「私としては勉強してちゃんと成績トップを取っていればいいし…………恋も好きにすればいいんじゃない」


「恋?」



 梓が首をかしげると、敦さんが声を上げた。



「あ~~~~!話はそこまで!さぁ、お寿司を食べよう、みんな!!」


「お兄ちゃん、なんか変だよ」


「うるさい!」



 そんな感じで楽しい食事が続き、梓も大分、お母さんに心を開いたようだった。


 そして、気づけば、夜20時で窓の外を覗けば真っ暗、そんな時、梓のお母さんが言った。



「送っていくわよ、柊くん。もう外は暗いんだし」


「え、でも」


「遠慮しなくていいわ。これも梓がお世話になってるお礼なんだから。梓と敦は机を片付けなさい。いいわね?」



 鋭い目つきで見つめられる二人はただ無言でうなづいた。



「それじゃあ、いくわよ」


「あ、はい」



 どうやら、俺に断る権利はないようで、そのまま車に乗せられた。

 助手席に座り、住所を聞かれたので、住所を教えた。



「意外と近いのね」


「ええ、まあ…………」


「それじゃあ、いくわよ」



 車が動き出し、気まずい雰囲気が車内に広がる。


(一体、どんな話をすれば…………)



「柊くん、梓が相当お世話になっているみたいだけど、あらためて、ありがとう」


「え…………」


「きっと今の梓がいるのは柊くんのおかげでしょ?きっと私にはできないことだったわ」


「そ、そんなことはないと思いますけど」


「そんなことあるわ。だってあんなに楽しそうなあの子、久しぶりに見たもの。だから、これからも梓の友達でいてあげてほしいわ」



 梓のお母さんがこっちを向いて笑った。



「そ、それはもちろんです」


「いい返事ね」



 そんな会話をしているうちに、マンションの前に到着した。



「今日はありがとうございます」


「いいのよ。むしろ、お世話になったのはこっちのほうなんだし、それにこれから長い付き合いにもなりそうだもの」


「え、それはどういう――――」


「それじゃあ、バイバイ」



 そう言い残して梓のお母さんは車を走らせたのであった。


 そして、家に帰った千斗はソファーに寝転がり、天井を見上げた。



「つ、疲れたぁ…………」



 気持ちが抑えられず、梓のお母さんにいろいろ言ってしまったが、結果的に何も起きなくてよかったと安心する。



「やっぱり、梓のお母さんって意外と過保護だったな」



 言葉の節々から感じる梓を心配してそうな雰囲気が出ていて、やっぱりかなり心配していたんだと思った。



「後は梓の頑張り次第…………か」



 ゆっくりと瞼が閉じる千斗はそのまま眠りに落ちるのだった。

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