第33話 この時が来た
――――春野梓。
「ただいま」
「お、今日はお早い帰りだな」
「ちょっとねってお兄ちゃん、何してるの?」
帰ってリビングに上がれば、お兄ちゃんが料理をしていた。
あの出前しかとらないで有名のお兄ちゃんが。
「たまには料理をしようと思ってな。今日の梓の夕ご飯はお兄ちゃん特性だぞ?」
「…………じゃあ、私は出前で」
「ちょっと待たんかい!!」
ノリのいいツッコミが飛んできた。
「だって絶対においしくないじゃん」
「それは食べてから言いなさい。というわけで、椅子に座って待っててくれ」
なぜか、大切な日の前日にお兄ちゃん特性の手料理を食べることになった梓は目が死んだ魚の目をしていた。
椅子に座り、ただじっとスマホをいじる。
「明日か…………」
「明日だな。母さんが帰ってくるの」
「うん」
わかっている。全部わかっている。
どうしてお母さんが私に進路を強要するのか。
すべては私が持つトラウマせい、だからお母さんはなんとかしようと必死で、全部、私のためしてくれていること。
でも、私はもう大丈夫。まだトラウマを克服したわけじゃないけど、最近、少しずついろんな人と話せるようになったし、友達だってできた。
(きっとお母さんもわかってくれるはず…………だよね)
まだ不安はある。でも、千斗がそばにいるから大丈夫。
「できたぞ」
「げっ…………なにこれ?」
食卓に並んだのは、美味しそうな白米に、黒焦げたなにか、そして味噌汁。
「この黒いのって」
「ハンバーグだ」
「ハンバーグってこんなに黒いっけ?」
「料理は火力が大事って聞いたぞ!!」
お兄ちゃんは自信満々に言い切った。
そして、キラキラと期待が込められた瞳が私を見つめてくる。
(せっかく作ってくれたんだし、一口ぐらい…………ね)
私は仕方なく黒焦げたハンバーグを一口食べる。
すると。
「んっ!?」
ハンバーグとは思えない渋みとお肉の感触、嚙めば嚙むほど香ばしいこげの匂いが広がって――――。
「まっず」
その冷たい声にお兄ちゃんは"が――――ん"っと分かりやすく落ち込んだ。
「くぅ、料理は火力って教わったのに」
「聞いたことないよ」
梓はまずいと言いながら、パクパクと食べ進めていく。
「梓、無理して食べる必要はないぞ?」
「え、全部食べるけど」
「マジで?」
「せっかく作ってくれたんだもん、食べなきゃね」
「なんて、いい妹なんだ!!」
お兄ちゃんがガシッと抱きついてきた。
「ちょっとお兄ちゃん、近い、離れてよ」
「おっとすまんすまん」
涙を拭うお兄ちゃんを見て、静かに笑みをこぼした。
「それじゃあ、俺は出前で――――」
「ちょっと待って」
私はお兄ちゃんの肩を力強く掴んだ。
「な、なんだよ」
「どうしてお兄ちゃんだけ、出前なの?」
「いやだってまずいんだろ?食事はおいしいもの食べたいし…………それに梓の分しかハンバーグ作ってないんだ」
さわやかな笑顔で言い切ったお兄ちゃん。
私はお兄ちゃんの口の中に黒焦げたハンバーグを突っ込んだ。
「うぅ…………まっず!?」
「これでも食べて腹を満たしておけば?」
苦しそうにもだえるお兄ちゃんはなんとか、ごっくんと飲み込んだ。
「これほどまずいとは、よくパクパク食べてたな」
「まずいけど吐くほどじゃなかったし…………それより早く出前頼んでよ」
「ああ、そうしよう。俺も口直しが欲しいし」
結局、夕ご飯が出前になった春野家なのであった。
□■□
今週、最後の学校。
いつも通り、梓と一緒に登校したのだが――――。
「緊張してないか?」
「大丈夫!」
「そうか」
思ったより平気そうだった。
俺はもっと緊張したりして顔色が悪くなっているものかと思っていたから、正直、驚きを隠せない。
(まあ、緊張してないなら大丈夫か)
教室に到着し、俺はいつも通り隅の席に座った。
「おはよう、千斗!」
「お、おはよう…………」
朝の挨拶だけ言って背を向けた須藤くん。
(な、何だったんだ)
それから授業が始まり――――。
「千斗くんはいつから須藤くんと仲良くなったのよ。もしかして昨日呼び出されたのが原因?」
「わざわざ聞いてくるなよ、秋藤さん」
「いや、気になるでしょ?天治くんってバスケ部のマネージャーに大人気だし、もし篠崎三大イケメンを選ぶなら、まず選ばれるよ」
「そうですか」
「それで私の質問に対する返答はないの?」
「答える気はない。さっさと失せろ」
渚がいないからか、俺にかかわってくる秋藤さんに、冷たい態度を取った。
「その言い方、これだから陰キャは。まあいいけど…………あ、渚ちゃんだ!」
渚を見つけると瞳を輝かせながらペットのように走っていった。
「俺は渚の代わりか…………」
須藤くん、これで仲がいいは絶対違うよ、と思う千斗だった。
こうして、授業が淡々と進んできた、気づけば、お昼ご飯の時間を迎える。
「千斗…………近づいてるよ」
「そうだな」
そして、いつものように俺と梓は屋上でご飯を食べていた。
「…………緊張してきたかも」
「そうか」
「大丈夫だよね?」
「多分な」
無言が流れた。
数秒後。
「食が進まないよ、千斗」
「食べなきゃいいだろ」
「でも、それだと午後の授業、集中できないし…………食べさせて」
今日の梓のご飯はあんパンだ。
「嫌だ」
「…………千斗、お願い」
梓が上目遣いで瞳をうるうるしながらお願いしてきた。
「はぁ…………わかったよ」
俺は梓のあんパンを袋から取り出し、ちぎって梓の口に運ぶ。
(無心だ。無心を貫くんだ)
昨日のことがあったからか、まだこの状況に対して冷静でいられている千斗。
「あ~~んっ!…………おいしい」
「それはよかったな」
なんとか、あんパンを食べ終えさせた千斗の心臓はもうバクバクで、体が熱くなっていく。
(これはもうラインを超えているのでは?…………いや、考えるのをやめよう)
「教室に戻るよ、千斗」
「…………元気だな」
こうしてお昼ご飯の時間が終わるのであった。
午後の授業が終わり、ついにこの時がやってきた。
「千斗、迫ってきたよ」
春野家の家の前で、なぜか足を止める俺と梓。
「とりあえず、入ろう。まだ梓のお母さんは帰ってきてないんだろ?」
「うん」
「それじゃあ、帰ってくるまで家で心の準備しておこう」
「そ、そうだね」
梓の手は少し震えていた。
そんな梓の手を俺は優しく握る。
「千斗…………」
「行こう」
「うん」
春野家の家に入り、リビングに向かった。
すると。
「帰ってきたわね、梓」
「お、お母さん!?」
なぜか、リビングのソファーでコーヒーをたしなむ梓のお母さんが座っていた。
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