第32話 梓が大胆すぎて困ってしまう件
「緊張しすぎて、お腹が痛くなってきた」
家に到着してすぐに梓はそんなことを言いながら、ソファーに埋もれながらうずまっていた。
「ココアでも飲むか?もしくはココアミルク」
「ココアミルクで」
「了解」
梓と梓のお母さんが話し合うのは明日でもうすぐそこまで迫っている。
まさに梓にとって一番苦しい時間だ。
「それで明日の予定を聞こう」
ココアミルクをソファーの前にある机に置き、梓の隣に座った。
「明日、夕方の17時ぐらいにお母さんが返ってくるってお兄ちゃんが言ってた」
「つまり、その時か」
「うん…………やばい、緊張する」
心を落ち着かせようと、ココアミルクを口に運ぶ。
「おいしい…………」
「それはよかった」
しかし、明日というのは千斗にはまだ実感がなかった。
それに、いまだに言うべきか迷っているのは、梓のお母さんと会ったことだ。
一度、言わないでおこうと思ったが、それでも本当は言うべきなんじゃないかって思ってしまう。
どうせ、梓のお母さんに会えば、会ったことが梓にばれるわけだし、だったら今のうちに言っておいてほうがいいかもしれない。
(悩むな…………)
「ねぇ、千斗」
「うん?」
「上手くいくかな?」
千斗を見つめる梓の瞳は揺らいでいた。
「上手くいくにきまってるだろ。むしろ、上手くいかないって思っちゃだめだ」
「でも、それでも不安だよ。ちゃんと伝わるのかな、ちゃんと話を聞いてくれるかなって」
心の底からの不安。
すべての不安を吐き出すように梓が言うと、千斗は優しく頭を撫でた。
「大丈夫だ。梓ならちゃんと伝えられる」
「千斗…………優しすぎるよ」
「なら、厳しくいってやろうか?」
「それは勘弁して、泣く」
「冗談だ」
俺ができることなんて大してない。それでも少しでも力になりたいんだ。
それは友達として、それは当たり前のことだ。
「今日は帰る…………なんかあんまりゲームをする気になれないや」
「まあ無理してゲームをやるもんでもないしな。今日は家でゆっくりしとけ」
「うん、そうする」
ニコッと微笑む梓はなぜか、俺の方にもたれかかってきた。
「あ、あの、梓さん?」
「な~~~に♪」
「帰るのでは?」
「そうだよ。でも、少しだけこうしていたい気分なの、ダメかな?」
上目遣いで少し色っぽい声で言う梓に、千斗はドキッとしてしまった。
「べ、別にいいけど」
今日の梓はどこか色っぽく感じた。
いつもは、そんなことなくて、普通のゲーマーって感じなのに、今日は全然違くて、情緒がかき乱される。
(やばい、ドキドキしてきた)
どうしてこんなにも色っぽいんだ。どうして少し頬が赤いんだ。どうして、嬉しそうにこっちを向いて微笑むんだ。
「ふぅ…………」
「どうしたの?」
「いや、ちょっと落ち着こうかなって」
(そうだ、そうだったな)
今更ながら思い出した。春野梓が”篠崎三大美少女”だったことを。
ここずっと毎日一緒にいたからか、忘れていたが、こう見えても男子生徒全員をメロメロにするほどの容姿をもつ美少女。
(なんてことだ。俺としたことがそんな重要なことを忘れていたなんて)
あらためて梓をよく見れば、本当にかわいくて、カッコよく、いいところしかなくて、どうして俺なんかと一緒にいるのだろうと思ってしまう。
これでゲーマーっていうのがたちが悪い。
(これが篠崎高校の男子生徒の気持ちか)
「本当に大丈夫?」
「大丈夫、少し落ち着いてきたから」
「そう…………それじゃあ、もう少しこうしていようかな」
梓はさりげなく腕を組んできた。
体を寄せるようにぎゅっと一気に梓との距離が縮まり、かすかだが柔らかい感触腕に当たった。
(こ、これ以上はやばい)
千斗は陰キャで童貞で、恋愛経験ゼロだ。この状況に対する耐をは一切持っていない。
「なぁ、そろそろいいだろ」
「今、何時?」
「え~~と」
スマホの画面を見てみると、17時30分だった。
「5時半ぐらい」
「ふぅん、それじゃあ、そろそろ帰ろうかな」
すっと梓が離れると、千斗は心の底から安堵のため息を漏らした。
(よかったぁ)
「千斗、明日はよろしくね」
「がんばるのは梓だけどな」
「たしかに、そうだね」
梓はニコッと笑った。
その笑顔からは一切の不安を感じない。
(大丈夫そうだな)
帰る準備を終えた梓はバックを持ち、玄関前に来ると、足を止めてこっちを向いた。
「今日は送りが必要か?」
「大丈夫、まだ外、明るくし」
「そうか、それじゃあ、また明日な」
「うん、また明日、千斗」
お互いに手を振って、梓は家を後にした。
「ふぅ…………今日の梓は少しやばかったな」
あそこまで大胆な梓は初めて見た。
多分、不安からくるものだったのだろうけど、それでも陰キャ童貞である俺には刺激が強すぎた。
「大丈夫かな、明日」
正直、かなりに心配だ。
俺的には梓のお母さんは口調が強いだけで優しい印象だが、それはあくまで俺が相手だったからの可能性があるわけで、もし梓と対面で話すことになれば、どんな態度をとるのか。
そんな不安がこみ上げてくるのだ。
「俺が心配してもしょうがないよな。…………ゲームしよ」
自分の部屋に入り、PCを起動させ、ゲームをする千斗なのであった。
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