第26話 大切なお話とは?

 久しぶりのようで、実は久しぶりじゃない。そんな不思議な感覚で梓を家に上げた。


 ゲームがしたくてうずうずしているのか、梓の表情や目が輝いて見える。


 だけど、それ以上に俺も内心、すごく嬉しかったりするので梓と同類だ。



「久しぶりの千斗の家だぁ」


「久しぶりって1日しか空けてないだろ」


「1日は長いよ、24時間もあるんだから」


「そ、そうですか」



 リビングに来ると、コップを二つ用意する。



「梓――――」


「いつもので」



 即答だった。



「了解」



 あんなことが昨日ありながら、梓は何事もなかったかのように明るく振舞っていた。


 昨日ことを気にしていないのか、それとも我慢しているのか、俺には全くわからない。


 ただ、見ている感じ楽しそうだから、気にしないことにした。



「それで今日は何のゲームをするんだ?」


「ふふ…………1日ゲームをしなかった分、今日は少し激しめのゲームを持ってきたよ」



 悪い顔を浮かべている梓を見て、千斗はため息を漏らした。



「なんで溜息を吐くの?」


「いや、悪そうな顔をしているから」


「お兄ちゃんから借りてきたゲームだから、期待していいよ」



 ゴソゴソっとバックから取り出したのは【ナッシュファイター】というタイトルの家庭用格闘ゲームだった。



「格闘ゲームか」


「ゲーセンの格闘ゲームもいいけど、たまには家の中でやる格闘ゲームもいいでしょ?」


「たしかに…………よし、やるか」



 【ナッシュファイター】は1年ほど前に発売された最近の格闘ゲーム。流行っているか言われれば、まあまあという評価で、それなりといった感じだ。



「コマンドとかはほぼ一緒か」


「もしかして、千斗ってこのゲーム、やったことない?」


「買おうとは思ってたけど、ちょうど時期がな」



 【ナッシュファイター】が発売された時期はちょうど受験シーズンで、ゲームのモチベとか環境的にプレイできなかった。



「そうなんだ。なら、なおさら今やらないとだね」


「ゲーマーの顔つきになってるぞ」


「早くやりたい」



 もはや、隠す気もないようだった。



「そうか、なら早速…………やるか」



 こうして、【ナッシュファイター】で対戦することになった。



 2時間が過ぎた。


 互いに一歩も譲らず、ジョイスティックを思いっきり倒したり、ボタンを連打したりと、真剣に画面をにらみつけていた。



「ここ!ここっ!くそっ!読まれてたか!!」


「典型的な立ち回りは読まれやすいんだよ。それに、千斗の癖は把握しているから」


「マジかよ」


「こう見えて、観察は得意だから」



 キリッとした表情で言いながら、よそ見しているところを俺はすかさず攻撃し、そのまま「フィニッシュ」まで追い込んだ。



「ちょっ千斗!卑怯だよ」


「よそ見しているほうが悪い」



 対人ゲームにおいてよそ見は厳禁だ。

 だから、俺は決して悪くない。むしろ、よそ見をした梓が悪いのだ。



「くぅ…………でも、今のところ、23勝22敗。私がまだ勝ち越してる」


「だな、でもあと俺が一回勝てれば、23勝23敗になるぞ」


「千斗の癖は把握している私が、負けるわけない。それにもうよそ見もしない」


「そうか、なら続きをやるぞ」



 対戦はさらに白熱し、互いに近所迷惑になるぐらいの声を上げる。



「くそ!まだまだ!!」


「そう動くと思ったよ、千斗!」


「なぁ!?こ、このぉぉお!!!」



 お互いに対戦は拮抗し、そしてついに決着がつく。



「私の勝ち!!!」



 リビング全体に響き渡る甲高い声、勝ったのは梓だった。


 最後の最後に、端に追いやられてからのしゃがみ小パンチ。まさか、あそこで小パンチをしてくるとは思わなかった。


(ここ!って時に読みが外れたのはデカかった…………くそ、普通に悔しい)


 それなりに格闘ゲームをやってきた千斗にとってこの敗北感は中学2生のころと同じぐらいの感覚だった。



「はぁ…………マジで強すぎ」


「私に勝つならまずは癖を直すところからだね」


「うるせぇ…………」


「ふふ、さぁもう一回だよ」


「何言ってんだよ、時間見ろよ」


「え…………」



 時間を見ると、もう7時半過ぎ、良い子供は帰る時間になっていた。



「もうそんな時間か…………早いね」


「そうだな」



 今日の梓は少しだけテンションが高いような気がした。


 言動とかもそうだけど、隣で見ていて楽しそうで、笑っていて、いつも見ている俺からすると、本当にテンションが高いと思った。


(なんか、少し違和感があるな)


 いつもの梓なのに、どうしても気になってしまう。



「梓…………」


「なに?」


「なんか、今日の梓って変だよな」


「急に何!?人格否定?」


「なんというか、テンションが高いというか」



 言葉にできない。これの気持ちを、どう言葉にすればいいのか、わからない。


 そんなことを言っていると梓はクスっと笑いながら、俺の隣に腰かけた。



「千斗は私のことなんでも気づけるんだね…………些細なことも」



 こっちに振り向く梓の表情はどこか儚く花のようだった。


 そんな彼女を見て、心臓が高鳴り、苦しくなる。



「急に、どうしたんだよ」


「千斗…………」



 俺の名前を呼びながら、呼吸を整えて、じっとこっちを見つめる。

 そんな梓のの瞳が淀んでいて、表情が固く、何かを言うとすれば、口を閉じた。



「梓、別に無理する必要はないんだぞ」



 何を言いたのか、千斗には分からない。だからこそ、無理には聞かない。だって梓が言いたいときに言えばいいわけで、無理してまで言う必要がないからだ。



「梓が言いたいときに言えばいいんだ。それまで俺は待つ、なにせ梓の友達だからな」


「…………わかった。でも今言いたいんだ。とっても大事なことだから」


「そうか」



 少しの間、無言が流れる。


 深呼吸をしながら、落ち着きがない様子で、もじもじしながら時間が過ぎていき、そして、ついに梓は立ち上がった。



「よし!…………ふぅ、千斗に大切なお話があります」


「お、おう」



 急な真剣な表情で見つめられ、緊張が漂った。


(なんか、少し緊張する)


 まるで、告白される側の気持ちのようで、手汗がにじんむのであった。

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