第23話 中学2年生の梓
中学2年生の秋ごろ、梓は完全にゲーマーになっていた。
家ではお兄ちゃんと一緒にゲームしていることもあれば、お小遣いをもらってお兄ちゃんと一緒にゲーセンでゲームすることもあり、ちまたでは少し有名になっていた。
いじめのトラウマはいまだにあり、基本的に人前だとうまく話せないけど、それでも昔に比べれば、すごくマシになったほうだ。
それにゲーマーとしての彼女は別人だ。常に強いプレイヤーを追い求め、勝ちたいという欲求でゲームをしている生粋のゲーマーで、トラウマがあることすら感じさせない。
「今日はゲーセン日か?」
「そうだけど」
ゲーセンに行くときは基本、黒キャップに黒パーカーを着て目立たない服装で行く。これが鉄板だ。
下手に目立つと視線が集まって、トラウマがよぎるし、できるだけ同じ中学校の生徒と会いたくないっていうのもある。
だからパーカーで顔を隠し見つけた際にすぐにその場から逃げられるようにしている。
まさに完璧な服装だ。
「お兄ちゃんは行かないの?」
「ああ、最近、FPSにハマってるからな」
「そうなんだ」
「それはそうとちゃんと勉強しているのか?あんまり外で遊んでると母さんに怒られるぞ」
「大丈夫、今日は早めに帰るし、成績だって余裕で学年1位」
右手でピースを決めるとお兄ちゃんは顔を引きつった。
「多才な妹だな。ならいいけど、気をつけろよ」
「うん」
お母さんとはいじめがあったあの日からほとんどしゃべった記憶がない。小学3年生の頃まではそうでもなかったけど、それに基本、お母さんとお父さんは家にいないから余計にしゃべることがないんだ。
でも別にさみしくはない。だって私には心を満たしてくれるゲームが世の中にたくさんありふれているから。
久しぶりに初めてお兄ちゃんと一緒に来たことがあったゲーセンに訪れた。
「懐かしいな」
ここのゲーセンでゲームをしてそこから完全にゲームにハマったことを梓は覚えている。そして、教えてくれた親切な人のことも。
(顔は全く覚えてないんだけど…………)
ゲーセンに訪れれば、まず格闘ゲームをお兄ちゃんとやるのだが今日はいないので、音ゲーをたしなむ程度にプレイした。
そのあとはコインゲームやクレーンゲームなどをやって、一息する。
「ふぅ…………楽しい」
たくさんゲームをやった後のココアは格別だ。
甘味が脳を刺激して、じわっと体が熱くなり、ビリビリっとくる。
この感覚がすごく癖になるんだ。
「さ、最高♪」
しかし、そこでふと虚しさを感じた。
周りを見渡せばみんな友達と一緒にゲームしたりと楽しそうで、とても羨ましい。
「いいな…………私も友達ほしいな」
小学3年生のあの時から、友達だと思っていた子とも縁を切り、そこから友達を作らずにここまで来た。
虚しさや虚無感、そんなものはゲームがすべて吹き飛ばしてくれる。
でも、最近、ゲームをやっていてもたまに虚しさを感じるようになった。
友達が欲しい、一緒にゲームをしたり、お話をしたりできる、そんな友達が。
「うぉぉぉおおおおおおおおおお!!!」
「なぁ、なに?」
少し遠くのほうから大きな声が上がった。
ちらっと覗いてみると、格闘ゲームの台が置いてあるほうからだった。
「格闘ゲームで盛り上がっているのかな?」
昔は全然、人がいなかったのに、今日は珍しく50人ぐらいの人が格闘ゲームの台を囲っている。なんとか見える位置まで移動すると、二人が対戦をしていた。
「くそ!負けた!!」
「また、勝ってしまった」
「実力を上げたな」
「週3で練習したからな」
盛り上がっている様子を覗いた私は小学4年生の頃に格闘ゲームをやった記憶がよみがえる。
そして、ピン!と思いついた。
(もしかして、格闘ゲームなら友達を作れるじゃ!?)
どうしてもゲームは家でやるため友達が作りづらいけど、これだけ盛り上がっているゲーセンの格闘ゲームなら、もしかしたら、とかすかな希望を梓は見た。
格闘ゲームを通じて友達が作れるかもと思った梓はさっき勝った人の前に立ち、堂々と言った。
「私と勝負してよ」
「いいぜ、かかってこい」
そして結果は、私の勝ちだった。
「私の勝ち」
たくさんお兄ちゃんと格闘ゲームで対戦した私が、そうそう負けることはなく、今回も勝つことができた。
でも相手はお兄ちゃんより少し弱いぐらいであと10回ぐらいやれば、さらに強くなると思った。
勝った後、私は席を立ちあがり、その人の前に歩み寄ろうとしたとき、その人は走ってどっかへ行ってしまった。
「え、うそ」
その間に周りの人たちはさらに盛り上がりを見せた。
(せっかく友達になろうと思ったのに、逃げられた)
梓の頭の中にあった友達を作る計画がすぐに破綻し、膝から崩れ落ちる。
「友達作るのって難しい…………帰ろ」
友達作りに失敗した梓はスマホで”友達の作り方”を検索した。
すると、その中から”友情熱く、握手を交わせば、もう友達さ”と書かれているサイトを見た。
その時の梓は特に疑うことなく。
「なるほど、握手か…………よし!」
その言葉を信じてしまったのだ。
こうして、家に帰った。
――――すると。
「帰ってきたのね、梓」
「お、お母さん…………」
リビングのソファーでお母さんが座っていた。
どうして、お母さんがいるのか、梓は一歩、後ずさる。
「こんな時間までどこをほっつき歩いていたの?」
「そ、それは…………」
「まあまあ、母さん。梓だって年頃の女の子なんだし、外で遊ぶことぐらいあるだろ?」
「そうね。でも中学2年生よ、受験シーズンも近いし、遊ぶ暇があるのかしら?」
「まだ中学2年生だ」
お兄ちゃんが必死に不機嫌気味なお母さんに説明する。
「梓は頭がいいのは知ってるわ」
「ならいいじゃないか?」
「…………でもね、最近、聞いたわよ、梓。ここ最近、学校をさぼってるようじゃない」
「え、そうなのか?」
「ギクっ!?」
「成績がいいからと言ってサボっていい理由にはならないし、それにいまだに怖いのでしょ?」
そう、ここ最近、学校に行くのは週2ぐらいでさぼり気味、もちろんテストは受けているがそれでもここずっと学校をさぼっている。
「梓の傷は深いわ。だからこそ、その傷を治すために私もそれなりに自由にさせたはずよ。でも、逆効果だったみたいだわ」
「うぅ…………」
「梓、あなたが高校受験が終わるまでの間、私はここに住むことにしたわ。私もできればこんなことしたくないけれど、これからは学校にもちゃんと毎日通ってもらうから、いいわね?」
「はい」
私はうなずくことしかできなかった。
「あなたはいい高校に入って、いい大学を出て、私が働いている会社に入社してもらうわ。そこなら、トラウマがあっても働けるよう支援できる」
「ちょっと待ってくれ、母さん!それじゃあ、梓の人生が――――」
「黙りなさい、敦!これも梓のためなの。一度植え付けられたトラウマはそう克服できるものじゃない。だからといって勉学を捨ててまで克服するものじゃないわ。なら、いっそ、私の下で働いたほうが梓のためだわ」
この日から私とお母さんとの間には亀裂が生まれた。
この時期を境に、一度、私はゲームを離れることになった。
中学校には毎日通い、勉強もして、たまにお兄ちゃんが息抜きでゲームに誘ってくれるけど、私は断った。
「はぁ…………疲れた」
学校は嫌いだ。みんな私の過去を知っているから、毎日のように憐れんだ目で見てくるし、小学校の頃、友達だった子ともたまに鉢合わせになるし、いいことなんて一つもない。
でも通わないとお母さんが怒る。
「早く高校受験して終わりたい」
私が受験する高校は、名門高校、篠崎高等学校という県をまたいだ場所にある高校で、そこを選んだ理由はもう二度と見知った子たちと会いたくないからという理由と、一からの関係なら友達が作れると思ったからだ。
(きっと、大丈夫。大丈夫だよね)
梓が勉強するモチベはもはや”篠崎高等学校なら友達が作れるはず”しかなかった。そう思っていないとゲームをしない生活に耐えられなかった。
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