第22話 いじめのトラウマ、そして初めてのゲーセン
春野梓は小学3年生までごくごく普通の元気な女の子だった。
クラスの中でも人気があってクラスメイトに囲まれて、愛されて世界が輝いてみえるるほどに楽しい日々を送っていた。
そんな彼女は男子からも人気があり、小学生の中でも群を抜いて美少女、月に一度、告白されるほどだ。
そんな幸せな日々を送っていたある日、クラスメイトの一人が梓を妬むようになる。
人気な男子からモテモテで、クラスの中心にいるような彼女が輝いて見えたのか、その子はある日、やってはいけない行動に移してしまった。
彼女をねたむクラスメイトを集めて、女子トイレに梓を呼んだのだ。
「な、なに?」
女子トイレに入れば、見知っているクラスメイト5人に囲まれ、逃げ道をふさがれる。
「ど、どうしてこんなことをするの?」
そんな問いかけに彼女たちは答えず。
ベシっ!
梓の頬を思いっきり叩いた。
「え…………」
痛い、じりじりして熱い。
その痛みにポロポロと涙を流した。
「そんな顔がむかつくのよ!!」
一人が頬を叩くと、今度はその周りのクラスメイトが足で腹を蹴ったり、軽く殴ったりと、梓はただうずくまることしかできなかった。
痛い、苦しい、止めて、と言ってもみんな笑って続ける。
まるで今までため込んできたものを発散するかのように。
「はぁ、調子に乗るからこうなるのよ、ブスが!!」
全身が感じたことのない痛みが走る。それでも梓は抵抗したりしない。
そんな時、ふとトイレの入り口を見つめると、仲の良かった友達と目が合った。
「あ、あ…………」
抵抗する気もなかった梓だが、この時だけ、声を張ろうとする。
もう限界だ。助けてと、でも、その子は見ぬふりをして逃げ去っていった。
その瞬間、何かが壊れた音がした。
「あ、今、いい表情だよ、梓ちゃん」
そこからの記憶はない。ずっと殴られていたり、叩かれたり、トイレの水に顔を突っ込まれたりと、いろいろされたような気がしたけど、もう覚えていない。
気づけば、家のベットに寝ていて、小学校は大変なことになっていた。
いじめの発覚からクレームまで梓の両親もバタバタしていて、そんな中、お兄ちゃんは私をやさしく抱きしめた。
それからというもの数か月後に私は普通に学校に通った。だけど、だれも私に近づこうともしない。友達だと思っていた子もしゃべらなくなり、一人ぼっちになってしまった。
でもそれが一番うれしかった。だってもう誰ともしゃべる気力もなくて、むしろ話しかけないでほしかった。
だって、もうあの時のことを思い出したくなかったから。
「梓、ゲームしないか?楽しいぞ」
いつもみたいに笑顔を見せなくなった私にお兄ちゃんはゲームを進めてきた。
興味はなかったけど、別にやることもないし、コントローラーを握った。
もちろん、負けた。でも、心の中で熱い何かを感じた。
「お兄ちゃん、もう一回!」
「おお、いいぜ」
それからお兄ちゃんに勝つまで何度も何度もゲームをした。
楽しい、どうしてこんなに楽しんだろう。
壊れた心を癒すようにゲームが私の心を埋めていく。
私はこの時、ゲームに出会い、ゲームにドハマりした。
「お兄ちゃん、早く座って」
「梓、今日はもうやめようぜ」
「やだ!ゲームやる!」
小学4年生のころ、梓は笑顔を取り戻し、同時に完全にゲーマーになっていた。
学校では基本一人だけど、ゲームをやっていれば何の問題もない。梓の生活は完全にゲームを中心に動き始めていた。
「そうだ!ゲーセンでゲームしてみたらどうだ?」
「ゲーセン?」
「ああ、家ではできないゲームがたくさんあるぞ」
「そうなの?…………でも外なんでしょ?」
外に行くことに抵抗がある梓は少しためらってしまう。
「大丈夫。お兄ちゃんが一緒についていくから」
「それなら…………行く!!」
「よし、それじゃあ、行こうか」
こうしてお兄ちゃんと一緒にゲーセンに行くことになった。
「うぅ…………人が多い」
「ちゃんと、お兄ちゃんの手を握っておくんだぞ」
「うん」
梓はこの時、いじめのトラウマで身内以外の人とまともに話せなくなっていた。
人の前に立てば、表情がこわばって言葉が出ず、睨みつけてしまう。
そんな梓は初めてゲーセンに入ると、人が多く賑やかな空間に瞳を輝かせた。
周りを見渡せば、端から端までゲームばっかで、まるで夢の国。
「なにか、興味のあるゲームはあるか?」
「え…………う~~~ん」
お兄ちゃんの手を強く握りながら、周りを見ていると、人があまりいないゲームが目に飛びつく。
格闘ゲームだ。
「どこ見てるんだよ」
「あれ!」
「格闘ゲーム…………渋いな」
「超気になる!お兄ちゃん、行こう!」
「ちょっ――――待ってくれ」
梓は興味津々に格闘ゲーム機のコントローラーでガチャガチャと触ったり、ボタンをポチポチする。
「やってみるか?」
「やってみる」
初めての格闘ゲーム、コマンドとか全然わからず、操作に慣れるまで時間がかかった。
「なぁ、いつまでやるんだよ」
「満足するまで?」
「金が尽きるわ!今日はここまでだ」
「えぇ…………あと一回!あと一回だけ!!」
「しょうがないな。あと一回だけだぞ」
最後の試合に集中する梓、しかし、流れは同じように1ラウンド目を取られた。
「か、勝てない…………」
そんな時だった。
「格闘ゲームやってるなんて珍しいな」
「え…………」
後ろを振り返ると、私より少し身長の低い男子がゲーム画面を覗いていた。
「おいおい、よそ見するなって、画面画面!」
「あ、うん!」
よそ見している間に体力バーが3割ほど削られ、大ピンチ。
「あ…………あ!負けたくない!!」
「指…………せっかく5本あるんだから、ちゃんと全部使ったらどうだ?」
「え…………」
ふと自分の手の配置を見ると、基本人差し指と中指でしかボタンを押していなかった。
「うん!!」
名前も知らない人の突然のアドバイス、私はその人を信じて指を全部使う気持ちで操作すると思っていたよりも何倍も早く動きが出るようになった。
そして、不利な状態から、初めてお兄ちゃんから1本とることができた。
「やったー!勝った!!」
「う、噓だろ。急に動きがよくなるじゃん」
梓のお兄ちゃんもびっくりして、席を立ちあがっていた。
「あ、ありがとう」
トラウマのせいで睨みつけてしまう梓だったが、その男の子はそんなことも気にせず、笑顔で言った。
「別に…………ゲームは勝ってなんぼだしな」
「ねぇ、どこ行ってたの?早く行こうよ」
すると、横から女の子が現れて、その男の子の手を引っ張った。
「ああ、わかったから。それじゃあ、楽しめよ!」
そう言って女の子に引っ張られながら去っていった。
「梓、お前…………話せて」
そんな光景を見た敦は驚きの表情を浮かべた。
あのいじめがあってから身内以外、しゃべらなかった梓が初めて、他人としゃべった。
それはあまりにも衝撃的で、溢れ出そうな涙をぬぐった。
「それじゃあ、お兄ちゃん!最後の一本、絶対勝つから」
「ああ…………」
久しぶりに心の底から笑う梓を敦は見た。
いつも見ていた笑顔、いじめられる前の梓の笑顔だ。
(あの子のおかげかな…………それにしてもちょっと指摘されただけでこんなに動きはよくなるなんてな。もしかして、梓ってゲームセンスがあるのでは?)
こうして、結局、梓はお兄ちゃんに一度も勝てず、家に帰るのであった。
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