第21話 梓が少しでも楽になれるのならそれでいい

 春野家の家の前に到着すると、外で敦さんが待っていた。



「よく来てくれたな、千斗くん」


「どうして、俺の電話番号を知ってるんですか」


「梓から聞いたんだよ。それより上がってくれ」


「は、はい」



 おどおどとしながら周りを見渡す千斗は落ち着きがなかった。

 唐突の敦さんからの呼び出しもそうだが、昨日のあの場を見てしまったのもあって、少し気まずい。



「安心していいぞ、今、母さんはいないから」


「そ、そうなんですか」



 玄関に上がり、2階のリビングのソファーに腰掛けた。



「そ、それでどうして、呼ばれたんですか?」


「実はな、梓がちょっと引きこもりになっちゃってさ。いくら声をかけても反応ないし、そこで千斗くんならって思ってさ」


「引きこもり?それって」


「ああ、昨日の見ただろ?あんな感じでさ、梓とお母さんは仲が良くないんだ。それでちょっとな」



 敦さんの心配そうな表情に何かあったのだろうとは思った。



「梓とお母さんに何かあったんですか?」



 その質問に敦さんは俯いた。

 そして、覚悟を決めたかのように、こっちを見つめた。



「実はな…………」



 そこで、あの日、梓と梓のお母さんの間に何があったのか、敦さんに聞かされた。



「梓はどこに?」


「3階だ」


「3階って」



 敦さんに行くなと止められていた階だ。



「頼む、千斗くん。やっと、やっと梓が笑って過ごすようになってくれたんだ。どうか梓を元気づけてやってほしいんだ」


「わかりました」


「千斗くん…………頼んだよ!」



 階段を上がり、3階に来ると、扉が三つあり、扉には名前が書かれていた。



「ここが梓の部屋か」



 扉には梓と書かれていて、明かりがついてるようには見えなかった。



「ふぅ、梓?」



 声をかけてみると。


 ガタっ!ゴトン!!


 何が倒れる音が部屋の中から聞こえてきた。



「あ、梓!?」


「だ、大丈夫…………」



 梓の声にひとまず、ホッとした。



「大丈夫か?今日は学校行かなかったみたいだけどさ」


「ど、どうしてここにいるの?」


「そりゃあ、もちろん、元気付けに来たんだ」


「別に私は元気だよ」


「噓だ。声のトーンは低いし、ゲーセンで遊びに行ったときみたいな声の張りもない」



 梓の声が静まり返る。



「お母さんと何かあったか敦さんから聞いたよ」



 あの日、梓と梓のお母さんはケンカをしたらしい。しかも、かなり大きな喧嘩で、梓はついにしびれを切らして、部屋に閉じこもった。



「親と喧嘩した内容まで聞いてないけど、何でもいい。俺や渚や秋藤さんに相談しろ。なんなら、スッキリするまで愚痴を吐いてくれたっていい。俺たち、友達だろ?」



 恥ずかしいことを言ってるような気がした。でも、不思議と言葉にできた。

 少しでも梓の助けになるのなら、それでいい。



「千斗は優しいね…………でも、これ私の気持ちの問題なんだ。私が一方的にお母さんが苦手で」


「そうか、実はな俺、自分のお母さんが苦手なんだ」


「え?」



 俺はゆっくりと扉に背中を沿うように座り込んだ。



「俺のお母さん、結構厳しくてさ。勉強しろなのなんの、いい高校に卒業して大学にはいって、大きな企業に就職してって、だからすっごく苦手なんだ。まあ、全部、勉強で目に見える成果をだして文句言えない状態にして今に至るんだけどな」



 勉強を頑張ったのだって最初は早くゲームをやりたいからだった。だから、頑張って頑張って、今こうしてゲームをたくさんできるようになった。



「すごいね、千斗は」


「すごくないよ。それで言うなら梓のほうがずっとすごい。俺よりもゲームうまいし、頭だっていいし、何事にも真剣で、それでいて友達を大事にしている。友達を作る時だって勇気を振り絞って俺に話しかけてくれたんだろ?俺なら、絶対できない」



 しばらく、沈黙が続いた。

 それでも俺はその場から離れなかった。


 普通ならダメかとあきらめるところのはずなのに、なぜか離れたくなかった。


(ダメかな…………)


 所詮は友達の一人、俺の言葉なんて薄っぺらいと感じるだろう。


 その時だった。


 ガチャ!



「え…………」



 扉が開き、もたれかかっていた俺はそのまま後ろへ倒れこんだ。



「あ…………」


「…………よ!」



 肌着一枚でそれ以外何も着ていないラフな梓とお互いに目が合った。

 そして、同時に見えてはいけないものまで見えてしまった。

 

(俺は何も悪くない。突然、扉を開ける梓が悪い)


 わざとではない。たまたま倒れこんだ先に、パ○ツが見えてしまっただけなのだ。



「なぁ…………あ」



 顔色が真っ赤になっていく梓はゆっくりと拳を力強く握りしめる。



「わざとじゃないことだけはわかってくれると嬉しい」


「きゃぁぁぁああああああああ!!!」



 大きな声をあげながら梓の拳が俺の頬をかすめ取った。



「す、すいません」



 俺はすぐに後ろに下がった。



(こ、怖ぇぇぇ…………あと数センチ頭の位置がずれていたら、想像したくない)



「ちょっと元気になったか?」


「余計に恥ずかしくなったよ、千斗。あと着替えてくる」



 バタンっ!


 梓の部屋の扉が閉じた。



「…………ちょっとは元気なったかな」



 しばらく待っていると、ガチャと扉が開いた。



「入って」


「お邪魔しますって、す、すご」



 梓の部屋に入るとパソコンが2台にモニターが4っ、マイクにコントローラーなどいろんなゲーム機などが全部そろっていた。



「まるで、配信者の部屋みたいだ…………」



 よく見るとこの部屋は防音室になっていた。最初は気づかなかったけど、壁あたりを見ればすぐにわかる。



「わざわざ来てくれてありがとう。心配かけちゃったね」


「心配したよ、特に渚と秋藤さんがな」


「そうなの?」


「ああ、わざわざ俺に話しかけてきたぐらいだからな。それで少しは元気になったか?」


「そうだね。ちょっぴりぐらいかな…………明日はちゃんと学校に行くよ」


「そうしてくれると助かるが、無理はするなよ」



 目元が少し赤いところを見るに泣いていたのだろう。それに少し顔もやつれていた。


 無言の時間が流れる。梓は少し気まずそうにちらっとこっちを覗き、目が合うと視線をそらされる。



「なんでそらすんだよ」


「だって、私、今、ひどい顔しているし」


「そんなことないぞ?」



 すると、梓は静かに笑った。


 そんな彼女を見て、千斗は決心して口を開く。



「なぁ、なんでケンカなんてしたんだ?」



 俺は少し踏み込んだ。

 別に踏み込む必要はないはずなのに、それでも口が勝手に開いてしまった。



「気になる?」


「無理して言う必要はないけどな…………でも、少しでも力になれるかなって」


「うん、千斗にならいいかな」


「いいのかよ」



 思わず、突っ込んでしまう千斗。



「でも、それを話すには私の過去のお話をしないといけないんだ」


「梓の過去?」


「そう、私はね、実は――――」



 唾をゴクリっと飲み込んだ。



「昔…………いじめられっ子だったんだ」



 ここから梓は悲しそうに胸の内の秘密を語り始めた。

 

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