第20話 友達だから

 見知らぬ女性が玄関の扉から現れ、いきなり梓を怒鳴りつけた。



「どこに行ってたの!!」


「ご、ごめんなさい」


「もう、まあいいわ。早く家に…………彼は?」



 視線があった。



「千斗はその友達で…………」


「ふぅ…………ん、友達ね」



 怖い顔つきで睨みつけられた。


(こ、怖いんですけど…………多分、梓のお母さんだよな)


 内心ビビってしまっている千斗は足が動かない。というか、目が合ってしまい帰りずらいのだ。



「何やってんだよ、母さん!!」


「敦…………こんな時間まで遊んでいた娘に少し説教をしていただけよ」


「だからってそんな大きい声で怒鳴ることはないだろ?梓だってやっと友達ができて、楽しく学校生活を過ごしているんだからさ」


「どうだか…………またあのときみたいに」


「母さん!梓の前でその話は言わない約束だろ?」


「そうだったわね…………とにかく、家に入りなさい、梓」



 静かに家に入る梓、その背中はどんよりとしていて、何か言おうとするも押し黙るように口を閉じたのだった。






 そのまま一人で帰る千斗はずっと考えていた。



「家庭内環境…………少し複雑そうだったな」



 あんな光景を見てしまえば、さすがの俺でも梓のことが心配になるのは当然だ。それに梓のお母さんはすごく怒っていたのも気になる。


 決して、遅い時間なわけでもなかったし、そこまで怒る必要があるのか、思ってしまう。



「敦さんも様子が少し変だったしな…………って俺が気にすることじゃないか」



 うちはうち、外は外、そうそう深くかかわるのはお門違いだ。

 そう思った千斗は、少しもやもやしながら家に帰ったのであった。



□■□



 次の日、家を出るといつも待っているはずの梓がいなかった。



「ふん…………まあいいか」



 いつも通りの通学路、なのに、今日は少し寂しく感じた。


(いつもだったら、隣に梓がいたんだよな。やっぱり、昨日のあれだよな)


 いろいろ考えていると気づけば学校の前に到着し、教室に入ると、渚と秋藤さんがこっちに近づいてきた。



「千斗くん!」


「ちょっと、どういうこと!」


「え、なに?」


「今日、梓ちゃんが休みなんだって、昨日まで元気だったのに、おかしいよ」


「あんたなんか原因を知ってるんじゃないの?」



 心配そうな表情を浮かべる梓渚と怒り気味な秋藤さん。その二人に迫られる俺はただこう答えた。



「そんなこと言われてもな、ほら、家庭の事情っていうのがあるだろ」


「つまり、知ってるんだね」


「白状しなさい」


「いや…………」



 千斗は少し悩む。

 昨日を見たことをそのまま話すべきかどうか。


 これは俺の事情じゃなくて梓の個人的な事情だし、それ原因で休んでいるかどうかもわからない。


 なら話すべきじゃない。



「あれ?みなさ~ん、どうしたんですか?」



 美咲先生が教室に入ってきた。

 すると、同時にチャイムが鳴った。



「話はここまでだ」



 俺は淡々と自分の席に座った。



「早く席に座ってくださいね」



 こうして、少し気まずい雰囲気で授業が始まったのだった。




 気づけば、お昼の時間、なぜか俺は渚と秋藤さんに囲まれていた。



「なんだよ」


「話の続きだよ」


「それぐらいわかりなさいよね」



 あきらめていなかった二人はお昼ご飯の時間にわざわざ友達との時間をつぶしてここに来たのだ。



「俺からいうことはない。というか、俺も全然知らないし、ただちょっとこれが原因かなってという理由が一つあるだけだ」


「だから、それを教えなさいって言ってんの」


「そうだよ」


「どうして、そんなに聞きたがるんだよ」


「「だから(だよ)」」



 息ピッタリ、揃って口にした。


 俺は思わず目を見開いてしまった。



「そうか…………わかった。でもここでは話したくない」


「それじゃあ、千斗くんの家だね」


「これも梓ちゃんのため、我慢するしかないか」


「おい、そんなこと言うなら秋藤さんには話さないぞ」


「なぁ!?じょ、冗談よ冗談…………」



 秋藤さんの顔色から冗談じゃないことはすぐにわかる。

 本当に梓のことを心配しているのだろうか。



 こうして、渚と秋藤さんが俺の家に来ることになった。

 

 時間はあっという間に過ぎていき、帰りの時間、俺と渚、秋藤さんは一緒にマンションへと向かった。



「渚ちゃん、最近、きれいになったよね」


「そうかな?別に何もしないけど」


「なんというか、笑顔が増えたっていうか」


「笑顔?」



 楽しそうに二人で会話している隣で俺は無言で歩いていた。


 頭の中にあるのは昨日の梓のことだ。

 梓は元気だろうか。大丈夫だろうかと心配になる。それはきっと彼女たちも同じだろう。


 マンションに到着すると、家に二人を上げて飲み物を用意するためにキッチンに向かった。



「二人とも、なに飲む?」


「お茶でいいよ」


「渚ちゃんの同じもので」


「了解」



 お茶を3人分用意し、ソファー近くの机に置いた。



「それじゃあ、聞かせてよ。昨日何があったの?」



 渚が会話を切り出した。

 真剣な表情から本当に心配してくれていることが伝わってくる。



「これが休んだ原因かどうかわからないから、あくまで一要因いちよういんとして聞いてくれよ」



 俺は昨日の帰りに何が起こったのか、話した。



「どうだ?伝わったか?」


「家庭内事情だと、どうしようもない」


「そうだね、これに関して私たちにはどうにも」



 そうだ、さすがの俺達でも家庭内事情には足を突っ込めない。



「だろ?これに関しては待つしかないんだ」


「それでも私たちに何かできることはないのかな?」


「おいおい、まだ家庭内事情で休んでいると決まっているわけじゃないだろ。普通に体調を崩しているかもしれないし」


「そうだけど」


「とにかく、変なことしようとするな。うちはうち、外は外だろ」



 どんな理由であれ、友達であれ、深くかかわろうとするのはお門違いだ。それこそ、家庭内事情であるならなおさらだし、友達のやさしさが時に棘になることだってあるはずだ。


 ならここは信じて待つべきだ。



 時間が経ち、渚と秋藤さんは荷物をまとめ、玄関の前に立った。



「それじゃあ、帰るね」


「また明日」


「秋藤さんがまた明日って、頭でもぶったか?」


「一言が多いのよ、素直に受け取りなさい」


「普通に無理」


「なぁ!?そんなだから、陰キャなのよ、ねぇ渚ちゃん」



 秋藤さんは渚のほうへと振り向いた。



「私はノーコメントで」


「もう渚ちゃんはやさしんだから。そんなところでかわいくて好きなんだけど、それじゃあ、帰るから」



 そう言って二人は帰っていった。



「梓、いい友達持ったな…………」



 その時だった。

 スマホの振動した。



「なんだ?…………」



 スマホを取り出し確認すると、見知らぬ人からの電話だった。

 俺はすぐにスマホを操作し、電話に出てみると、聞き覚えのある声が聞こえてくる。



「千斗くんか?」


「敦さん!?」


「ちょっと急で悪いんだけど、うちに来てくれないか。今から」


「え…………」



 それは本当に唐突だった。


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