第18話 縮まる距離、そしてお母さん襲来

 梓さんの吐息が近く、思わず距離をとった。



「いきなり、なにするんだ」


「だって、ずっと梓さんのままなんだもん」


「だからってやりすぎだ」



 心臓がドックン!と高鳴る。

 顔が熱く、耳まで熱くて、ずっとドキドキしている。



「ごめん、でもなんだか最近、ちょっとだけ千斗と距離を感じるんだ」


「距離ってむしろ近いだろ。ほとんど毎日家に来るし」


「そうだっけ?」


「おい!」


「でもね、私は千斗に名前で呼んでほしいんだ。私にとって大切な友達で、いろんなことを教えてもらった。本当に特別な千斗に」



 夜道、誰もいない歩道でお互いに見つめ合う。梓さんはどこか女の子ってぽくて、とても大人な女性に見えた。


 別にさん付けをしている深い理由なんてない。ただ、さん付けしていれば、ちょっとだけ心が軽くなる感覚があったからなだけで、本当に特別な理由はない。



「特別って重いな」


「なぁ!?お、重いってひどくない?」


「本当に変わったな、梓」


「え」



 名前を呼ばれ、顔が真っ赤になる梓を見て、千斗はニコッと笑う。



「なんで顔を赤くしてるんだよ。照れたのか?」


「あ、いや…………急だったから、驚いただけ」


「なんだよ、それ。それじゃあ、梓さんに戻すか?」



 いたずらっぽく言うと、無言にこっちに近づき、両手でポンポンと叩かれる。



「戻さなくていい」


「しかし、梓が俺に対してそこまで思ってくれているとはな。うれしい限りだな。これは長い人生でずっと自慢できる」


「そんなことで自慢してほしくないよ」


「冗談に決まってるだろ」



 ほんの少し静かな間、お互いに見つめ合い、梓が恥ずかしそうに視線をそらした。



「あ、もう言いたいことは言った。早く帰ろ、千斗」


「そうだな、梓」



 梓の家に到着すると、玄関の前で梓が振り返り、こっちに向かって手を振った。



「今日は楽しかった!また明日ね!」


「ああ、また明日」



 梓の何の変わりのない笑顔。もう毎日のように見てきた笑顔、なのに今日の梓の笑顔はいつも以上に輝いて見えた。




 一人で道を歩く。


 いろいろありすぎて、少し混乱しているも楽しかったな、と笑顔をこぼす。



「それにしても”特別”か。くぅ…………は、恥ずかしい」



 その場で両足を折り、両手で顔を隠した。



「あの場で堂々と言うとか、男かよ。それになんというか、後半の梓は大人の女性って感じがして、余計にドキドキした」



 自分でもおかしいと思うぐらいに心臓がバクバクで、後ろから抱き着かれたときなんか、心臓が飛び出るかと思ったぐらいだ。


 今思えば、梓は距離感がおかしい。毎日のように家に来るし、無防備だし、警戒心が全く足りない。



「あれはどうにかしてほしいよな」



 マンションの前に到着し、無事に家に帰った。

 時間は7時半過ぎで、千斗はソファーでテレビをつけ、ぐったりとリラックスする。


 スマホを淡々と操作し、ソシャゲの周回をしていると、ピンポーンとインターホンが鳴った。



「だ、誰だ?」



 ソファーから起き上がり、モニターを確認した。



「千斗、開けなさい」


「げ、お、お母さん!?」



 すぐに俺はお母さんを家に上げた。



「ど、どうしたんだよ、連絡もなしに」


「一人暮らしを始めて約3か月、順調かどうか見に来たの。まあ、そこまで心配してないんだけど、渚ちゃんとは仲良くしているのでしょうね」


「まあ、それなりに?」


「そう、よかった。さてと」



 お母さんは部屋の隅々までいろいろと探り始める。



「何やってんだよ」


「年頃の男の子なら、誰しもが持つ本を探してるの」


「そんなのないよ。てか、お母さん、今日は泊まるの?」


「ええ、でも明日の朝には出る予定ね」



 俺の部屋にお母さんが期待するエロ本はない。なぜなら、まったくもって興味ないからだ。買ったとしても漫画ぐらいだし、月一でもらっているお金の4割はゲーセンで使ったりしているため、本を買う余裕がない。



「千斗、本当に男?」


「失礼だな…………ほら、ココアミルク」


「あら、ありがとう」



 俺はのどの渇きをかわすためにお茶を口に運ぶとお母さんが言った。



「それはそうと、渚ちゃんとはどこまでいったの?」


「何言ったんだ」


「ほら、あなたたちって仲良かったし、ねぇ」


「なんにもないよ、母さんが期待するようなことは」


「そう、残念」



 母さんは厳しそうで実は変なところがある。息子のエロ本を探したり、変なことを聞いたりと、本当に変な母親だ。


 だが、それでも俺はお母さんに感謝の気持ちを忘れていない。中学3年生の時は、たまに大ゲンカしたりしたが、今は、一人暮らしのお金も生活費も全部負担してくれている。


 全くもって頭が上がらないのだ。



「ご飯は食べた?」


「食べてないわよ、千斗は?」


「俺は外で食べてきた。…………軽いものなら作るけど」


「それでいいわ」



 ソファーに座り、お母さんはテレビを見る。その間に簡単に作れる焼きそばを作った。



「千斗、おいしいわ」


「それはどうも」



 そんな感じで時間が淡々と過ぎていき、就寝の時間になる。


 そして、朝。



「それじゃあ、夏休みぐらいにお父さんと一緒にまた来るから」


「わかった」


「しっかりと生活リズムを崩さずに生活するのよ」


「わかったから、もう行ってくれ」


「千斗、高校生活は一度っきり、しっかり勉強しながら楽しむのよ、それじゃあ」



 そう言ってお母さんは玄関から出て行った。



「随分、丸くなった母さんは…………さてと、俺も学校に行く支度するか」



 支度を済ませると千斗はバックを持って外に出た。



「おはよう、千斗」


「ずっと待ってたのか、梓?」


「今さっき来たところ」


「そうか」


「千斗、行こう」



 こうしていつものように梓と二人で篠崎高等学校に向かうのであった。



□■□



「というわけで、罰ゲーム執行!」


「うぅ…………わ、忘れてた、にゃん」



 学校が終わり、いつものように俺の家に訪れた梓は顔を赤らめながら、こちらを見つめる。



「うぅ…………心臓が痛い」



 あまりにもまぶしい光景に心臓がズキズキとする。


 梓の恥じらう表情に、視線のどよめき、顔も耳も真っ赤でとても可愛らしい小動物のようだった。


(あと、猫耳をつかれば完璧なんだが、くそ!買ってこればよかった)



「ほ、本当に今日、1日なの?…………にゃん」


「ありがとう」


「えぇ!?」

 

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