第16話 上げて落とされて、そして罰ゲーム

 夕方5時、行きつけのゲーセンではなく少し離れた大きなゲーセン、その近くの駅に来た。


 家に帰り、制服から私服に着替えて、ここまで来たわけだが、ここで一つ疑問が残る。


 なぜ、学校帰りによらなかったのか。それは学校帰りの時間までさかのぼる。



「千斗、今日なんだけど」


「わかってる、ゲーセンだろ?」


「そうなんだけど、どうせなら私服で行かない?」


「私服?そのまま行けばよくないか?」



 千斗が抱いた疑問は至極当然だ。

 わざわざ一度、家に帰り、私服に着替えて再び外に出る。これほどめんどくさいことはない。


 それに千斗はゲーマーを除けばただのボッチ陰キャ高校生だ。まともな私服などを持っているはずがない。


(できれば、私服は避けたいんだが)


 隣で歩く梓さんはキラキラと瞳が輝いている。私服で行きたい、私服が見たい、そんな圧が感じられた。



「わかってないな、千斗。友達はねぇ、私服で遊ぶものなんだよ」


「…………そうか、じゃあ、今日はここで解散ということで」


「ちょっと待ってよ!」



 速足で帰ろうとする俺を両手で引き止める梓さん。振り返れば、ガチの涙目を浮かべながらこちらを上目遣いでうるうると見つめていた。



「え…………あ、噓だぞ」


「だよね!」



 ちゃぶ台返しのように表情が一変、ニコッと笑顔を浮かべた。



「というか、千斗は私の私服姿見たくないの?」


「いや…………だって、俺が選んだ服を着てきそうだし」


「なぁ!?し、失礼だよ。それにあれからいろんな服を買ってるし、期待したほうがいいと思う」


「へぇ…………そうなんだ」



 あの日からも服をしっかりと買ってることを知った俺は素直に感心した。

 梓さんのことだから、きっとあれからずっと同じ服を着ているのかと思っていたのだ。


(俺もファッションに興味を持つべきなのか?…………いや、ないな。そもそも、服装を気を付ける必要がないし。ただ私服で梓さんの隣を歩くとなると話は別だけど)


 梓さんはどんな服を着ても似合う。そして、そんな隣を歩く男ともなれば、間違いなく目立つだろう。ならば、ちゃんとした服を着たほうがまだ目立たないはずだ。



「千斗は私に興味ないの?」


「いや、そんなことはないけど…………わかった、私服で行こう。それじゃあ、ゲーセンは俺と初めて会ったあのゲーセンでいいか?」


「うんうん、今回は違うゲーセンにする。ここだよ」



 スマホの地図で見せてきたのは都市部にある大きなゲーセンだった。



「わかった。じゃあ、この近くの駅で集合だな」


「うん、じゃあここでいったんお別れだね」



 こうして、一旦、お互いに帰り、再び駅の集合することになった。

 



 ――――という経緯があった。



 それで現在、私服で駅まで来ているのだが、内心かなりビクビクしていた。


 梓さんと私服で遊ぶのが初めてだから、というのも理由にあるが、それ以上に自身の私服がちゃんと大丈夫なのかどうかの方が緊張している理由としては大きいかった。


 言うなれば、初デートで服装気にする男子といった感じだ。



「一応、無難な感じにしたけど…………うぅ、緊張で胃が痛い」



 基本的に黒が好きなので、黒と白で色を合わせながら、涼しげな黒ジャケットに中を白で統一した。


(昔、聞いたことがある。服に困ったら、黒と白でコーディネートしろってね。うん、きっと大丈夫なはずだ)


 緊張をほぐすため、スマホでソシャゲをしていると。



「お・ま・た・せ♪」


「うわぁ!?びっくりし――――」



 耳元で吐息が混じる声にビビった千斗は後ろを振り返ると、言葉を失った。

 黒いパーカーに黒いズボン、さらには黒い帽子を浅くかぶっている。


 まさに、ゲーセンであった頃の梓さんがそこにいた。



「どう?私の服装、かっこよくない?」


「それ、初めて会った時の服装じゃん」


「え?そうだっけ?」


「なんか、期待して損した」



 内心、かなり期待していた俺はその衝撃が強すぎた。


 たしかに、黒色統一でパーカーに黒キャップは梓さんに似合う。というか、クールでかっこいいと思う。


 だが、千斗が期待していたのはどちらかという可愛いほうで、そうくると思ったから少しでも失礼のないように服を選んだわけだ。


(梓さんがそうくるなら、俺もラフな格好でこればよかったな)


 真剣に悩んでいた自分がばかみたいに思う千斗だった。



「ちょっとひどくない?これでも千斗に気を遣ってこの服装にしたんだけどな」


「気を遣う?」


「だって結構目線を集めるでしょ?私といると、千斗ってあんまり目立ちたくないってことを渚ちゃんに聞いてたし、なるべく地味で行こうかなって」


「なるほど、俺を気遣ってくれたんだな。ありがとう」


「あ、うん。あんまり、正面切ってお礼言われると照れるな」



 頬を赤く染めながら、視線をそらす梓さん。そんな姿を見て俺は顔が少し熱くなった。



「でも、最初の段階で期待させた梓さんにはちょっとした罰ゲームをしてもらおうかな」


「えぇ、なんで!?」


「”あれからいろんな服を買ってるし、期待したほうがいいと思う”って言ったのはどこの誰かな?」


「あ、あれはその場のノリというか、それに千斗だって私が服選びのセンスがないことぐらいわかるでしょ?」


「男の心をもてあそんだ罰だ」


「うぅ…………わかった。どんとこい」


「えぇ!?マジで…………う~ん」



 罰ゲーム、咄嗟に梓さんをいじろうと思い付きで言った言葉だが、まさか、本気にするとは。


(罰ゲームっていったい何にすればいいんだ?)


 重くもなく、それでいて梓さんを傷つけないぐらいの塩梅な罰ゲーム。数分、頭を悩ませた末に、千斗は決めた。



「よし!明日も俺の家に来るんだよな?」


「それはもちろん」


「なら、明日は俺の家限定、1日、語尾”にゃん”な」


「なぁ!?」



 梓さんの顔が一気に真っ赤に染まった。



「わ、わかったよ」


「よし!それじゃあ、ゲーセン楽しもう、梓さん」


「なんか、いい表情だね」


「そうか?気のせいだろ」



 実を言うと明日が楽しみで仕方がない千斗。


 そんないろいろなことがありながら、ゲーセンに一緒に向かう二人なのであった。

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