第12話 梓の不安

 ピザパーティーが始まって1時間、敦さんはお酒を飲み始め、完全に酔っぱらっていた。



「ふぅ…………酒うまっ!」


「ごめんね、千斗。お兄ちゃん、お酒飲むと変なテンションになっちゃって」


「そうだな」



 あんな大人にはなりたくないなと反面教師感覚で敦さんを眺めた後、残り一枚のピザを口に運ぶ。


 なんやかんやでピザパーティーを楽しんだ俺は、スマホで時間を見るとすでに7時半ごろだった。


(もう、こんな時間か、そろそろ帰らないとな)



「俺、そろそろ帰るよ」


「もうそんな時間だっけ?」



 梓さんもスマホで時間を確認した。



「それじゃあ、今度は私が送ってあげる」


「いや、別にいいよ。俺、男だし」


「遠慮しなくていいよ」


「いや、だから別に」


「え・ん・りょ…………しなくていいよ♪」



 可愛らしい表情ながらも、その発せられる言葉からは何とも言えない圧を感じた。



「わ、わかったよ」



 その圧に逆らえない俺は観念した。




 酔いつぶれた敦さんを見て、ほっておいていいのかと梓さんに聞くと、気にしなくていいよと、答えた。


 そのまま俺たちは敦さんを置いて外に出た。


 いつもとは真逆の立場、俺が送られる側で梓さんが送る側。隣を歩く梓さんはいつも以上に楽しそうな表情を浮かべながら鼻歌を歌っていた。



「今日はありがとう、千斗。いろいろ付き合ってもらって」


「別に、むしろ俺も楽しかったし、ファッションも少しは勉強になった。たまにはゲーム以外のことをするのも悪くないかもな」


「そうだね、でもやっぱりゲームしているほうが楽しくない?」


「それは否定しない。でも”たまには”ってところを忘れてるぞ。あくまで、たまにってだけだ」



 忘れていたゲームの楽しさ、久しぶりにゲーセンで格闘ゲームをした時と同じような感覚があった。


 きっと、楽しかったんだと思う。みんなとこうしてワイワイ遊ぶことが。


 ふと、昔、中学2年生のころ、俺に負ける悔しさを教えてくれた子のことを思い出す。


(もう一度でいいから、会ってリベンジしたいな)


 ふと思ったのであった。



「やっぱり、私たち気が合うね」


「そうかもな」



 気が合う、それは俺たちの関係に最も当てはまった言葉だ。気が合う友達、そんな関係だからこそ、気を遣わずに接することができる。


 もし梓さんと出会わなければ、こうして一緒に帰ることも、ゲームをすることもなかった。


 ふと笑みがこぼれる。それぐらい、楽しかった。


 そんな千斗に梓さんは気づかなかった。


 


 沈黙する時間すら苦じゃない穏やかな時間、歩いているうちに気づけば、マンションの前に到着していた。



「ここまでだな」


「そうだね」



 到着したはずなのに梓さんはそこでピタリ足を止めて、ずっとこちらを見つめている。視線を合わせると、恥ずかしそうに視線を斜め下にそらし、頬を淡い色に染まっていた。



「どうした?」


「そ、その…………千斗!」


「…………」



 何か言いたげそうながらも、口をパクパクしながら口を閉じる。そんなことを何回か繰り返す。



「…………私、明日、うまくやれるかな?」



 心配そうに眉を細め、視線をおろおろしながら梓さんは言った。

 明日というのは渚たちと一緒に遊ぶ日のことを言っているのだろう。



「ほら、まともにプライベートで遊んだことあるの千斗だけだし…………それに」



 なるほど、と俺は何となく理解した。


 今まで友達と遊んだことがなく、さらには渚ちゃん含め複数人と遊びに行く、それは梓さんにとって初めてのことで、それが不安なんだ。



「こういうのって初めが一番肝心でしょ。だから、その…………私に勇気をください」



 いつにもなく真剣でどこか不安げな表情で見つめてくる梓さん。


(勇気と言われてもな)


 不安になるのはわかる。だって初めては誰だって怖いものだから。でも、それに関して俺にできることなんてなくて、ただ”がんばれ”としか言えない。


 でも、きっと梓さんはそんな言葉を求めていないと思った。


 俺は深呼吸をしながら息を整え、真っ直ぐ梓さんを見つめた。



「そう、気を張る必要はないと思うぞ。なんやかんや、渚はいいやつだし、友達思い、何かあっても大変なことにはならないと思う。だけど、もし、本当に不安で心配になったら、その…………電話をかけてくれ。そしたら相談に乗れるし、少しは不安がなくなるんじゃないか?」



 気兼ねなく、答えになっているのかわからないことを言うと、梓さんは吐息を感じられるほどの距離まで詰め寄って言った。



「…………そ、それって遊んでいる途中でも千斗に電話していいってこと?」


(ち、近いな)


 あまりにも近く、俺は自然と右足を後ろに引いた。



「あ、当たり前だろ。俺たち、友達だし」


「…………そ、それじゃあ、遠慮なく電話するね」


「お、おう。でも、ちゃんと明日は楽しめよ」


「うん!」



 不安げな表情は一風して吹き飛び、漫勉な笑顔を浮かべる梓さんを見て、俺はほっとした気持ちになった。


 ドクン


 心臓の音が跳ねる。



「あれ?どうしたの、千斗?」


「いや、なんでもない」



 少し顔が熱い。なんでだろう。



「変なの…………それじゃあ、またね」


「ああ、またな」



 こうして、梓さんと別れ――――。



「て、待って」


「なに?」



 帰ろうとする梓さんの後ろから右手をつかんだ。



「梓さん、ここから一人で帰る気か?」


「そうだけど」


「送っていくよ」


「え、いいの!ありがとう、千斗♪」



 今にして思った。このままだと夜道、梓さん一人で帰ることになる。それはまあ、心配性なだけかもしれないが友達として心配だ。


 結局、また梓さんの家まで送り、家に帰る俺であった。



 

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