第9話 俺と渚の関係



「と、友達!?」



 ギロっと冷たい瞳で渚を見つめる梓さん。緊張と驚きが混濁して、表情が崩れている。



「そう、実は私、春野さんと友達になりたかったんだ。ダメかな?」


「あ、え…………せ、千斗」



 助けてと訴えかけてくるような瞳で見つめられた。



「いいんじゃないか。それに、これで友達が2人目になるし」


「友達2人目!?」


「そう、2人目だ」



 梓さんは指で数えながら、何度も2人目と連呼する。



「ねぇ、千斗くん、もしかして、春野さんって結構、面白い人?」


「よくわかったな」


「なんというか、学校とは全然雰囲気違うし、なんか見てて楽しいかも♪」



 笑顔で梓さんを見つめる渚はどこか小動物を見ているようだった。

 そして、未だに梓さんは友達の数を数えながらにやけている。



「それじゃあ、これからよろしくね、春野さん!いえ、梓ちゃん!」


「あ、え…………はい、渚ちゃん」



 渚から差し出した手を戸惑いながら握る梓さんを見て、俺はほっとした。



「あ、そろそろ作らないと。キッチン借りるね」


「ああ…………」



 バックからエプロンを取り出し、髪をしばりながら買ってきた食材を選びはじめた。



「千斗くん、渚ちゃんは何をしてるの?」


「1週間分の料理を作ってくれてるんだとよ。まったく親ってどうして息子を信じてくれないのか、まぁ助かるんだけどさ」



 だが少しだけ心配していることがある。それは渚の出入りをほかの生徒に目撃されることだ。


 もし見つかれば、どんな目にあうか、想像するだけで悪寒が走る。



「ふぅ~ん、料理ね」



 料理を始める渚は黙々と効率よく料理を作っていきタッパーに詰めていく。

 これぞ、まさに女子力の高い嫁って感じでとても絵になっている。渚をお嫁さんにする人はきっと幸せだろう。



「これでよし、お米は自分で炊けるもんね」


「馬鹿にするな、お米ぐらい炊ける」


「それと梓ちゃん、これ」



 そう言って梓さんにタッパーを渡した。



「なに、これ?」


「作りすぎちゃって、よかったら、夜食にでもって嫌だった?」


「うんうん、ありがとう」


「よかったぁ」



 渚はすぐにキッチンへと戻っていき、梓さんはタッパーを見つめながら言った。



「これが餌付け」


「違うだろ」



 だが、ここで俺は気づいたことがあった。梓さんが全くつんつんしておらず、かわいい梓さんのままだということだ。


 こう見えても梓さんに関してはそこらへんの人たちよりはわかっているつもりだし、そう簡単に心を開かないタイプだと思っていた。だからこそ、驚いてしまう。


(やっぱり、梓さんに渚と会わせてよかった)


 これで少しでも友達づくりの役に立てばいいな、とそう思った。




 時間はあっという間に過ぎていき、気づけば、夜7時半を回っていた。



「二人とも送っていくから、忘れ物ないよな」


「特にないよ」


「大丈夫、ちゃんと持った」


「本当か?」


「本当だよ」



 梓さんは普通に俺の家に物を置いて行ったりすることがある。それこそ、昨日なんて、コントローラー二つを置いて帰っていったし、その前の日なんて、ゲーム機を置いて帰っていった。



「まぁ、どうせ明日も来るんだし、いいか」



 玄関を開けて、いつも通りの道を通る。そんな中で渚と梓さんは仲良く会話をしていた。わけでもなく、隣から見れば、一方通行な会話だった。



「梓ちゃんは何が趣味なの?」


「げ、ゲームかな?ゲームがすごく好きで」


「すごーーい!ゲームか、私も好きだけど、全然うまくないんだよね」


「そうなんだ」


「ほかに何か趣味はないの?あと、好きな食べ物は?今度作ってきてあげるよ」


「あ、うん」



 完全に陰キャと陽キャの会話になっている。

 一方通行の質問攻めに、処理が追い付かない梓さんは頭をぐるぐるしながら、淡々と答えていく。



「それじゃあ、また明日」


「また明日な」


「バイバイ!梓ちゃん!!」



 梓さんを送った後、今度は渚の家の近くまで歩く。

 隣で普通に歩く渚はそれだけ絵になり、周りの人たちから注目を集める。まさに、美少女だ。



「そういえば、千斗くん」


「なんだ?」


「もしかしてだけど、その…梓ちゃんと付き合ってたり…………するのかな?」


「え」



 その不意な質問に俺は足を止める。

 梓さんと俺が付き合っている、そんな質問に俺は一瞬、思考が停止した。


 想像してみてほしい、陰キャボッチで平凡な容姿である俺が梓さんと付き合って一緒にデートをする姿を。


 罰当たりにもほどがある。そもそも似合わないし、釣り合っていない。



「そんなわけないだろ。梓さんとはゲーム友達って感じだ」


「そうなんだ」


「急に変な質問してくるなよな。心臓に悪い」


「ごめんね」



 梓さんと俺が付き合う。そんなこと絶対にありえない。もし、俺が梓さんを好きになったとしてもきっと告白すらしないだろう。だって釣り合わないし、梓さんにはもっといい人がいるはずだ。


(うん、絶対にありえない)


 気づけば、渚の家の前に到着していた。



「それじゃあ、またね」


「ああ、またな」



 俺はそっと振り返り、家のほうへと足を向けた。

 その時だった。


 パッ


 後ろから腕を脇下に通し抱きつかれる。



「ちょっ、渚?」


「ねぇ、一つだけ、一つだけ聞きたいことがあるの」


「な、なんだよ」


「今でも私のこと昔みたいに友達だと思ってる?」


「それは、どういう意味だよ」


「だって、あの日からしゃべってくれなかったじゃん」



 渚はあの時からずっと気にしていた。突然、無視され、自然と離れていく距離。その寂しさは渚にとって大きかったのだ。


 そのことに千斗は気づいていなかった。その時は周りを気にする余裕なんてなく、ただゲームを我慢しながら勉強する毎日だったからだ。



「それは…………あの時はいろいろあったんだ。俺にも」


「なら、相談してくれればよかった。だって私たち、幼馴染でしょ?違うの?」


「違わないけど、別に渚にはたくさん友達いるだろ?別に一人ぐらいいなくたって」


「私は!友達以上に千斗くんが――――」



 何かを言いかけたその時、パッと!渚のほうを向く。

 まっすぐ、視線をそらさず渚の瞳を見つめながら口を開いた。



「わかった。それじゃあ、今日から改めて友達なろう、渚」


「え…………」


「正直、どう顔向けすればわからなかったんだ。もう1年ぐらい経ってたしさ、だから、今から友達として仲直りをしよう。まあ俺が言えた義理じゃないけど」



 そう言うと、渚は顔を真っ赤にしながら、俯いた。



「わかった」



 そして、まっすぐこちらを向いて、人差し指をほっぺに押し当てる。



「でも次は絶対に許さないからね」


「多分もう、そんなことはないと思うけど…………」


「本当かな?」



 あざとく笑う渚を見て、千斗は言った。



「うぅ…………まあでも渚とこうして久しぶりに話せてよかった」


「私も、話せてよかった」



 少しの沈黙が流れ、そっと渚は千斗から離れる。



「そろそろ夜も遅いし、また明日ね、千斗くん」


「ああ、また明日な」



 こうして、千斗の1日が終わるのであった。



ーーーーーーーーーー


ここで一旦、一区切りといった感じなのですが、ラブコメって書くのが難しいですね。


といった感じで、渚ちゃんにスポットライトを当てましたが、次から梓ちゃんにスポットライトがもう満遍なく当たるのでお楽しみ♪


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