第8話 渚が梓さんの友達に

 俺はスマホを操作し、電話に出た。



「こんな時間に、どうした?」


「こんな時間にどうしたじゃないよ、千斗くん」


「うん?」



 実を言うと俺には幼馴染がいる。その正体が、篠崎三大美少女なんて言われている夏川渚だ。


 幼いころから一緒におり、親同士も仲が良く話したり遊んだりすることが多かった。それこそ、中学の頃は付き合っているんじゃないかって噂を広められたほどに。


 ただある時、急に話さなくなった。

 その理由は単純で、受験生となり、同時にゲームができないストレスで人と会話しなくなったからだ。


 それっきり話さなくなり、次第に気まずくなっていたのだが、高校が決まったかと思えば渚も同じ高校だった。


 それだけならまだいいのだが。



「明日、わかってるよね?」


「明日って…………あ」


「思い出したようでよろしい。ちゃんと家にいるんだよ。それじゃあ、明日ね」



 電話が切れた。



「そうか、明日か」



 高校が決まり、一人暮らしになった俺だが、実は親が先週、とある連絡を入れてきた。それは今週水曜日に渚が1週間分の食事を作りに来るというものだった。


 さすがの俺も呆れて親に電話したが渚が快く引き受けてくれたから大丈夫の一点張りで、俺にはどうしようもなかった。



「そうだ、いいこと思いついた」



 渚は間違いなくクラスの中心にいる女子の一人だ。彼女のなら友達の作り方を詳しく教えてくれるかもしれない。



「とはいえ、何も起こらないといいけど」



 そのまま千斗は家に帰ったのであった。



□■□




 次の日、帰り道、梓さんと一緒に帰っている途中、俺は話を切り出した。



「梓さん、そろそろ友達はできたのか?」


「ギクッ…………そ、それは」


「できてるわけないよな、わかってたよ俺は」


「で、でも私には千斗くんがいるし」


「俺だけが友達って高校卒業した後どうする気だよ」


「え、千斗くんについていくけど?」



 平然とした表情でハッキリと言った。


(言うと思ったよ…………うん)


 その返答、実は予想していた。今までの梓さんの言動と態度、そして学校内での梓さんの変化のなさ。多分、梓さんは友達が一人できて満足しているんだ。


 だが、そんな調子ではいけない。



「実は今日、俺の家に友達づくりのプロが来るんだ」


「友達づくりのプロ!?」


「よかったな。これで友達がたくさんできるぞ」


「そ、それはすごくうれしいけど…………しゃべれるかな」


「大丈夫、最悪、俺が通訳するから」



 親指を立てて、言い切った。



「それなら安心だね」


「…………そこは、通訳がなくてもしゃべれるから!でもなんでもいいから否定してほしかった」


「なんで?」


「いや、もういいです」



 家に到着した俺たちは友達づくりのプロが来るまでゲームをしていた。もちろん、ゲームはタケノコレース、結果は今のところ、俺が全勝だが、梓さんの実力は格段に上がっていた。



「そういえば、その友達づくりのプロって誰なの?」


「ああ、渚だよ。名前ぐらい聞いたことあるだろ?」


「渚さんか…………ん?渚?渚って夏川渚さんのこと?」


「そうだけど」



 ゲームに夢中になる中で、突然、梓さんの動きが止まる。見てみればコントローラーを手放していた。



「千斗って夏川さんと仲いいの?」


「昔は仲良ったぞ、幼馴染だからな。でも、受験シーズン入ってからしゃべらなくなった。今は仲いいとまでは言えないな。まぁ普通に会話はできるけど」


「そうなんだ…………ふぅ~~~ん」


「なんだよ」


「いや、なんでもないなんでもない」



 そっぽ向いて、梓さんはココアを口に運んだ。





 ピンポン!とインターホンが鳴る。



「やっと来たか」



 俺は玄関の前まで近づき、扉を開ける。



「久しぶりだね、千斗くん」


「そうだな…………」



 少しだけ気まずい雰囲気の中で渚が何かに気づいた。

 それは靴だった。



「今日は客がいるんだ。とりあえず、上がってくれ」


「あ、うん」



 玄関からリビングへ向かうと。



「初めまして、渚さん」



 優雅にココアを飲みながら椅子に座っているツンツンでも可愛らしさでもなく優雅な梓さんがそこにはいた。



「は、春野さん!?」


「誰だよ」


「ちょっと、千斗くん。聞いてないけど!?ど、どうして春野さんが…………」


「それりゃあ、言ってないから。とりあえず、座れよ。あと、荷物」


「あ、うん。ありがとう」



 俺は渚の荷物を預かり、買ってきた食材を冷蔵庫に詰めていく。

 そして、その間、リビングの机で向かい合うように座る梓さんと渚は少し気まずい雰囲気が流れていた。


 梓さんは緊張していないように見えるが手震えていてココアがうまく飲めていないし、渚は話しかけようとするも途中で口が閉じる。


(いくら渚でもいきなり話しかけるのは無理か………)



「渚、なにか飲みたい飲み物はあるか?」


「え…………普通にお茶でいいよ」


「わかった」



 お茶を入れ、机に置くと俺は梓さんの隣に座った。



「千斗くん、この状況なに?」



 その質問は至極当然だ。俺は渚に何も伝えない。と、言うか伝える時間がなかった。



「実は渚に頼みたいことがあるんだ…………」



 俺は渚に梓さんが友達が作れなくて困っていることを伝えた。



「なるほど、それで…………最近、ずっと一緒にいたんだ」


「いや、別に一緒にいることと梓さんの問題は関係ないんだが…………とにかく、梓さんがいまだに進展がないんだ。そこで渚からアドバイスが欲しいって梓さんは聞いてるのか?」


「聞いている」



 視線をそらし、明後日のほうへと向いている梓さんに俺は溜息を吐いた。

 見た感じ、相当緊張しているのだろう。



「関係ない?つまり、二人は…………うぅ」


「渚?」


「あ、はい!」



 渚の様子が少しおかしいことに気付く。視線がおろおろとしていて落ち着きがない。



「大丈夫か?」


「大丈夫だよ、うん。ただちょっと心の準備が、ふぅ…………」



 深く深呼吸をしながら息を整え、両手で頬をたたく。首を横に大きく振りながら、視線を正し、こっちを見つめた。



「それでだ、何かいいアドバイスとか方法はないか?」



 俺が本題を切り出すと、渚はサラッと言った。



「それじゃあ、簡単な方法があるよ」


「簡単な方法?」


「春野さん」



 渚はパッと梓さんの手をつかみ、言った。



「私と友達になってよ」


「え、えぇええええええええぇぇぇ!!」



 今まで聞いたことのない梓さんの叫び声が家全体に響き渡ったのであった。

 

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