第7話 勘違いさせてくる言葉が多い梓に困っている
階段を下りて、下駄箱まで足を運ぶとそこには下を見つめていた梓さんがいた。
「梓さん?」
「あ、終わったんだ。聞いたよ、先生のお手伝いしてんだよね」
「わざわざ、待ってたのか?」
「うん!それより早くゲームしよ!」
今、二人っきりだからか緊張している様子はなかった。ツンツンしておらず、可愛らしいさが前面に出ていた。
(怒られるかと思ったけど、まさか待っててくれているとは)
「聞いたって、誰に聞いたんだよ」
「美咲先生だよ」
「へぇ……」
「それより早く帰ろう!」
パッと!右手をつかまれる。
そのまま、流されるように早い足で家に向かう梓さんはとても楽しそうだった。
「そんな急がなくてもいいだろ」
「時間は有限なんだよ。それにできるだけ千斗くんと一緒にいたいんだ」
また胸が高鳴った。
無垢な笑顔を向けられると、どうしても勘違いしてしまいそうになる。
「あんまり、勘違いさせるようなこと言うなよ」
「うん?」
「いや、聞かなかったことにしてくれ」
「わかった。ほら、いくよ」
かっこよさとかわいさを両方兼ね備える梓さんは俺にとってあまりにも眩しい。
梓さんにはもっといろんな友達を作ってほしいなと、思った。
こうして、俺と梓さんはまた家で白熱した対戦を繰り広げることになるのであった。
□■□
作業を終えた私は雫ちゃんといつも通りの会話をしていた。
「それでね!」
隣で楽しく話す雫ちゃんはとてもかわいくて、思わず笑みがこぼれてしまう。でも、今日は少しだけ気分が悪い。
「渚ちゃん、大丈夫?まさか、あいつに触れられて、気分が悪くなった?」
「そんなことないよ。全然大丈夫」
夕日照らされる廊下、下駄箱に向かっている途中、ふと窓を見ると。
「え…………」
「なになに、外に何かあるの?あ、あいつと春野さんじゃん」
偶然にも手を握りながら走っていく二人の姿。
「噂があったけど、もしかして本当だったのかな?ねぇ、渚ちゃ…………渚ちゃん!?」
「ん?どうしたの?」
「え、いや…………なんか、怖いよ」
「そうかな?おかしいな…………あははははは」
「渚ちゃんが壊れた…………まぁそんなところもかわいいんだけど」
デレデレと口走る雫ちゃんの隣で、私は呼吸を整えた。
「雫ちゃん」
「ん?なに?」
「私ってかわいいよね?」
「すごくかわいいに決まってるじゃん。何言ってるの?ほら、”篠崎三大美少女”?って呼ばれるぐらいだし、ね」
雫ちゃんは濁すこともなく言い切った。
”篠崎三大美少女”、その言葉は入学して数週間後に知った言葉で男子生徒が自然と広めた言葉。
私と雫ちゃん、そして春野さんを含めた1学年の女子生徒を示し、男子生徒の中で盛り上がっているとか。
「私って胸大きいよね?」
「大きいよ!…………え」
雫ちゃんがピタッとその場で止まる。
「あ、いや、なんでもない。忘れて」
(私は何を考えているの)
早足になる私は恥ずかしそうに赤面する。
「ちょっと、渚ちゃん。待ってよ」
そんな私の後ろを早足で雫ちゃんは追いかけたのであった。
□■□
あれから2週間ほどが経った。
「千斗~~飲み物を所望する」
「はいはい、ご注文は?」
「思い出のココアで」
「思い出って、普通にココアでいいだろ」
「いやいや、思い出のココアだよ。友達になって2日目、初めて千斗の家に訪れて、初めて飲んだ千斗のココア!思い出のココアだよ」
無垢な笑顔で言い切る梓さんを見て、俺は思った。
過剰すぎるだろ、と。
友達になって2週間、梓さんの距離の縮め方に驚きつつも、自然と慣れていった。名前の呼び方も気づけば、くん付けがなくなり、最初はあった慎ましさもめっきりなくなった。
まるで我が家のように住み着いている彼女だが、これだけは何も変わっていなかった。
「早くこっちおいで、続きするよ」
「そうだな」
梓さんがここに来る理由なんて一つしかない、それはゲームだ。毎日、毎日、俺の家に来てはいろんなゲームで対戦したり、ゲーセンで変なアーケードゲームをやったりと勝ち負けを決めている。
今は俺が37勝で梓さんが38勝で現状、俺が負けている。
「なあ、梓さん」
「なに?」
「そろそろキノコスマッシャーじゃないゲームやらない?」
「別にいいけど…………」
ここ2週間、家ではずっと『キノコスマッシャー』というゲームをやり続け、気づけば勝ち続けていた俺がいつの間にか勝てなくなっていた。
もちろん、実力があると思うがそれでもゲームの適応能力と対策がガチだ。このまま対戦し続ければ、俺もさすがに勉強しないと勝てなくなる。
それに、まさかここまで『キノコスマッシャー』をやり続けるとも思わなかった。
ふつうはいろんなゲームをして遊ぶものだろ?でも、梓さんは違う。一度やり始めるとずっとやり続けるのだ。まさしく、やりこむプロできっと、俺に勝つためにいろいろ勉強もしているのだろう。
「これなんてどうだ?」
俺が持ってきたのは、タケノコレース、という少し前のレースゲームだ。
「いいけど…………」
「よし、なら早速やろう」
こうして、梓さんと”タケノコレース”をプレイすることになった。
30分後。
「うぅ…………勝てない」
「梓さんって結構、レースゲー苦手?」
「あんまりやったことがないだけ――――うん、帰ったら、早速練習しよ」
結果は俺の全勝。だが、それだけでここまで梓さんは悔しがらない。なぜこんなにも悔しがっているのか、それは順位にある。
当然ながら、俺は1位として問題は梓さんの順位だ。
なんと、11位。コンピューター相手に11位だ。さすがに俺もこの結果に驚きを隠せなかった。
「もうこんな時間か」
スマホで時計を見れば、もう7時半だった。
「そろそろ帰る用意しとけよ」
「わかってるよ」
「わかってないだろ。はぁ、ほら早く」
「わかったよ…………もう、千斗はもっと私と一緒にいたくないの?」
「その質問は困るんだが………夜道は危険だし、それに明日も学校だろうが」
まったく、梓さんは毎回、心にもないことを言う。もし、俺のような物わかりのいい陰キャボッチでなければ、勘違いをしているだろう。
なんとか、帰る準備をさせた。
「ほら、いくぞ」
「うん」
後は、こうして梓さんを家の近くまで送る。これが大体の流れで、今では当たり前。これはもはや、彼女を送る彼氏なのでは、とさえ思ったが、夢の見過ぎだなと、その考えを捨てた。
「それじゃあ、また明日」
「ああ、また明日な」
2週間、その間に俺と梓さんの距離はだいぶ縮まり、噂も気が付けば聞かなくなった。だが、問題は未だに梓さんに友達ができていないことだ。
「どうしたものか」
帰り道の途中、スマホが振動した。
「誰だろう?」
スマホを取り出し、確認してみると、画面には”渚”と映っていた。
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