第5話 梓さんと初めてのお昼ご飯
俺の高校生活において変化があった次の日、篠崎高校内で噂が広がっていた。その内容は言うまでもないだろう。
俺と春野梓の関係だ。
「さ、最悪だ」
俺は今、自身の席で顔を伏せ、周りの情報をシャットアウトしている。なぜ、こんな状況になっているのか、それは登校してすぐ、周りのひそひそ話から始まった。
教室に入ってみれば、周りから突き刺さる視線に、聞こえるか聞こえないか程度のひそひそ話。よく聞いてみれば。
「あいつがあの?」
「そうそう、あの春野さんと」
「うそっ!?」
「陰キャのくせに」
「でも意外………春野さんはそういうタイプが好きなのかも」
きっと、よからぬ噂が広まっているんだ。
「とにかく、今日は寝て過ごう、うん」
今にして思えば、噂になってしまうのはしょうがないことだ。
まったく接点のない俺と梓さんが一緒に帰ったんだぞ。もし俺が第三者視点なら噂に飛びつく。
そんな最悪な気分で始まった朝、なんとか放課は寝て過ごし、無事にお昼時間を迎えた。
「よし!」
俺は思いっきり、立ち上がり弁当箱を持って逃げるように教室を出ようとした。
その時だった。
教室の扉を急いで開けると、そこには。
「あ…………」
「せ、千斗くん」
梓さんがパンを片手にいつもの冷たい瞳で立っていた。
「い、一緒に、ご飯食べない?」
周りの目線が気になるのか、昨日のゲームをしている時の梓さんとは全然雰囲気も違ったが、すごくかっこよかった。
そんな彼女に見惚れてしまった俺はつい返事をしてしまった。
「は、はい」
「それじゃあ、いこう」
俺は手を引っ張られ、梓さんとお昼ご飯を食べることになったのであった。
篠崎学校での梓さんはまさしくイメージ通り、つんつんとしていて、誰も寄せ付けない狼みたいで、冷たくかっこいいという印象だった。
でもその裏の顔は。
「き、緊張したよ」
「俺も心臓が止まるかと思った」
普通のかわいい女の子だった。
人影もない校舎の裏、日差しもあってなぜか、ボロボロな机と椅子がある。
昔、何かに使われていたのだろう。
「さぁ、一緒にご飯食べよ」
「…………ほかの人たちにもそんな感じの態度をとれば、友達なんて簡単に出そうなんだけどな」
「え…………無理だよ」
「きっぱり、言うな」
本当に全然印象が違うのだ。
学校ではクールで誰も寄せ付けなくて、俺といるときは、逆に普通の女の子って感じで、本当に別人が目の前にいるみたいに感じている。
分けるのならツンツンモードと可愛いモードっと言ったところだ。
「それはそうと、早く食べよ。憧れてたんだ、高校の友達と一緒にお昼ご飯を食べるの。私、友達いないから、いつも一人でこっそりここで寂しく…………食べてるんだ」
表情を暗くなる梓さん。
ここに同志がいる。と言っても俺は一人がいいからボッチで食べているんだが、でも梓さんは違う。
「梓さんはパン一個で足りるのか?」
「え…………うん、足りるけど」
とパンの袋を開けてかぶりついた。
焼きそばパン一つで足りるってどんな食生活をしているんだ。
「千斗くんはお弁当?」
「うん、と言ってもほとんど冷凍食品だけどな」
「すごいな…………私、料理とか全然なんだ」
「きっとゲームに全部持ってかれてんだろうな」
「そうかも」
(冗談なつもりで言ったんだが、まぁいいか)
弁当箱を開けて、黙々とお昼ご飯を口に運ぶ。
「そうだ、千斗くん」
「なに?」
「一つ、相談があるんだけど、友達ってどうやって増やせばいいかな?」
その相談に俺はご飯を一口食べた後、言った。
「俺に聞くのは間違っているかと」
「えぇ!?」
「だって、俺も友達いないし」
「あ…………ご、ごめん」
悪気じゃないことはわかっている。でも少しだけ、ほんの少しだけ心がチクっとした。
「しかし、なんでそんな相談を俺にするんだよ」
「だって相談できるの、千斗くんだけだし、それにこれを機にもっと友達を作りろうと思って」
「なるほどな…………ごめん、力になれない」
「千斗くんが謝ることじゃないよ。むしろ、無神経だったというか、だから、友達止めないで」
顔を近づけながら、訴えてくる梓さんに千斗は体をのけぞった。
「止めないから、止めないから、近い」
「よかった…………」
元の位置に戻る梓さん、その距離の近さにドキドキが止まらない。
(梓さんってどうしてこんなに近いんだよ)
「そうだ、あともう一つ、今日も家に行っていい?」
「ぶぅ――――!!え、え!?なんで?」
「リベンジマッチ」
当然かのように言う梓さんはキリッとしている。
別に今日も特に用事はないし、別にいいのだが問題は今、俺たちが目立っていることだ。ただでさえ、お昼ご飯での会話もみんなに聞かれ、今頃、全生徒にいきわたっていることだろうし。
なら、せめて現地で集合するのがこれ以上、噂を広めないのが得策だ。
「別にいいけど、現地集合にしないか?」
「え…………一緒に行かないの?」
もしかして、梓さんは気づいていないのか。
「実はちょっと――――」
そこで俺は言うの止めた。
(いや、待てよ。むしろ、ここで友達です、と見せたほうが噂は立たないのでは?下手に隠せば、余計な噂が立つとも言うし)
そう思った千斗は、即座に言い直した。
「いや、やっぱ今のなし。一緒に行こう」
「やった♪」
梓さんは静かに笑った。
「その笑顔が人前でできれば、絶対友達出来るぞ」
「出来たら苦労しないよ。それに…………今日なんて昨日以上に話しかけられて、心臓バクバクだったもん。なんでみんな、あんなに話しかけてきたんだろう。内容は覚えてないけど」
なんとなく、内容を察した。
(てか、俺は今、梓さんと一緒にご飯を食べているんだよな)
春野梓さんは篠崎三大美少女なんて呼ばれている高嶺の花だ。陰の世界で生きる俺みたいなやつが本来、会話をすることすらおこがましいのだが、現実として俺は今、一緒にお昼を共にして会話をしている。
いい夢ならとっくに冷めているだろうし、これは現実だ。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさま」
ご飯を食べ終えた俺と梓さん。
「教室に戻るか」
「そうだね」
こうして、お昼ご飯を食べ終えた俺と梓は、教室に向かい、途中で手を振って分かれたのであった。
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