第3話 春野梓が家に来る
これはいったい、どういう状況なんだ。
変な噂が立たないよう早めに話を切り上げ、帰ろうとしたのに、なぜか俺は春野さんに右手をつかまれている。
「どこって、家にかな?」
「私も行く」
「そうか…………えぇ!?」
その驚きに便乗するように周りの男子生徒たちも「えぇ!?」と声を上げた。
「ど、どうして?」
「だって…………私たち」
ほほを赤らめながら恥ずかしそうに視線を外した。
(やめてくれ、なんだその反応は)
俺はそっと周りの視線に目を向けた。すると、男子生徒たちの熱い眼がこっちに向けられた。
「そもそも、これが初めましてだと思うんだけど?」
「え…………初めてじゃないよ。だって昨日の夜、会ったじゃん」
その言葉に周りの男子生徒は「昨日!?しかも夜!?」と声を上げた。
(いやいや、全然覚えがないんですけど!?)
「誰かさんと間違えてませんか?」
「むぅ…………それじゃあ、これならどう?」
春野さんはバックを開けて、その中から黒キャップを取り出し、目深く被った。
「「「か、かわいい」」」
その姿に男子生徒全員が同じ感想を抱く中で、俺だけは違った。
「う、噓だろ」
この状況できっと心臓バクバクなのは俺だけだろう。だって、目の前には昨日ゲーセンで熱い対戦を繰り広げた黒キャップの女の子がいるのだから。
(まさか、あの女の子が春野さん!?だとしても、どうして俺のこと…………あ、そういえば、名前と苗字聞かれたっけ)
「これで分かった?」
「いや、まぁうん」
「それじゃあ、一緒に千斗くんの家にいこう」
「だから、なんで!?」
春野さんがどうして俺を知ってて、話しかけたのかは理解できる。でも、そこからどうして一緒に家に行く流れるになるのか、頭が混乱した。
「ダメ?」
「いやいや、異性同士はダメだろ」
「え!?」
驚愕の表情を浮かべる春野さんは悲しそうに俯いた。
「ダメなの?」
「あ、いや…………その」
恋愛経験ゼロ、恋すらまともにしたこともなく女の子とも、幼馴染以外、全く話したことのない俺が、この状況でどうすればいいのか。
周りの目線は「春野さんを泣かせた?」「あいつ、何してんの?」、みたいな殺気に近い視線を向けられる。
きっぱり断ってここから去るか、春野さんを受け入れるか、どっちに転んでも地獄なのは間違いない。
(ならここは傷が浅いほうを選ぶべきだ!よし!)
俺は自分を落ち着かせながら口を開いた。
「わ、わかった!とりあえず、歩きながら話さない?」
「千斗くんがそういうなら、わかった」
あら、意外と素直に。
「それじゃあ、一緒に帰ろう」
「え、ちょっと」
春野さんは引き寄せるように腕を組み、一緒に正門を出たのであった。
□■□
(さてと、どうしたものか)
とりあえず、歩きながら話す名目であの場を抜け出せた。
だが、これ以上春野さんと仲良くしたら、男子生徒たち、とくにカーストトップたちにどんな矛先を向けられるか、想像するだけでぞっとしてしまう。
「千斗くんが一緒の学校に通っているなんて思わなかった」
「はは…………俺もだよ」
本当に今でも夢じゃないかって疑っているぐらいだ。
(それにしても一体、俺たちはどこに向かっているんだろう)
腕を組まれながら、ただ春野さんに連れまわされている現状、周りを見る感じ見覚えのあるお店がある。
「あの春野さん」
「…………」
「春野さん?」
ピタッと足を止めた。
「千斗くん…………春野さんじゃなくて、普通に梓って呼んでほしいな」
「え…………それはちょっとハードが高いというか」
「千斗くん…………」
「わかった。…………あ、あず、梓さんで勘弁してください」
さすがに陰キャボッチの俺がいきなり呼び捨てはハードが高すぎる。
「まぁ、うん。たしかに…………いきなり名前呼びは距離の詰めすぎか、うん」
ひとりでに納得している様子を見せる春野さん。
(女の子ってよくわからん)
「それで、は…………梓さん、俺たちはいったいどこに向かってるんだ?」
「千斗くんの家…………」
「へぇ…………え!?」
「ついたよ」
「ついたよって…………本当に着いた」
パッと、横を見ればいつも見るマンションの前。
どうして、俺が住んでいるマンションを梓さんが知っているのか、疑問に思った。
「ど、どうして俺の家を」
「あの後、色々調べて特定した。どうやって調べたかは、ひ・み・つ♪」
「いやいや、どうやったか、詳しく聞きたいんだが!?」
「さぁ、千斗くん、行こうか」
「行こうか、じゃないよ!」
「早く案内して」
ニッコリとした笑顔を表情を浮かべる梓さんに少しだけ恐怖を覚えた。
「わ、わかったよ」
これ以上は何も聞かないことにした。だってきっと聞いても答えてくれないと思ったし、それに悪い人ではないのもたしかだからだ。
結局、俺は梓さんを家に上げることにし、マンション5階の502号室、玄関の扉を開けた。
「こ、これが千斗くんの…………」
梓さんの目が輝いている。一体、なぜ?別に目に留まるものはないと思うが。
興味津々にいろいろ見あさる梓さんをリビングに案内した。
「ここでいつも千斗くんは…………」
「適当に座ってくれていいよ?何か飲みたい飲み物とかある?」
「え…………ココア?」
「わかった」
キッチンでココアパウダーとミルクを用意し、コップを棚から取り出し、ココアを作り始める。
(そういえば、女子というか人を家に上げるのって初めてじゃないか?…………って俺は今、女の子を家に上げたのか。さっきまで異性とはダメとか言ってたのに…………まあ、もう手遅れか)
すべてが遅い現状、すべてを受け入れ、ココアを作り終えた俺はソファーでそわそわしている梓さんに。
「はい、ココア」
「ありがとう」
「どういたしまして」
梓さんはふぅふぅしながらココアを一口飲むと、「お、おいしい」と声を漏らした。
よかった、口にあったみたいだ。
内心ほっとした俺はお茶を一口飲んだ。
「それで、梓さん」
「なに?」
「その…………何しに?」
俺の家に来たのはいいだが、梓さんがわざわざ来た理由がわからない。いや、そもそもどうしてこんな状況に。
「それはもちろん、決まってる」
「うん?」
「ゲームをしにきた。それ以外に理由ある?」
「…………なるほどな」
思い出した。梓さんは昨日、ゲーセンの格闘ゲームで俺と白熱した対戦を繰り広げたゲーマーだ。それはつまり、彼女も生粋のゲーム好きということ。
なるほど、わかったぞ。梓さんが俺を尋ねに来た理由。
「リベンジってわけか、いいぞ。何のゲームにする?基本、ゲーム機やソフトは揃ってるし、別に今からゲーセンでも…………」
俺の家には大人気ゲームからマイナーなゲームまですべてそろっている。つまり、ゲームするうえで最高の環境といえるし近くにゲーセンもある。
戦いは万全だ。
「…………千斗くん、これ」
「うん?」
梓さんがバックから取り出したのは、「キノコスマッシャー」という最近は流行っている対人ゲームだった。
「千斗くんなら、これもいけると思って持ってきた」
「いいぞ、じゃあ、それで勝負だ」
俺は梓さんが持ってきたソフトをゲーム機に差し込み、ゲーセンでの格闘ゲームとはまた違うゲームでのリベンジマッチが始まったのだった。
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