第2話 春野梓と対面する

 篠崎高等学校、都心部に位置する名門高校の一つ。偏差値65以上で、俺が入試を受けたときは倍率50倍と50人に一人が合格できるというレベルだった。


 そんな高校だからこそ、いじめもなく普通に楽しい高校生ライフが送れる、というわけでもなくて、ボッチの俺にとっては眩しい世界だ。



 次の日の朝、身支度を整え、マンションから篠崎高等学校へと向かう。



 一人暮らしを始めて2か月、ゲーセンでは、まあ有名になった俺が部活動にいそしむわけもなく、友達ができるわけもなく、ボッチ高校生ライフを過ごしている。


 同情はいらない。俺はこの生活に満足しているのだから。


 普段通り一人で登校すると、正門あたりで生徒たちの人だかりが見える。



「今日も盛り上がってるな…………」



 篠崎高等学校にはと呼ばれる3人の美少女がいる。



「みんな、おはよう。今日もいい天気だね」

「また、渚が愛想振りまいている。何がしたいの?」

「ただ、私はみんなに挨拶してるだけなんだけど、雫ちゃん」



 夏川渚なつかわなぎさ、1年3組の優等生で、きれいに整えられたウルフカットの髪形に、鮮やかな青色が入った艶やかな髪、間違いなくどの男子をも釘付けにする容姿だ。


 その隣を歩く女子が秋藤雫あきとうしずく、1年3組の体育系女子で、茶髪のポニーテールが特徴だ。常に渚と一緒に行動している印象で、よくペットみたいといじられている。



「その笑顔…………素敵だけど、男子には毒だよ」

「毒?」

「いや、渚は何も知らなくていいよ」



 二人とも容姿端麗で、誰もが彼女にしたいと一度は思う。まさしく、高嶺の花だ。



「人気者も大変だな」



 遠い目で二人の様子を覗く俺は避けるように下駄箱に向かおうとした時だった。


 ”篠崎三大美少女”の呼ばれている最後の一人が俺の横を通り過ぎる。



「おお!」

「美しい!!」

「まるで、一切揺らめかないお姫様みたいだ」



 黒髪の耳かけショートカットに整った容姿、首にかけているヘッドホンが特徴で話しかければ冷たい瞳で睨まれる、それが1年2組の春野梓はるのあずさだ。



「あ、あの春野さん」


「なに?」


「いえ、なんでもありません」



 一人の男子生徒が勇気を振り絞って話しかけるも定番の睨みにお怖気じげづき、寂しく背を向けた。その勇気にほかの男子生徒たちが称え、励ました。



「変なの…………」



 俺は自分の教室、1年3組の教室へと向かった。




 教室に着き、自分の席に座ると、同じクラスの春野さんを中心にカーストトップの男子生徒たちが談笑していた。


 これぞ、ボッチが負う試練、ボッチにとって周りの人たちの談笑は苦痛に等しい。想像してみてほしい、もし自分のすぐ隣の席で楽しく会話していたら。相手は気にしていないかもしれないがボッチにとっては何とも言えない気まずさを感じるはずだ。


 俺は運良くも右端の席というボッチの特等席、その気まずさは緩和されている。



「今日の帰り、カラオケいこうぜ」

「いいな、それ!渚ちゃんたちも来るだろ?」

「別にいいけど…………」

「また、カラオケ?そんなに好きなの?」

「雫ちゃんは聞きたいくないのかよ、渚ちゃんの美声を」

「それはもちろん、毎日、聞きたいけど。でもさすがに行き過ぎ!たまにはおいしいスイーツを食べに行くってのはどう?」



 繰り広げられるカーストトップたちの会話に俺は耳を傾けていた。


 ボッチは基本暇だ。友達がいないので会話する相手もいないし、話しかけられることもない。なら、やるとすれば授業中にこっそりゲームをするか、談笑を盗み聞ぎするか、読書、寝る、ぐらいだ。


 談笑を盗み聞きしているとチャイムが鳴り朝礼が始まる。



「みんなさん、おっは――!みんなのアイドルであり、担任の美咲先生だよ!」



 元気たっぷりの美咲先生のあいさつにみんなが挨拶をした。


 これぞ、1年3組の担任、美咲先生。言葉の通り、少し痛い部分があるが生徒の信頼が厚く、頼りにされている先生だ。



「それじゃあ、今日も頑張っていきましょうね!」



 授業が始まり、俺は淡々とボッチ高校生ライフを過ごす。


 1限目を終えた後の10分休憩は一人で寝て、2限目も同じ。そんなことを繰り返してようやく、お昼時間を迎えた。


 カーストトップの人たちはもちろん、教室で机を囲み、談笑しながらお昼ご飯を食べる。なら、ボッチは?それはもちろん、決まっている。



「ここ、こそが、ボッチの聖域だな」



 俺は今屋上にいる。


 本来なら入れない屋上、だが実際は入らないでくださいと看板が立てらているだけで扉は開いている。



「我ながら、最高の場所を見つけてしまったな」



 ボッチがご飯を食べられる場所と言ったら、もちろん教室内はありえない。食堂もナンセンスだし、やっぱり男子トイレか誰も通らない物陰、もしくはこの屋上だ。



「それじゃあ、いただきます」



 手を合わせた後、お弁当箱を開き、ぼっち飯を堪能した。


 お昼ご飯を食べ終えたと俺は空気のようにしれっと自分の席に座る。ボッチたるもの、目立たないように戻るべしってね。


 余った昼時間、俺は頭の中で、何のゲームをやるか、もしくはまたゲーセン格闘ゲームをやるか、などを考えていると、5時間目が始まった。


 授業難易度はまだ1年生ということもあり、そこそこと言った感じで正直眠くはなるが、暇つぶしにはちょうどいいといった感想だ。



「今日もみんなお疲れ様で~~す!」



 授業が終わり、元気で笑顔な美咲先生が教室に姿を見せる。


 そんな感じです無事に高校生ライフの1日が終わった。



「ふぅ…………やっと帰れる」



 ボッチとはいえ、この環境で過ごすのは多少なりストレスがたまるものだ。


 俺は最低限持ち帰る教材だけをバックに詰め、教室から出ようと扉を開ける。



「きゃ!?」



 驚いたのかのように後ろに後ずさり、尻もちをつく女子生徒、どうやら入るタイミングと出るタイミングが重なったようだった。



「す、すいません…………て、え」


「いてて…………ご、ごめんなさい」



 俺は思わず、目を点にしてしまった。だって、目の前にいるのは1年2組の篠崎三大美少女の春野梓さんだったからだ。


(これはどうしたものか)


 とりあえず、俺は手を伸ばし、軽く引っ張り上げた。



「あ、ありがとう」


「あ、うん」



 周りから突き刺さる男子生徒の視線、これ以上春野さんと話すのは後々厄介だ。


 ここは思いきって。



「それじゃあ、俺はこれで」



 会話を切り、早足で春野さんの横を通り過ぎようとしたとき。



「待って、千斗くん」



 右手をつかまれた。



「どこに行くの?」



 その言葉に周りの男子生徒たちは「えーーーー!」と声を上げるのであった。


 いや、俺も同じリアクションです。

 

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