新作即興小説

12 体は朽ちても、心はアナタの元へ

お題:体は朽ちても、心はアナタの元へ

必須要素:煙草

制限時間:30分





ベランダに出て煙草を吸うようになったのは、煙草嫌いの君の影響だった。

何度も煙草をやめろと言われたのに、俺はちっともやめる気にはなれなくて、折衷案として許してもらえたのがベランダで煙草を吸うことだった。

でも、いつからか君は煙草を吸う俺の隣でウイスキーを飲むようになって、煙草嫌いなんじゃないの、と聞いたら笑って言ったっけ。


「君が吸ってる煙草の匂い、覚えちゃったんだよね。他の誰かが吸っていても君を思い出しちゃうくらいにはもう身近な匂いになっちゃった」


君はいつでも俺の後についてきて、後ろから抱きついては俺の匂いを嗅ぐから、犬みたいだなんて笑って怒られたこともあったな。

帰ってきた君は、俺の言葉を聞いたらなんて言うんだろう。

きっと泣くんだろうな、そう思いながら話したら、やっぱり君は涙を一杯に溜めていた。


「嘘、だよね?」

「こんなの冗談で言うかよ」

「別れるなんて嫌だよ、俺」

「俺の気持ちはもう決まってるんだよ」


半ば振り切るようにして家を出たけど、行く当てもなくて近くの公園に向かった。

日中堂々と手をつないで歩くなんて恥ずかしいから、こっそり夜中に家を抜け出して、この公園でささやかなデートを繰り返したっけ。

家にいても、家を出ても、君と一緒に過ごした思い出ばかりで少しも忘れさせてはくれないんだ。

もしあの時君が言うように煙草を辞められていたら、もっと長い間君の隣で生きていられたんだろうか。

今更後悔したって、もう俺の時間は少ししか残されていないのに。

こんな事態になったとしても、口寂しくて煙草に手を伸ばしてしまうのだから救えない。


「やっぱりここにいたんだ」

「俺、帰らないよ」

「帰っておいでよ。急に別れ話するなんて、何かあったとしか思えない」

「…それは」

「俺は覚悟、できてるよ」


彼の右手には、昨日届いたばかりの俺の人間ドックの結果表が握られていた。

今日病院に行って精密検査をした結果、俺に残された時間は僅かだと知ってしまった。

その僅かな時間に君を縛り付けるなんて、俺にはできないと思ってしまったんだよ。


「ねえ、ちゃんと治療受けよう」

「治療を受けたとしたって、俺に残された時間は少ないよ」

「俺は絶対に治るって信じてるよ」


嗚呼、俺が思っているより何倍も、君は強い人間だった。

さっきまできっと家で泣いていたくせに、目の周りに擦った跡がはっきり残っているくせに、俺の前じゃ泣かないと決めているのかまっすぐに目を見て逸らそうともしない。


「やっと君の隣にいられるようになったのに、簡単に手を放すなんてできっこないじゃん」

「…いいのか。後悔するかもしれない」

「後悔なんてしないよ」


君はそう言って、俺の隣に腰をおろした。

俺の残り僅かな時間に、君を縛り付けてしまっていいのだろうか。

そんな迷いを吹き飛ばすかのように、君は明るい笑顔で俺の手を握る。

3ヶ月後、俺がもし本当にいなくなってしまっても、体がもし朽ちてしまったとしても、心はずっと君だけを想っている。

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即興小説集 柊 奏汰 @kanata-h370

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