2 君と見たい景色

過去に書いていたものの再掲。

お題:限りなく透明に近い小雨

必須要素:沖縄

制限時間:30分



今日は、雲一つないきれいな青空だ。

都会の喧騒から離れ、南国の雰囲気漂う空港に降り立つと、本来ならば隣に立っていたであろう彼の姿を思い浮かべる。

一緒に来たがっていた、初めての2人きりの沖縄旅行。

彼は今、きっと機械だらけの真っ白の病室で、俺からの連絡を待っていることだろう。


急に起こった不慮の事故。

特段命に別状は無いと診断されたが、退院まではまだまだ時間が掛かるらしい。

一緒に行きたいからキャンセルしたい、という俺の意見には耳を貸してくれず、せめて景色だけでも共有できればいいからと、彼の我儘に押されるまま、一人で沖縄までやってきてしまった。


『着いたよ』


簡単なLINEを送ればすぐに返信は返ってきて、『そっちの空港の様子が見たい』と写真を送るように催促される。

俺も当然そのつもりで、空港内の全体やら鉢植えの南国風の花やら、更には自動販売機で見つけた沖縄限定の珍しいドリンクなんかも写真に撮って、次々にLINEのアルバムへ送った。

そうしていれば不意にスマホが振動して、彼から電話が掛かってきたことに気付く。


「…もしもし?」

『はは、写真見てたら声が聞きたくなっちゃった』

「だから次の機会に一緒に行けばいいって言ったのに」

『それはそうだけど…次がいつになるか、分からないから』


少し悲しそうに笑った声、彼が今どんな顔をしているか、声を聴いただけで分かってしまう。

俺たちは同姓で、住んでいる地元じゃあゆっくりデートなんてできなくて。

お互いの仕事のリズムも休日もバラバラで、すれ違ってばかりだったから、どうしても一緒に旅行がしたくて何とか休みを合わせて計画していたのが今回の沖縄旅行だった。

次に一緒に行けるとすれば、彼の怪我が治ってから。

そして、仕事に復帰したあとでまた、まとまった休日を合わせなければならない。


「…分かってるよ。ちゃんと次来た時に迷わず行けるように、色々な観光地をリサーチしてくるから」

『うん、ありがとう』

「で、特に見てきて欲しいもの、何だったっけ」

『んーとね、まずは美味しいソーキそばのお店でしょ。あとは海が綺麗に見えるところに行きたいなぁ。あ、あと美ら海水族館も行きたいし』


忘れないようにメモを取りながら、ちょっと待て、と言葉を遮る。

…水族館は流石に一人じゃ行けないだろ。


「その水族館、中にも入れってことか?」

『あっ、そうだよね、それは一緒に行ったときに入らなきゃ』


彼も今気付いたようで、二人して笑いあう。

それからしばらく話してから、また写真を送ることを約束して通話を切った。

とりあえずホテルにチェックインして荷物を置いてから出かけようと、予約していた空港近くのホテルへと向かう。

ギリギリだったから飛行機はキャンセルできたが、ホテルはダブルの部屋を取ってしまっていた。

他の部屋を予約することができなかったため、今回はダブルの部屋に1人で宿泊することになる。


「あー、やっぱ広いな」


折角の旅行だからと奮発していい部屋を予約していたからか、思っていたより部屋もベッドも広い。

ここに一人で泊まるとなると、少し部屋が大きすぎるように感じて、嫌でも彼が一緒に来ることができなかったことや、一人であることを痛感させられてしまう。


「…だめだ、外に出よう」


ここにいては感傷に浸ってしまうし、何より彼も楽しめるように、たくさん写真を撮って送ってやらなければいけない。

外に出ると、さっきまでは雲一つない青空だったはずが、俺の心を表すかのような、微かな小雨が降っていた。

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