第43話 確認
真由?
廊下を曲がったところで、ぶつかりそうになった。
「ごめん、大丈夫?」
そういうと、手を引っ張られて、廊下の出っ張りの影に引き込まれる。そして口に人差し指を立ててしーっという合図をする。
わたしは、意味がわからないながらも頷いた。
「あんな服着て、あれで視聴者集めようとしているのバレバレじゃんねー」
「スカウトされて勘違いしちゃったんじゃないの?」
反射的に真由を見る。真由のこと言ってんの? あの配信のこと言ってんの?
わたしが一言いってやろうと出ようとすると、肩を持って止められる。首を横に振る。
どうして?
彼女たちが行ってしまうと、真由は静かに言った。
「優梨は変わらないね」
「……大丈夫?」
真由の様子からいって、彼女たちは普段仲良くしている子たちじゃないかなと思う。
そんな友達にそんな言われ方をするのは辛い。
「レンジャー配信のことでいろいろ言われてるの。わかってたから大丈夫。あんな服自分で着るわけない。プロダクションの意向に決まってんじゃない!」
やっぱり、真由のチョイスじゃなかったんだね。
「うん、あれは真由のセンスじゃない」
そう相槌を打つ。
真由が少し微笑んだ。
「優梨も見てくれたんだ?」
「うん。確かにセクシーだったけど、かわいかったよ。それに、内容は真面目で、新人レンジャーに興味深かった」
真由はわたしを窺ってから、寂しそうな顔をした。
「優梨は、いつだって、いい子ちゃんだよねー」
………………………………。
「あたしは大丈夫。じゃあね」
ひらりと身を翻す。
……いい子ちゃん、か。
それはよく言われたことだった。
わたしは自分がいい子ちゃんだとは思わない。けれど、そう言われる。
わたしのわからないところがいい子ちゃんに思えるのだろうから、直しようがないのだ。
それから何度か一人で行動する真由を目撃した。
その日の放課後も健ちゃんと帰ろうとして、真由がひとりで中庭の方へ向かっているのが見えた。
「どした?」
帰り道で足を止めると、健ちゃんから問われる。
「……真由が」
「真由?」
ふっと振り返った健ちゃんの目が真面目になって、わたしにヘルメットを投げた。
「ちょっと、ここにいろ」
え、ここに?
健ちゃんが駆け出す。
わたしは荷物を乗せ込んだセイバーの隣で健ちゃんの背中を見送る。
真由を追ってった?
え、え、え。
少しの間茫然としていたが。うーーー、気になる。
セイバーを横に寄せて、荷物を持つ。ヘルメットはタンクに入れ直した。
そして健ちゃんたちが走っていた方向に駆け出した。
ビクッとする。ネクタイの色が先輩だ。
5人、向こうから歩いてくる。喧嘩をした後、みたいな感じ。
「なんだよありゃ」
「ナイト気取りなんだろ」
「くっそー」
息巻いている先輩たちの、その横を通りすぎる。
心臓がドクドクと波打った。
あ。
一歩、二歩と後ずさる。
決定的だ。
頭から映像が離れない。
「参ったなー」
呟いていた。
自分の恋心を再確認してすぐに、失恋するなんて……。
やっぱり、わたしっておじゃま虫だったんだ。
健ちゃんの胸で泣いていた真由。
それは美しい1枚の絵画みたいで、わたしの心に残った。
ケータイが鳴る。
あ、ケータイ。慌てて、場所を探る。鞄に入れたんだっけ。
接続すれば、焦ったような声がする。
「おい、優梨、お前どこいんだよ?」
健ちゃんだ。
どこって……。
あれ、ここどこだ?
「ずっと電話してたんだぞ? 学校にはいないし。で、どこだ?」
「あ、ごめん。どこだろ、ここ。ごめん、今日は歩いて帰るね」
そう言ってケータイを切る。
ぼーっと歩いていたみたいだ。
学校の最寄駅の近くの商店街、かな。
駅を見つけたので、電車に乗る。
電車に乗ると回り込むことになるので、物凄い遠回りになる。
なるべく考えないようにした。
家の最寄駅について改札を出ると、セイバーを持った健ちゃんがいた。
頬が赤く少し腫れている。
「顔、どうしたの?」
「ちょっとな。お前こそ、どうしたんだよ?」
手を伸ばすと払われる。
「……健ちゃん、確認ね」
「ん? ああ」
「レンジャーの相棒は、わたしだよね?」
「優梨以外に誰がいんだよ?」
じゃあ、このままでいいのかな?
おじゃま虫だけど、レンジャーの時は一緒にいていいのかな?
「お前さ、少しの間、真由に近くのやめとけ」
「え? ……なんで?」
健ちゃんは大きくため息をついた。
「配信の時の、その……真由の感じで、イケイケっていうか真由を勘違いしてる奴がいて、学校で近づいてくるのがいるみたいなんだよ」
「え、そうなの?」
健ちゃんは嫌なものを見てしまったような顔をしている。
「あぶねーから、お前は寄るなよ」
「お前は?」
「そうだ。お前がいくら強くなったって言ったって魔物相手にだろ? お前まで絡まれたらどうすんだ。だから近寄るなよ」
「……さっき」
「ああ。変なのが真由の後ろついてったから。案の定絡まれてた。ひとりにならないように言っといたけど」
怒ってはないみたいだ。配信見たときは、あの衣装に腹を立てているように見えたけど……。
「やりたいことを懸命にやってるのに、変なふうに受け取られるのってキツイよな」
素朴な呟きは、心からそう思っているように聞こえた。
わたしは聞きたいことも、言いたいこともあったけれど、その呟きがなぜか心地良くて、健ちゃんをぼーっと見上げていた。
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