第42話 説得と覚悟
「なんかあったのか?」
ヘルメットを取っていると、健ちゃんから尋ねられる。
「お母さんが、夏休みごろ帰ってくるって」
「……そっか、よかったじゃんか」
「うん、おばあちゃんが良くなったのはよかったんだけどね。お姉ちゃんのことがバレる。ダンジョンも知ったら卒倒するだろうな」
プペのことだって、どう反応するかわからない。
お母さんはまだしも、絶対お父さんに知らせて、お父さんは引っ越すか、ダンジョンを国に売るかするだろう。
レンジャーになったこともバレたら、お父さんから怒られて、やめろと言われることだろう。
ダンジョンはドキドキするし、魔物と対峙するのは弱いのとでもやっぱり怖い。でもわたしは〝今〟がとても楽しい。
成績が悪くなって、何してるって話にならないように、学校の勉強も頑張った。
そう、ちゃんと頑張ったんだ、わたし。
今の生活を失くしたくなかったから。
でもそれが、幕を閉じちゃう。
「ウチダンジョンがなくなっても、アキバに潜ればいいだろ?」
健ちゃんもはっきりは言わないけど、ウチの家族がウチダンジョンを認めないだろうと思っているんだね。
「レンジャー自体も止められる気がする」
健ちゃんがわたしのヘルメットを受け取って、前のタンクの中へと入れた。
「健、はよー」
健ちゃんのセイバーの隣にバイクを止めた子が挨拶をする。
健ちゃんが腕時計を見る。
「お前が1限から来るなんて珍しいな」
「だろ。目が覚めちゃってさ。仕方ないから来たんだけど」
と言ってわたしに視線を移す。
「優梨ちゃん、だっけ? お前たちって付き合ってんの?」
「ばか、そんなんじゃねーよ。ほら、教室行くぞ」
健ちゃんはクラスメイトの頭を抱え込んで歩き出す。
そんなんじゃない、か。
そりゃそうだよね。
せっかくなれた相棒も、レンジャーを止められたら、解消することになる。
「参ったなー」
「何が参ったの?」
ひとり言を拾われて驚く。同じ中学出身の高橋君だった。とても背が高い子だ。
「おはよう」
「おはよ。何が参ったの?」
うやむやにできるかと思ったけど、挨拶ぐらいじゃ無理か。
「続けたいことがあるんだけど、反対されそうで」
「説得すればいいじゃん」
「説得?」
「そ、説得できないんだったら」
「説得できないんだったら?」
「自分にそこまでの覚悟がないってこと」
「……高橋君って、潔いんだね」
「うん、そーありたいかな」
高橋君はほっぺの辺りを指で掻いている。
「相原は高田とつるまなくなったんだな」
「……クラス違っちゃったから」
言い訳のようにいうと高橋君は苦笑いしている。
「いろんなヤツと仲良くなるのもいいんじゃん? 相原は高田にべったりだったからな。今は誰とでも話すようになったみたいだけど」
確かに、真由にべったりで、あまり他の子と話さなかったかもなと思い出す。
「うん、今の方がいいよ。で、聞こえちゃったんだけど、相原って加藤と付き合ってないの?」
「うん、聞こえてたんでしょ? 付き合ってないよ」
「じゃあ、俺、立候補しようかな。考えといてよ」
そう言って、じゃっと駆けて行った。
茫然と後ろ姿を見送る。耳の後ろが微かに赤くなっていた。
え、嘘。今のって……そういうこと?
え、ええ、えっ。考えといてって考えといてって。
「優梨?」
健ちゃんが戻ってきた。驚きすぎて止まっちゃってたから。
「お前、顔赤いぞ。熱?」
「あ、ううん、なんでもない」
「うん」
健ちゃんは心配そうな顔でわたしを見ていた。
わたしはホームルームの前にトイレに駆け込んだ。
ずっとドキドキしっぱなしだった胸を押さえる。
個室の中で、熱くなった頬を押さえた。
耐性ないから。
ドギマギした。
わたしを見てくれた人がいるって、すごいことだ。
高橋君ってハッキリキッパリした人だったんだな。
どんな人かと思い出そうとすると、背の高い印象と……それしかなかった。
接点なかったもんなー。
そう思ってから我に返る。接点ないなんて逃げ言葉。わたし真由と健ちゃん以外、ほとんど接点なかったわ……。
わたしの世界はそれだけでできていた。
今、真由とクラスが別れ、そして距離を持ったことは、わたしにとって良いことだったんだろうと思う。
いろんな人と接点を持ちたいと思った。
わたし、高橋君のこと何も知らないし。
だけど、降りてきた〝答え〟がある。
付き合ってないし、健ちゃんのベクトルは誰かに向いているのだとしても、わたしは健ちゃんが好きだ。
高橋君に説得してみればと言われて、考えていた。
どうすれば、レンジャーを続けることを説得できるだろうかと。
そしてレンジャーを続けたいのは、……健ちゃんの相棒でいたいからだ。一緒にいたいからだ。そうわかった時に、高橋君に考えておいてと言われた。
あーあ、わたしタイミング悪いな。
気づかなければ、初彼ができたかもしれないのに。
でも、気づいちゃったから。
わたしが説得するのに力を尽くすと思ったのは、ひとえに、ただ健ちゃんと一緒にいたいからだ。レンジャーの相棒という大義でね。
でも、わたしに興味を持ってくれた人がいることはとても嬉しかった。
自分の気持ちに向き合ってから出ていくと、少し離れた廊下で健ちゃんが待ち構えていた。
「優梨!」
「え、どうしたの?」
「具合悪いんだろ? 保健室行くか?」
あ。心配して待っててくれてたんだ。
やっぱり、健ちゃん好きだなーと思った。
「健ちゃん」
「ん? 保健室か?」
「ううん、そうじゃなくて。わたし説得する」
「説得?」
「うん。おばあちゃんのポーションのために、ウチダンジョンが必要なことも
ちゃんと説明するし、もっと強くなってレンジャーで生きていけるって証明する。お母さんが帰ってくるまでに」
「夏休みまで、あとひと月もないじゃん」
「うん、でも覚悟を決めた」
「覚悟?」
「うん。わたし相棒でいたいから」
健ちゃんは少しだけ目を大きくして
「おう」
と言った。
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