第38話 進捗47%

「貸せ」


「え?」


「階段、危ないだろ。持つよ」


 健ちゃんが炊飯器を持ってくれた。

 最初に見たときは、やめとけと言ったのに。

 優しいなぁ。

 でも中身はにんじんとゴボウの炊き込みご飯を仕込んでいる、健ちゃんの好きなやつだよ。



『ようこそ、ローストダンジョンへ。健太、優梨、また会えて嬉しいです。プペもですよ』


「プーぺ」


「あーなんか聞こえるけど、やっぱり、ちゃんとわからない」


「最初の時はもっと単語がはっきり聞こえたのにな」


 最初は聞き取れる単語がいくつかあったんだけど、今はわかりにくい。


『それはこちらのものではない言語でしたが、こちらの固有名詞を口にしたからでしょう。現在、言語相互理解の進捗47%です。100%になった時に、しっかりお話できますね。会話がミッションとのことなので、私は練習しております。成果を見せられるその時が待ち遠しいです』


「このダンジョンが特別、か」


『健太! できる男ですね。気付いちゃいましたか! ええ、このダンジョンは特別ですよぉ。異界に渡ってしまったのを知り青くなりましたが、この世界の生き物に知能があってよかったです。いやー、おじさんから聞いたんですけど、〝微生物〟しかいない異界渡りしちゃって大変な目にあったダンジョンもいるらしいんですよ。エナジーを溜めるのに時間がかかったとか』


「他のダンジョンと何が違うんだろうね?」


『ふふふ、知りたいですか? 他は異界に渡った時に核が破壊されたのでしょう。ここは界渡りを推奨していない世界のようですからねぇ。先に来ていた先輩たちがいると思ったのに、情報を何も得られなくてがっかりです』


「優梨、ここに置いていいか?」


 枝分かれする道の前のちょっとした広くなったところ。その端に健ちゃんが炊飯器を置こうとしている。


『そうだ、今日は配信しますか?』


「うん」


『かしこまりました』


 急にビューンと音がした。

 あ、ドローンさん。健ちゃんと顔を見合わせる。

 また勝手にボタンが青くなっている。


「ドローンさん、今までどこにいたの? 探したのに、いなくてさー」


 健ちゃんにドローンさんを探したけれど、どこにもなかったことを打ち明ける。

 健ちゃんは思案顔をしたけれど、健ちゃんだってわからないよね?



《やったー! 待ってました、謎配信!》

《一番じゃなかった。始まったばっかりですよね?》

《多分、そうだと思います》

《あれ、クマちゃんが持ってるのって……》

《頭がバグるんだけど》

《やっぱりどう見ても、あれ、炊飯器だよな?》

《なんでダンジョンに炊飯器?》


『おやおや、優梨の見えるところにいないとなんですね、失礼しました。これからは優梨の見えるところにいなさい』


 急にドローンさんが発光した!


「きゃー」

「なんだ?」


 発光が収まる。


「ドローンって光るの?」

「知らん」


 あ、健ちゃんはまだ炊飯器を持っていた。


「優梨、お前さ、電気の通ってないダンジョンでどうやって炊飯器使う気なんだ?」


「ああ、確かにコンセントないね」


 本当だ。そっか、コンセントなければというか、電気が通ってなければ電化製品動かないじゃんねー。

 あはは。




《なぁ、なんの会話をしてるんだ?》

《そのままじゃねーか?》

《うわ、視聴者15000人超えてる》




「でもさ、健ちゃんもこのダンジョンで武器が強くなっているのを感じてるんでしょ?」


『それもわかりましたか! 見所がありますね。もちろん健太と優梨にはエナジーを集める協力をしてもらわないといけませんからね、優遇してますよ』



《今、武器が強くなったって言った?》

《そう聞こえた》

《そんなことが起こるダンジョンが?》

《それが本当なら……》



「武器は武器だろ、炊飯器は無理じゃねーか?」


 健ちゃんはそう言って、持ったまま器用に炊飯器の蓋を開けた。中を見てから、地面へと置く。




《お、炊き込みご飯か?》




「コンセントがないのは迂闊だった。超早炊きとかできるようになったらいいと思ったんだけど」




《これはユニークなのか、ポンコツなのか?》

《そりゃ間違いなくポンコツだと思うけど》

《なんで早炊き?》




『コンセントですか? 〝電気〟というのがあればいいんですよね? それならちょっと仕様を替えましょう』


 炊飯器が光った。

 わたしは健ちゃんにしがみついていた。


「プーペ!」


 なぜか嬉しそうなプペの声。

 

 ポン!

 景気のいい音がした。




《嘘だろ、まさか炊けてねーよな?》

《あり得ねーだろ》




 恐る恐る健ちゃんが蓋を開けた。

 さっきと同じ状態。生のお米に、にんじんとゴボウが水から顔を出していた。

 わたしと健ちゃんは顔を見合わせて笑った。


「そーだよな。音するし、光るから、炊けたかと思ったよ」


「わたしも、ご飯炊けるかと期待しちゃった」




《だよな》

《なんか、ハラハラした》

《ちょっと前のめった》



 と、いきなりのメロディー音。


「ご飯が炊けました」


 ウチの炊飯器はいつもと同じように、メロディーを鳴らした後、ご飯が炊けたと告げてきた。


「え、1分も経ってないし」


「いや、そーじゃねーだろ? コンセント入れてないのに、何喋ってんだよ」


 テンション高かく言い募った。それから決意したように炊飯器に手を伸ばす。

 健ちゃんが再び蓋を開けようとする。

 っていうか、すでにいい匂いがしているんですけど。

 蓋を押すと反動で蓋が開き、湯気が匂いと共に立ち込める。


「……炊けてる……」




《なんのマジック?》

《嘘だろ?》

《トリックだよな》

《アリスもクマもマジで驚いているように見えるけど》

《ヤラセだろ? 誰か証明してくれよ》



 バッグを下ろして、携帯のお皿とスプーンのセットを出す。コンパクトに折り畳める二人用のものだ。


「お、お前、まさか食べんの?」


「だって、食べてみないとわからないじゃん」


 わたしはスプーンで炊き込みご飯をお皿によそう。

 そして、あむり。


「優梨!」


 咀嚼して、飲み込む。


「……普通に美味しい」


「お、おう……」


 ペアのスプーンでお皿によそい、健ちゃんに差し出す。

 健ちゃんもモシュモシュと食べて


「普通に、うまい」


 と感想を言った。


『うまくいったようですねぇー、のぞみ通りだったようでよかった。早く腹ごしらえをして、魔物を倒してエナジーを集めましょう!』


「プーペ!」


「プペも食べる?」


 わたしのお皿にご飯をよそってお皿を置くと、プペはきれいに食べて


「プペプペ」


 と喜んだ。口にあったみたいだね!




《ガースと馴染んでる》

《謎現象にこいつら馴染みすぎ》

《だからヤラセなんだろ?》

《ライブ映像なのに?》

《規定のダンジョン時間が刻まれてる。あれだけは絶対なはずだ》

《だからそれをどうにか外せたんだよ。だってこいつらの切り取りできないんだぜ?》




「摩訶不思議ダンジョンだな」


「すごいね、本当に進化しちゃった!」


「お前、恐れのない奴だな」


「健ちゃんと一緒だからね」




《うわー、リア充挟んでくるなぁ》




「……もっと進化するのかな?」


 エネルギーが補給されたからか、健ちゃんの頬はほのかに色づいていた。


「えー、炊飯器のもっと進化? 早炊きより? あはは、自分で獲物とって調理してくれたり?」


「あはは、それはすげーな」


 乾いた声で笑う。

 もちろん、それはただの冗談だ。

 この時はまだ、自分で材料を調達する戦う炊飯器が爆誕するとは、ふたりとも思っていなかった。

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