第28話 ダンジョンの半分は優しさでできています(前編)

「お茶、どうぞ」


「どうも」


 あったかい緑茶を出した。

 音をたてて、ズズズーッとお茶をすすっている。

 お盆を抱えたまま、健ちゃんにお礼を言った。


「ありがとねー」


「けっこう、買ったな」


 あはは。


「うん、いいと思ったの、全部買ったからね」


 お金があるって凄い、って言いながら、実は足りなかったんだけど。

 決めた通り防具を買いに秋葉原に行った。

 メモに書かれていたお店は良心的なお値段で、品揃えもよかった。

 女性のレンジャーに特化したものも売っていたので、健ちゃんは居心地が悪そうだった。


 魔物の革で作られたインナーシリーズは、普通の服と変わりなかった。薄いけれど、衝撃を吸収するそうだ。


 ちなみにビキニアーマーは本当に飾ってあった。

 レンジャー配信メインのお姉さんが、買っていったりするらしい。


 わたしもその魔物で作ったシリーズの上下をいくつか買った。

 厚手で丈夫と謳い文句のスカートもひとつだけ買っちゃった。なかなか可愛かったから。

 中にはもちろんスキニーパンツを合わせるけどね。

 その魔物シリーズの服を揃えた。着心地もいいのだ。


 そして教えてくれた方の推しだったウォータードラゴンのアーマー。やっぱり20万円だった。これは無理と思ったのだけど、健ちゃんが買うと言う。わたしはびっくりした。

 なんでーというと、知らなければそれで済んだけど、防御力が高いアーマーがあると知り、高いけれどなんとか手の届く範囲のもの。それなのに、それを高いという理由で買わずにいてわたしが怪我した場合、悔やみに悔みきれないからだと。


 お互いの気持ちも込みで検討した結果、全ての防具を買い、はみ出した金額を健ちゃんに出してもらうことになった。……これは借金だ。健ちゃんは買ってくれるというけれど。借金だってよくないことではあるけれど、買ってもらうには高すぎる。でも、実際お金があるわけではないから、足りない分を出してもらうことになった。

 元々、そのお金はダンジョンにふたりで入って得たものなので、武器や防具に使うなら丸ごとわたしに使っても問題ないという考えみたいだ。太っ腹!

 わたしはもちろん、お金ができたらすぐに返すつもりでいる。

 ウォータードラゴンの革は白くて、柔らかい素材。軽いのが何よりいい。実は見た瞬間一目惚れしていた。

 健ちゃんも魔物シリーズで一揃え買ったみたいだ。




 レンジャーマニアの人のメモのおかげで、効率的にお店を回ることができて、早く帰ることができた。

 まずは一服と、お茶を飲んだが、新しいものってすぐに試したくなる。

 わたしは買ってきた服やアーマーを、早くも試してみたくなった。

 やっぱり健ちゃんもソワソワしていて、わたしたちは着替えて、ウチダンジョンに入ってみることにした。

 わたしはスカートのバージョンに着替え、ディーバッグを背負った。手にしたのは布団叩きだ。

 一度魔物退治しちゃったからね。もうお布団叩きに戻せない。ウチダンジョンではこれを武器に使おうと思う。


 健ちゃんは黒い上に下はいつものジーンズに見えた。渋いいい色になった滑した革の胸あてがおニューだ。


 健ちゃんが凄い目で見てくる。


「お前、スカートなんて何考えてんだよ? そんなんでこれからダンジョンはいる気か?」


 と怒られた。


「ウチダンジョンだけだよ」


 といえば、トーンダウンした。


「……そうか」


「うん」


 健ちゃんは咳払いをする。


「いくら下にズボン履くんでも、アキバでは絶対やめろよ?」


 健ちゃん、オカン属性だな。


 わたしは大人しく「はい」と頷いた。





 柿の木にロープをかけ、下に降りる。



『異世界人来訪3回目記念、ポイント追加。言語理解、進捗38%』



 またなんか聞こえた。ポイントって聞こえた気がする。


「ここさー、階段とかにならないのかね?」


「俺に作れって言ってる?」


「そうじゃなくて、降りるのも登るのも大変だからさ」



『階段……一般思想ダウンロード。認識。出入り口に階段を作りますか?』



「今、階段って聞こえた?」


、階段って聞こえた。時々単語がわかるよね、この水の中で喋っているような声」



『YES、階段を作ります』



「え?」


「おおっ? 優梨!」


 健ちゃんがわたしを引き寄せた。


「地震?」


「いや……見てみろ、階段だ……」


 本当だ。今までロープを垂らして降りてきた直角の穴のところが階段になっていた。


「だ、誰が階段にしたの?」


「そりゃ、このダンジョンじゃねーか?」


「ダンジョンって動くの?」


「動くっていうか……優梨の願いを叶えたんじゃねー?」


「え?」


「優梨が言ったんじゃん、階段にならないのかって」


「それを誰かが叶えてくれたってこと?」


「としか、思えなくねー? お前に優しいダンジョンみたいだな」


 わたしに優しいダンジョン?

 ときめくような、ときめかないような……。



『優しいダンジョン、理解。今回は配信しますか?』



、優しいダンジョンならありがたいね」


「どうする? 引き返すか?」


「ううん、進んでみよ。この防御服がどんなものかを試しにきたわけだし」


「……おう」





 ブーーンと音がした。


「け、け、け、け、健ちゃん」


 音のした方を見て、健ちゃんの服の裾を引っ張る。


「なんだよ?」


「怪奇現象。ドローンさんが飛んできた」


 わたしの指差す方へと首を向け、口を開けている。


「どこに置いといた?」


「居間のソファーのとこ」


「お前、持ってきてないんだな?」


「そうだよ、飛んでるし。しかもボタンが青い。撮影してるよ」


 わたしたちは顔を見合わせる。

 なんでーと思ったけど、考えてもわからないんだよね、知識があるわけではないから。そういうことなんで、わたしたちは考えることを放棄した。

 ドローンさんが飛んできて、いく手を遮るとかするなら困るけど、カメラワークをしてるだけなら問題はない。


 気を取り直して歩き出す。



《おー久々の配信。焼きダンのアリスとクマだ!》

《ちぃーっす。今回もゲリラか。前もっていつやるか宣伝してほしい》

《おお、焼きダンのアリスとクマ? 穴の中って感じ》

《アリス、かわいいスカート》

《でも、あの手にしてるのは? オレあれ見たことある》

《俺も。あれ、布団叩きじゃね?》

《まさか、あれ武器とか言わねーよな?》

《すげー人気、53人見てる》

《オワリさんが解析できないくらいだから》

《ああ、ワタクシが合成だと暴いてあげましょう》


「優梨、なんかある!」


「水たまり?」


 え? ダンジョンの中も雨が降るの?


 それは30センチぐらいの楕円で、透き通っていて、下の土の色が見えていた。

 でも水よりもったりしているっていうか、とろみがあるっていうか。

 葛で作った厚みのあるようなものにも見えた。


《あれってガースじゃね?》

《ガースってレベル15とかだろ、新人レンジャーって言ってなかった、アリスとクマって?》

《おい、逃げろ! 取り込まれて溶かされるぞ!》

《あれ、インカムしてない? 聞こえてない?》

《マジか、死ぬぞ》


「プペ」


《え? ガースって鳴くのか?》

《それに襲いかからない。忍び寄ってなんでも取り込んで溶かしていくんだよな?》

《捕獲できないから、わかっていることが少ない魔物だ》


「魔物だ!」


 健ちゃんが石を投げたけれど、そいつはスッと避けた。

 わたしも布団叩きを投げた。

 するとそいつは布団叩きを自身の中で溶かしていく。


《あー、布団叩きが溶ける〜!》

《っていうか、これ、人の溶けるとこ、見させられるの?》


「ス、スライムの大きいやつ?」


「いや、わかんね」


《なに悠長なこと言ってんだよ、逃げろ!》


 わたしたちが後ずさると、ソイツは近づいてきた。

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