第13話 姉
パジャマに着替えてから、LINEをチェックする。
やっぱり見てないようだ。既読がつかない。
わたしは再びメッセージを書き込み、心を決めた。
朝になるとお母さんからメールが入っていた。
おばあちゃんから目が離せないこと。しばらく山梨にいたいこと。
お姉ちゃんは、どうしているかと心配するものだ。
そしてお姉ちゃんが大丈夫そうなら、お父さんにおばあちゃんのことを言わず、しばらくおばあちゃんのところにいたいとのことだった。
3年ぐらい前だったか、おばあちゃんが足を骨折したことがあった。その2年ほど前におじいちゃんは亡くなっていた。だからおばあちゃんは一人暮らしだ。
連絡を受けて、お母さんはしばらく泊まっておばあちゃんを支えたいと言ったのだが、お父さんは家政婦さんを雇い、おばあちゃんの家に派遣した。
お父さんは決してケチじゃない。お金のことでいろいろ言うけれど、使いどころが違う人なんだと思う。
お父さんはまだ〝子供〟のわたしたちの面倒を見るのが母親の役目だといい、おばあちゃんには、お世話係を派遣した。お父さんの財力があったからできたことだし、快く人を派遣してくれたことには感謝したし、ありがたいと思う。
でもお母さんは、自分がおばあちゃんのお世話をしたかったはずだ。わたしもお母さんにおばあちゃんの近くにいて欲しかった。心細かったと思うから。
そういうことがあったから、お母さんはおばあちゃんの具合が悪いとお父さんに言いにくいのだと思う。
言ったら多分、完全看護の病院に入院する手筈を整えてしまうだろうから。
それはありがたいけれど、お母さんは自分でお世話をしたいんだと思う。
わたしも骨折の時のことがあるから、言わないのが一番いいと思った。
幸い、お金の問題はなんとかなった。
だから次にお金が振り込まれるまで、秋葉原のダンジョンに潜ればなんとかなるだろう。
りっちゃんと芽衣に昨日は何があった?と詰め寄られたけど、ダンジョンに行ったと言ったらトーンダウンした。
「そうだよね、優梨だもんね」
と、何やらガッカリしていて、レンジャーカードを見せても、反応なし。
怪我しないようにねと心配されただけだった。
放課後になり、大きく息をはく。
大学って広いっていうし、お姉ちゃんをうまく見つけられるかもわからない。けれど、電話も取らない、メールも反応なし、LINEも既読がつかないとなると、直接とっ捕まえるしかない。
「健ちゃん?」
下駄箱で手を引っ張られる。
「あれ、今日は行くところがあるから……」
「乗れ」
ポンと放られたヘルメットが、健ちゃんのじゃない、新しい。
「これ、どうしたの?」
「金ができたから買った」
え? わたしを乗せるのに、ヘルメットを買ってくれたの?
「今日は希ねーちゃんの学校に行くんだろう? ひとりで行けるのかよ?」
「電車に乗れば、着くはず」
健ちゃんは声を潜めた。
「金ができたっていっても、交通費ばかにならないだろ?」
!
「……助かる!」
それに、お姉ちゃんは外面がいい。
健ちゃんがいれば、多少の猫は被るだろうから、見つけられれば話せるチャンスが生まれる。
健ちゃんって、本当いい奴だ!
「拝むのヤメロ」
後ろ姿に拝んでいると速攻でバレた。
「すみません、相原希を知りませんか?」
お姉ちゃんが大学に行くときと同じようなファッションの、優しそうな人に声をかける。
「え。相原さん?」
「わたし、妹です」
「こいつ、ねーちゃんと喧嘩して、ケータイもLINEも出てくんないって言ってて。急いで連絡しなくちゃいけないことがあるらしくって」
健ちゃんが後ろから援護してくれた。
わたしも一応、生徒手帳を見せた。写真つきで名前が入っている。ま、苗字が一緒とわかるだけなんだけど。
「そーなんだ。ちょっと待って。相原さんってテニスサークルだよね?」
「あ、はい、そうです」
「友達にテニスサークルの子がいるから聞いてみる」
ショートパンツの女子大生は、軽やかにケータイを操作した。
少しすると、
「ゼミは休んでるって。え? 大学、休学するって言ってたって」
わたしは健ちゃんと顔を合わせる。
マジだったか。それなら余計に……。
「あ、第二で見かけたって」
「第二、ですか?」
「ここ右に出て駐車場を通り越して、そこも大学のひとつなの。サークルの部室が集まっているところ。そこで見かけたってライン入ったから、テニスサークルに行ったのかも」
「ありがとうございます!」
わたしは頭を下げた。
バイセーに乗せてもらい、隣の隣の敷地に急ぐ。
受付など見当たらないので、勝手に入った。
あれが部室棟かな。プレハブ小屋みたいのが立ち並んでいる。
テニスサークル、テニスサークルと頭の中で唱えながら向かうところで、お姉ちゃんを発見した。
「お姉ちゃん!」
振り向いたお姉ちゃんは明らかにぎょっとした顔をした。
逃げようとしたけど、健ちゃんがガッチリ腕を掴む。
「こんちは、希ねーちゃん」
「こんにちは、健ちゃん。優梨から聞いてるのね? 離して、逃げないから」
健ちゃんは手を離した。健ちゃんにお礼をいう。
「何よ、恵子さんに言われてきたの?」
「……違う。元気、なのね?」
お姉ちゃんはプイッと顔を背けた。
「お姉ちゃんは家を出て、生活できているのね?」
わたしは確かめる。服も汚れたりしてないし、顔色も悪くない。
まだ3日目だけど、普通に生活できているってことだろう。
「そうよ、あんな家から出て清々しているの」
「お姉ちゃんがそうしたいなら、わたしはそれを応援する」
「ふん、恵子さんとふたりで暮らせて、あんたも嬉しいでしょ?」
「違う。お姉ちゃんのしたいことを応援するって言ってるの。でもそうするには条件がある。せめて、LINEは見て。それから、お父さんと自分で定期的に連絡を取るか、お姉ちゃんの写真を送って」
「なんでそんなこと?」
「今んとこ、お父さんには言ってない。でもお姉ちゃんと話せなくて、写真も送られてこなかったら、どうなるかわかるでしょ? お姉ちゃんが家出たって知ったら、向こうから人送って、お姉ちゃんを探し出すよ。お父さんならやるってわかるでしょ?」
今までだって、お姉ちゃんがお父さんの電話に出たがらないから、わたしが後ろ姿とか写真をとって、それをお父さんに送っていたんだ。
「そうなるのが嫌なら、ちゃんとやることをやって。お父さんと自分で話すか、写真を送るか」
「…………」
そう、お父さんはお金で解決する人だし、それで自分の意を通す人だ。
「わたしからは話さないけど、お姉ちゃんは家にいないんだな?ってお父さんに確かめられたら、嘘はつけないからね」
言いたいことは言った。
大学を休学するの?、とか、本当に子供できたの?、とか、確かめたいことは他にもあるけれど、お姉ちゃんの性格からして、嫌いな妹に告げる気はないだろう。
だから、お姉ちゃんのしたいことを、かげで応援することしかできないのだ。
「あんたって、本当、いい子ちゃんよね。大っ嫌い!」
唇をかみしめる。
「LINEちゃんと見てね。それと、元気で」
わたしは身を翻した。
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