第14話 ダンジョン横丁


「おい」


 グイッと肩を後ろに引かれる。

 真剣な目をした健ちゃんと目が合う。


「大丈夫か?」


「だいじょぶ。いつものことだから」


「いつもって……ねーちゃんどんだけ大人気ねーんだよ」


 心底呆れた声音だった。

 ふうと息をつく。

 お姉ちゃんのことは、これでひとまず解決だ。

 あとはお姉ちゃんの意思に任せる。わたしのできることはした。


 もうひとつ、気にかかっていることがある。おばあちゃんのところに行きたい。けれど、交通費が往復で1万円ぐらいかかる。

 もう一回ぐらい、ダンジョンに入った方が良さそうだ。


「なぁ、優梨、買い物しに秋葉原行かないか?」


「買い物?」


「そう。武器とか防具とか」


 秋葉原ダンジョンのお店を見て回った時の値段を思い出す。


「もっとお金ないと、買えなくない?」


「調べたらさ、ダンジョン横丁ってのがあって。そこで武器とか防具とか売ってるみたいなんだよ。中古のとかあって、価格は正規より断然安い」


 中古か。なるほど。

 それならわたしたちでも、手の届くものがあるかもしれない。


「生活費は残さないとだけど、武器や防具は必要経費だろ?」


 健ちゃんの意見はもっともだと思った。それはそうだね。

 バイセーで行けるというので、健ちゃんの後ろにまた乗せてもらう。


 マイケルさんから、わたしたちの武器では猪以上は難しいだろうと言われた。昨日はなぜか倒せたけれど。手伝ってもらわなかったとはいえ、次は頼れるレンジャーと一緒ではないのだ。武器は身を守るのに大切な道具でもある。



 秋葉原の駅の駐輪場にバイセーを止めて歩いた。

 本当だ、横道の入り口にアーチ型に目立つ看板が上に掲げてある。

 一文字ずつ円の中に文字が入っている。ダンジョン横丁と、書かれていた。

 人とぶつからないと歩けないというほどは混雑していない。ある程度は人がいるのに、どことなくひっそりしているような、みんなが声を潜めているような、そんな印象を受けた。


 横丁に入ってすぐに、大きなお店があった。

 武器と防具、なんでも揃う店。と看板がある。

 健ちゃんと頷きあい、入ってみることにした。


 ドアを開けて足を踏み入れると、カラランとドアに付けられた何かが鳴る。


「いらっしゃい」


 ぼそっとくぐもった声が聞こえた。


 お、剣だ。壁には剣がディスプレイされていて、それとは別に傘立てに傘を突っ込んでいるかのように剣が置かれているものもあった。


「健ちゃんは何買うの? 武器? 剣?」


「武器は保留で防具を買おうかな。優梨は武器買え」


 あ、そうだね。ラケットじゃあんまりだよね。


「……健ちゃん、値段書いてない」


 わたしがこそっと言った時、背の高い細マッチョな男性が、奥の方から出てきた。


「いらっしゃい、何をお探しで?」


「あ、こいつの武器を」


「武器? どんなのが希望?」


「初心者でよくわかってないんです。2階の魔物と戦えるもので、飛び道具ではないものがいいです」


 健ちゃんがスラスラ言った。


「お嬢ちゃんが持つというと……レイピア、棍棒、いっそうのことハンマーとかもありかもな」


 おじさんの後ろを付いていく。


「予算はどれくらい?」


「……どれくらいからありますか?」


「最低5万かな」


 無理だ。

 わたしと健ちゃんは目を合わせる。


 切れ味の良さそうな長剣。しっかりした作りの短剣。断ってから持たせてもらったけど、重たくてとても片手で扱えるようなものではなかった。


 レイピア8万。長剣より持ちやすいけど、このほっそいのを目標物へと刺せるもんなのだろうかと、不安に思う。


 棍棒はキンキンキラキラしていた。かっこいいけど……。もっと地味なのないの? 棍棒ってどうやって戦うんだろう? 剣道みたいに叩く、突くって感じで闘うものなのかな?


 そしてハンマー。けっこう大きくて重量があるかと思ったけれど、そんなことはなく、わりと軽い素材でできていて、ハンマーの面積がある分、敵に当たる部分が見込めるのかなと思った。持ち手の部分も長さがあるので、魔物にそこまで近づかなくてもいいかもしれない。

 気に入ったのがわかったみたいで。


「わりと軽いだろ。女性に人気なんだ。7万するけど、今日買うならおまけして、5万5000円にしてやるよ」


 約6万はキツすぎる。けれど、武器がないのも困るし。これはタンス貯金を崩して買っちゃう?


「こんなところにいたのか。武器買うときはコウさんと一緒にって言われてんだろ?


 え? ええ??


わたしたちよりほんのちょっぴり背の低い、もじゃもじゃ頭の男の子が、わたしと健ちゃんの腕を持つ。


「すみません、リーダーと一緒にまたきます」


 そのまま引っ張られ、最後は、わたしたちふたりの背中を押して店から押し出した。


 出れば出たで、また手を引っ張られる。少し歩いてから唐突に手を離された。

 健ちゃんがわたしを背に庇う。


「あ、ごめんね、引っ張っちゃって」


 男の子は頭をかいた。


「でもさ、助けてやったんだぜ?」


「助けた?」


 健ちゃんが不機嫌そうな声を出す。


「レンジャーになったばっかりってとこ? 制服でここら来ちゃダメっしょ。一発で身バレするよ」


 え? わたしと健ちゃんは顔を合わせる。


「俺、レンジャー配信やってんだ。あの店は初心者にぼったくるんだ。同年代のよしみで助けてやったんだぜ?」


「あなたも高校生?」


 もじゃもじゃ君は頷いた。


「まぁ、15歳。レンジャーには14でなったから、君たちの先輩、かな?」


「そうだったんだ、ありがとう」


 わたしはお礼を言った。

 もじゃ君はわたしを見てちょっと目を大きくして、照れた顔をした。


「本当、制服で来るのは辞めた方がいいよ、女の子は特に。チラッとでも配信に映って、誰かがこの子誰?みたいにいうと、〝ペイ〟狙って調べたりする奴いる。一回ネットに情報さらされたら、回収はできないと思って」


 真剣な目だ。


「ペイってなんだ?」


 もじゃ君は、驚いたみたいだ。


「あ、ペイ知らない? 配信を見て、応援をしたいと思った人が、ポイントを送れる制度で、ポイントはお金に換えられる」


「「へー」」


「へーって……。本当にど初心者なんだね」


「うん、昨日なったばっかり」


「そんな嬉しそうに言われても。……でも、そっか。本当初心者なんだな。おめでとうってことで、なんでも教えるぜ、聞きたいことあったら聞いてくれよ」


 もじゃ君は気前よく、そう言い切った。



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