第9話 ポーションとエリクサー

 ちょっとだけ見てみたいと言って、地下二階へと降りた。

 いきなりマルチーズぐらいのネズミの大群の洗礼を受ける。

 健ちゃんがボールを投げると1匹に命中して煙となった。

 わたしも震える手でラケットを動かした。

 何回か手応えを感じ、瞬間的に目をつむっていた。

 何匹か煙となると、ネズミたちは逃げていく。

 茫然としながらそれを見送った。


「嘘」


 と言った、東雲さんの声が響いた。


「これ、ポーションだわ。大ネズミからポーションが出るなんて」


「ポーションって、生命力が戻るアレですか?」


 健ちゃんが興奮したように尋ねる。


「飲むとちょっと、元気にはなるわね。ケガをしたところにかけると傷が癒えるの。痛みがひくだけでも、ダンジョンの中にいる時はありがたいから」


「大ネズミからポーションがドロップするのは、珍しいんですか?」


 尋ねると、こくんと東雲さんは頷いた。


「低層の弱い魔物は、魔石を残すだけが普通よ」


 ドロップ品は低層ではそんなに出ないんだ、残念。


「ポーションがあるってことは、エリクサーも実在するんですか?」


 数少ないゲームの知識だが、そんな名前の万能薬があることぐらいは知っている。


「あるわよ。どんな病気も治り、ケガも治るし、……無くしたものも補完される。本来の状態に戻してくれるものがね」


 興味本位で聞いたのだが、え、本当にあるの?

 それも補完されるって……。

 例えば手を失っても、手が生えてくるってこと?


 ポーションも最初は〝なんだ。その瓶?〟って感じだったようだ。それが鑑定のスキル持ちが現れて、どんなものかがわかるようになったと言う。


 でもエリクサー凄すぎ。そんなすごいものがあるなら、情報に疎いわたしだって、耳にしてそうなものだけど。

 エリクサーは深淵でしか手に入らなくて、今までに10本取れていないそうだ。エリクサーを公にすると大混乱が起きるので、正式には発表しないらしい。だけど、どこからか話は漏れたりして、時々ネットの掲示板などにエリクサー10億とか取引を持ちかける購買者が現れているそうだ。


「俺たち、聞いちゃってよかったんですか?」


「実際それを見ないと、嘘みたいでしょ、こんな話」


 なるほど、夢みたいな話だものね。信じた人だけに、価値を持つ……。




 2階の魔物に遭遇してもわたしたちだけで討伐できていたので、そのままプラプラすることにした。

 スライムより大きいものは、やはり怖く感じたけれど、痛い思いをする前にやっつけていられたからだろう、最初はへっぴり腰だったけれど、だんだん叩く時の力の入れ方がわかってきた。ただ叩いた時の命を奪った手応えは、慣れそうになかった。それでもラケットを動かせば、魔物を煙にすることができた。

 




「本当に君たちダンジョン初めて?」


 何度目になるか、マイケルさんから同じことを尋ねられる。

 目の前にはネズミとウサギと猪を討伐し、ドロップされたものと魔石が山となっている。比喩ではなく。

 総攻撃かけられたんだよ、ネズミとウサギと猪から!


「すごい新人だわ。これ見せたらたちまちスカウトくるわよ、レンジャー事務所から」


「レンジャー事務所?」


「レンジャーがダンジョンに潜ることだけに重点をおけるように、その他のことを面倒みてくれるプロダクションね。民間のものが結構あるのよ。儲けが全てだから、審査が厳しいけれど、これを見たら稼げると一発OKね。

 私たちみたいにソロもいるけど、ソロでやるのは大変なことが多いから、プロダクションに入りたがるレンジャーは多いわ」


 レンジャーは、国のお抱え、そして民間のプロダクションに入る人もいればマイケルさんや東雲さんのようにソロで活動する人もいるってことね。


「健ちゃん、ナップザックに全部入るかな?」


「無理だろ」


「特別価格だ、5000円でゲートまで運んでやってもいいぜ」


 マイケルさんのスキルはアイテムボックスだった。

 そっか、でも。お財布の中身が頭をかすめる。


「あのー、これ合わせて換金したら、5000円いきますか? 運んでもらいたいけど、帰りの電車賃ギリギリしかお金が残ってないんです。買いとってもらえないと……5000円、払えないんです」


 マイケルさんは、自分のおでこを叩いた。


「ああ、二人はまだ高校生だったね。失礼した。じゃあ、このポーション2つとこっちの魔石、これで大体5000円くらいだ。その対価で運んであげよう」


 わたしは健ちゃんと顔を見合わせて、お願いすることにした。

 できるだけナップザックに詰めたが、まだまだ残っていたから、これを持って帰れないのは悔しすぎた。


「健太たちレンジャーになるなら、また一緒に潜ろうぜ。その時だけパーティー組んでさ」


 へーそういうこともできるんだ。


「LINE交換しようぜ」


 あ。

 健ちゃんはマイケルさん、東雲さんと携帯をかざしあっている。

 ふたりが揃ってわたしを見た。


「ウチ、父に言ってからじゃないと……。登録しちゃダメって言われてて……」


「俺だけでいいっすか? 俺が優梨と連絡とるんで」


「ああ、もちろん。そっか、優梨の家は厳しいんだね」


 わたしはそれが普通だと思っていたから、高校に入って、携帯を親から規制されてないクラスの子たちにとても驚いた。

 りっちゃんたちともLINE交換する時、わりと大変だったのだ。

 ラインの画面など定期的にスクショを取って、送らないといけない。

 りっちゃんたちはもう高校生になったんだから好きにさせて?って言ってみればと言った。

 わたしもそう思って言ってみたんだけど、「悪い友達と関わってしまうことが心配なんだ」と言われた。わたしが友達になった人に、悪い人はいないって言ったんだけど、「親友の真由ちゃんと繋がってるんだからそれで十分だろ」と返された。

 それでもお母さんからも援護射撃をしてもらって、クラスの友達(女子)まではLINEオッケーになった。

 あとは小学校からの友達、お父さんが保護者を知っている人たちのみだ。

 だから男の子では、健ちゃんしか登録者はいない。




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