第4話 人生最悪な日④入ってみた
「え? お前、何言ってんだ。どんなダンジョンかわからないんだぞ? いきなり強いのいたら死ぬぞ」
「そ、そうだけど……」
でも魔石とかお金になるんだよね? ドロップ品も出るんでしょ? それを売ることができたら……。
「お、おい」
健ちゃんに揺すられていた。
口に親指を当て、爪を噛みそうになっていた。
「お前、入る気だろ?」
「そんなわけないじゃん」
目を逸らしてしまった。失敗した。健ちゃんはわたしをよく知る幼なじみだ。昔から声のトーンだけで嘘をついているのはバレた。それなのに、あからさまに後ろ暗いのを態度に出してしまった。
「ここでそんな気はないと言って、後でこっそり入る気でいたろ?」
その通りなので、言葉を思いつけない。
ガシガシと健ちゃんは頭を掻いた。
「未踏のダンジョンにひとりで入ろうとするなんて、優梨の無謀さが恐ろしいよ」
「でも、さっき特典って聞こえたよね? 倒したってことは石ころで倒せるぐらいの何かだったってことだよね? ってことは、すっごく弱い魔物しかいないんじゃない?」
畳み掛けるようにいうと、健ちゃんはうっと詰まった。
「行くにしても、最低限な用意はしとこうぜ」
いつも突っ走っていった健ちゃんが、そんな思慮深くなったなんてとわたしは感動した。
「その、ばーちゃんが孫の成長を、見守るような目すんのヤメロ」
家に引き返して、使えるようなものはないかを探した。
まずズボンに着替えろと言われたので、ジーンズに着替える。
ナップザックに、怪我したときの応急セットと、ペッドボトルの水をいれる。それからメモ帳とペン。あとタオルと。武器になるようなもの、なんかあるかな?
なんか棒みたいなものがいいんだけど。
壁にぶら下がっている物が目に入った。
この際だ、布団叩きでもいっか。
中は暗いかもしれない。小型の懐中電灯と。あ、町内会の用水路&溝掃除をした時に買わされたとボヤいていたヘッドライト、あれがお母さんの部屋にあるはずだ。懐中電灯かヘッドライトのチョイスで、懐中電灯はあるからヘッドライトにしてみたそうだ。
わたしの格好を見て、健ちゃんは目をそらした。
健ちゃんは制服のブレザーを脱ぎ、ワイシャツを腕まくりして、手にはトンカチを持っていた。それと、どこに持っていたのか、口をちょっと開けたウエストポーチには、小石が顔を覗かせていた。わたしは懐中電灯を健ちゃんに渡した。
「いいか、入るぞ。俺がいいって言ってから降りてこいよ」
タンと着地音がする。少しだけ明るくなる。懐中電灯をつけたみたいだ。
「優梨、大丈夫だ、来い」
わたしも飛び降りた。足がじーんとしたけど立ち上がる。
2メートルぐらいの深さだったのかな?
『異界人初来訪特典、スキル追加。ポイント加算』
また、なんか聞こえた。スキルって聞こえたような気がしたけど、まさかね。
わたしは手をグー、パーと動かしてみる。何も変わりはない。
わー、直角に掘られたそこからは横へと穴は広がっていた。緩やかな傾斜を下りていくと、そこは3メートルの高さはある6畳ぐらいの空間で、光源はみつからないが目視できるぐらいに明るかった。
健ちゃんは懐中電灯を消した。
その先は3つの道が伸びている。
「優梨、メモ帳持ったって言ってたな、地図かけ」
「地図?」
「ちゃんとしてなくていいよ。四角描いて道を3つ。右からA、B、C、ナンバリングしろ。まず、Aの道行くぞ。次のページにAアイバン振って、道の続き書いといてくれ」
「うわぁ、健ちゃん!」
ボコっとした段差かと思って見ると、それは土に同化して見えたプニプニの何かだった。半透明だ。
健ちゃんは慌てず騒がず、ウエストポーチに詰めてきた小石を投げる。
それが当たると、袋が破れた水風船のように水分が溢れ出し、琥珀に似た小さな石が残った。写真のスライムに似ていたような気はするが、写真で見たのはしっかりと色がついたものだったので、半透明のそいつとは違う? ……親戚かな?
「これが魔石か……」
「どしたの?」
「優梨には聞こえなかったか? レベルが上がったって」
ええっ?
小石を渡される。
「次は優梨が投げてみろ」
わたしは頷いた。
「じゃ、いくぞ」
わたしは石を握った手で、布団叩きを構えて頷いた。
「優梨、あそこ!」
健ちゃんに言われて少し前を見れば、ピンクがかったポヨポヨした肉まんみたいな生き物!
わたしは目掛けて小石を投げた。命中!
ピンク色の500円玉ぐらいの魔石が残る。
『レベルアップしました。スキル追加、探索作動。ポイント10追加』
「どした?」
「レベルアップしてスキル追加で、ポイント追加だって」
やっぱりスキルって聞こえた。
「なんだそりゃ?」
「わからないけど、そう言われた。スキルって、スキルが覚醒したってこと? でも何も変わりはないんだけど……」
健ちゃんは瞬きする。まぁ、そう言われても困るよね。健ちゃんにだってわからないだろう。
「……進むか」
「うん」
Aの道は曲がりくねっていたけど一本道で行き止まりだった。
引き返して全部でスライムもどきを7匹倒し、健ちゃんもわたしも何度かレベルアップの声を聞いた。慣れてきたのか、なんとなくスライムもどきがいる気配がわかってきた。
「俺さ、スキルは興味あったけど、レンジャーについて調べたこととかないから、よくわからないんだけどさー」
歩きながら健ちゃんが言う。
わたしもスキルに憧れはあった。でもスキルが覚醒する人は稀だという。どんなスキルがあるものなのか、話をねだる度にお父さんに「どうせ覚醒しないのに、そんなことに時間を使うな。勉強でもしろ」と言われて、いつの間にか気持ちが萎んでいった。
「でも、それにしても変だ。ダンジョンの中でレベルがわかるってのは聞いたことあるけど、声が聞こえてくるとか、特典とかポイントとか、聞いたことないぞ。小説にならあったけど……」
最後声が小さくなって聞き取れなかった。
「わたしも調べたことないけど……レベルわかるの? ダンジョンの中だと?」
レンジャーは夢みがちな職業であるけれど、一攫千金を夢みて敗れたものは多い。実際、自身の能力と相談すると低層にしかいけず、低層には強くない魔物しかいなかったりするので、魔石など集めてもそこまでお金になることもない。
スキルが〝覚醒〟するかでも違うらしいし。
有名レンジャーになれる人も必ずいるけれど、多くは獲ったお宝より交通費や装備の方が高くつき、他の職業に転職していくのだ。
それに小さなスライムぐらいなら、飛び道具(小石)で倒すことにためらいはないけれど、魔物の大きさや強さで腰がひけてしまいそうだ。自分の運動能力の低さも手伝って、わたしには一生関わることのない世界だと思っていた。
「これから調べよう。あとさ、ダンジョン配信もの、これからチェックするよ」
「ああ、ダンジョン配信か。ウチ、パソコンない」
「ケータイあんだろ?」
「動画見るのはお父さんにロックかけられているから」
健ちゃんが薄く口を開ける。
さて、お次はBの道へと真ん中の道を歩き出すと、カサコソと紙が重なり合うような気に触る音がした。
前方に小型犬ぐらいの大きさのネズミがいた。口に何か咥えてる。って言うか、お食事中のように見える。
健ちゃんが石を投げた。
それを避けてこっちに飛んできた。
わたしも石を投げようとして、手が滑って布団叩きを投げつけていた。
布団叩きが命中し、ネズミが消えた。紺色がかった拳ぐらいの大きさの魔石と鼠色っぽい小さな魔石が残る。
またレベルアップし、スキルやら、ポイントが加算したと頭に声が響く、
でも、心臓がバクバクしていて、その音だけ響くようで他のことが何も頭に入って来ない。
血のついた牙を見せて飛びかかってきた魔物。
思わず目を瞑り、手の物を投げ捨てていた。
スライムもどきなら平気だけど、……魔物……怖い。
「布団叩きって武器になるんだな。初めて知った」
茫然と健ちゃんが呟く。
「今日はここまでにしよう。時間もけっこう経ったし」
携帯で時間を見ている。スライムもどき以外は怖かったので、わたしも頷いた。
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