第5話 人生最悪な日⑤最低から浮上する時
「今日さ、優梨、家に飯食いに来いよ。その後、配信見ようぜ。兄ちゃんパソコン持ってるし」
ご飯と聞いて、今日1日何も食べてないことを思い出した。そう意識したら、急にお腹が空いたように感じて、わたしは胃のあたりを押さえていた。
「……でも急に行ったら悪いよ」
「家はみんな、優梨のこと好きだから喜ぶよ」
歩き出した健ちゃんの背中を追いながら、なんだか泣きそうになった。
「それにさ、女子高生がセキュリティーもちゃんとしてない家に、ひとりでいるってやべーだろ」
古くからある普通の家だから、鍵をかけているぐらいで、セ○ムなどとは契約していない。
「……わたしがひとりだとは、わからないでしょ?」
健ちゃんは振り返る。
「希ねーちゃんはファンがいっぱいいんだぞ。すぐに見かけないって噂が出る。それにおばちゃんもいないだろ?」
そう言われると、不安になってくるじゃないか。
「最低限、鍵だけはしっかりかけろよ?」
うんと頷く。
今日は最低最悪な日だと思えたけど、健ちゃんとまた前みたいに話せるようになれて嬉しかった。
この魔石をお金にすることができたら、来月の生活費が送り込まれるまで、なんとかなるかもしれない。おばあちゃんが良くなれば、お母さんは帰ってくるから相談もできるし。
ダンジョンから出て、穴はいくつかの板っぱちで塞いでおいた。
健ちゃんに一緒に入ってくれたお礼を言うと、そっぽを向いて照れた。
好奇心で自分も興味を持ったからだと呟く。それもあったかもしれないけど、興味を持てなかったとしても健ちゃんは一緒に入ってくれたと、わたしは確信している。
穴の中に入ったので、お風呂に入ってからお邪魔したいと言ったのだが、却下された。
あらぬ疑いをかけられる、とわけのわからないことを言う。
健ちゃんはわたしを引っ張って家に行き、出迎えてくれた健ちゃんのお母さんに説明する。
「優梨のかーちゃん、山梨のばーちゃんのところに行ってるんだって。で、希ねーちゃん、今日は泊りらしくてさ。後で一緒に調べることもあるし、飯食わせるのに連れてきた」
「こんにちは。お邪魔します。すみません、図々しく来てしまいました」
「あら、そうなの? 家にひとりってこと? でかした健太。優梨ちゃん、今日は泊まって行きなさい。ご飯の支度すぐするからね。あんたたち、高校生にもなって土遊びでもしたの? あ、お風呂入って。優梨ちゃん先ね」
おばちゃんは小学生の時と変わらない温かさで迎え入れてくれた。
近所なのに、人んちでお風呂?と思ったけど、確かに穴に入っていて土埃をかぶっていたので、マナー違反かとお風呂に入らせてもらった。
用意してくれた着替えは、健ちゃんのスウェットでけっこう大きかったけど、問題ない。
健ちゃんはジャージ派じゃなくてスウェット派か。わたしも部屋着はスウェットが好きなので余計に嬉しかった。
泊まることをお母さんに連絡入れると言われ〝終わった〟と思ったけど、病院にいるのか携帯に出なかったので、また後でと言うことになった。
大きなこたつ。懐かしい。寒い日はよくここで宿題とかさせてもらった。で、気がつくと帰る時間だって起こされるんだよね。いつの間にか眠ってた。おこたって包容力がありすぎるから。
大皿に唐揚げの山、サラダの山、きんぴらの山があり、ご飯は大盛りで具沢山お味噌汁もラーメンを食べるような器によそってくれる。
「いっぱい食べてね」
わたしがいっぱい食べられるように、こんなに用意してくれたのかな?
いっぱい、いただこう! それでもとても食べきれないんじゃないかなと思っていたけれど、お腹がいっぱいになった時には、どのお皿も空になっていた。
しかも、おばちゃんとわたし以外はご飯をおかわりしていた。
健ちゃんも、いつの間にか、いっぱい食べられるようになったんだね。給食が食べきれなくて、お昼休みまでよく一緒に残される仲間だったのに。
せめてもと、後片付けと洗い物を手伝う。
おばちゃんは女の子はいいわねと喜んでくれた。
洗い物をしながら
「おばあちゃんの具合はどうなの?」
と尋ねられた。
「朝の電話では、あまりよくないから、長引くかもと言ってました」
「希ちゃんはご飯作ったりしてくれるの?」
おばちゃんはお母さんと仲がよかったし、ある程度ウチのことを聞いているんだろうなと思えた。
「いいえ」
目を伏せると、頭を撫でられた。
お姉ちゃんは家で何もしなかった。多分わたしたちを嫌っていることを、反発と何もしないことで表していたんだと思う。
でもしないぐらいならいい。生活費を全部持っていくのは反則だ。
せめて半分、いや3分の1でも残しておいてくれれば……。
「おばちゃん、ご飯を作るの好きなのよ。いつでも食べにきてね。希ちゃんも一緒にいいからね!」
「おばちゃんのご飯、本当おいしいです。ありがとうございます!」
お姉ちゃんと一緒に来られたら、本当にいいのになと思った。
本当にすっごくおいしいから、おねーちゃんも思わず笑顔になっちゃうんじゃないかな。小さい頃みたく、お姉ちゃんと笑いながら、楽しくご飯食べたいな。
和兄の部屋でパソコンを見させてもらう。
レンジャーのダンジョン配信が見たいんだと言えば、セットしてくれた。
「人気のとかいろいろあるけど、どんなのが見たいんだ?」
「初心者に向けたものとか、そんなのがいい」
「初心者向けね」
和兄がパパッと操作して、画面に洞窟が映し出された。
「こんにちは! 低層ダンジョン新人レンジャーのリュウジです! 今日は秋葉原ダンジョンに来ています。新人レンジャーに向けて、俺の潜りを配信していくよ。気に入ったら、お気に入り登録をぜひよろしくね!」
画面に〝お気に入り登録〟の赤い文字が浮かび上がり、クリックしろの記号が浮かんでは消えた。
画面の左側に文字が流れていく。
《こんにちは、今日も楽しみにしています@VI》
《何階に潜るの?@信長》
《手に持ってるの何?新しい武器?@ケイ》
など文字が流れていく。
「これ、フォロワーな」
わたしがなるほどと頷いていると。
「フォローしていなくても書き込むことできるけどな」
と和兄が教えてくれた。
「優梨は動画見ないのか?」
「お父さんにロックかけられてるの」
和兄に答えると、納得したみたいで頷いた。
その動画は初心者向けの装備や、心構えなんかを力説していた。
なかなかためになりそうだ。
「お前たち、ダンジョンに行くつもりなのか?」
ハッとして健ちゃんを見ると、健ちゃんは慌てずに言った。
「そうなんだ、有志で集まって行くことになったんだ、優梨も。けど俺たち何にも知らないからさ。おまけに優梨、動画配信見られないって言うから、兄ちゃんのパソコンだったら一緒に見られるって連れてきたんだ」
健ちゃんすごい! よくペラペラと言葉が出てくるもんだ!
「兄ちゃんは、ダンジョン行ったことある?」
「高校んとき、何回かはな。夢抱いているところに水を差す気はないけど、レンジャーとして生きられるなんてほんの一握りだし、リスクを伴わなければはっきり言ってマイナスだ。みんなそれに気付いて、地道な職業を選んでいく。だからダンジョンの洗礼は早いとこ受けといた方がいい。配信だって今は流行っているけど、いつ廃れるかなんて誰にもわからないからな」
和兄は真面目な調子で言ってから、少し慌てる。
「悪い、思いっきり水差したか?」
わたしたちは揃って首を横に振った。
「それに低層でも、命をかけるんだ。それを忘れるなよ。入館の時の同意書、ビビるだろうけどしっかり噛みしめろ」
同意書か。そうか、もしかしたら命の危険があるわけだから、何があっても自己責任と胸に刻ませるためだろう。
お母さんにもう一度電話したけど、繋がらなかった。健ちゃんに相談をしてメールを入れておいた。お姉ちゃんも泊まりなので、健ちゃん家に泊めてもらうこと。夕飯をご馳走になったこと。電話を入れたのはそのことだと。
健ちゃんは明日の放課後、秋葉原のダンジョンに行くぞと言った。
必要なことだと言うし、配信を見て、わたしも考えが変わった。
配信では猪みたいな魔物を狩っていたけれど、それは迫力があり、命のやりとりをしているのが見て取れた。
わけのわからないダンジョンにいきなり入っていくのはとても危険なことをしていたと感じた。
3700円はイタイが必要経費と思おう。
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