第3話 人生最悪な日③こんなところに?

「ただいま」


「お邪魔します」


 健ちゃんは、誰もいないのに礼儀正しく、玄関で頭を下げる。


「工具、どこだ?」


「裏の作業部屋」


 多分、お父さんの作った作業部屋に道具はあるだろう。DIYにハマった時に作られた掘建て小屋だ。そう呼ぶ方がわかりやすいかもしれないが、お父さんが作業部屋と頑なに呼んでいたから。


 でも、まずは家の中に誘う。


「お茶、入れるよ」


「後でいいよ」


 カバンを玄関において、庭にまわったので、わたしもその後を追いかけた。


 微かに音が聞こえた。


「健ちゃん、何か言った?」


「ちゃん、ヤメロ」


「ごめん。じゃあ、なんて呼べばいい? 加藤君?」


「健太でいい」


 それはちょっと、こそばゆく嬉しかった。前みたいに仲良しに戻れたみたいで。

 作業部屋から風が出てくる。

 その風の音が、動物の寝息のように聞こえた。

 なんか動物が住み着いてる?

 そう考えたのは、わたしだけではないみたいだ。

 振り向いた健ちゃんは、真剣な顔をしていた。


「お前、ここにいろ」


「え、一緒に行くよ」


 生き物がどこからか穴を開け、入り込んだのかもしれない。

 いくらなんでも健ちゃんにだけ行かせるのは、薄情ってものだろう。

 と思いつつ、怖くて、健ちゃんの背中に隠れるようについていくことになる。


「優梨、穴が空いてる。前からあったか?」


「穴? やだ、知らない。塞がないとかな?」


 壁部分に穴が開いたのかと思いきや、そうではなく、地面に穴が掘られている。


 ふたりで覗き込む。

 大型のゴミのポリバケツを埋め込めるぐらいの穴だ。

 穴を掘るっていうと、もぐらとか? もぐらにしては穴が大きすぎる?

 でも動物ってこんなふうに穴を開けっぱなしに見せておくのかな?

 それに直角に掘っている。穴の空いた部分の土は、どこに行ったのだろう?

 その土がないってことは、動物が掘ったのではない? 不自然すぎる?


「まさか地盤沈下?」


 わたしは不安を口にした。

 ニュースで道路の一部がいきなり落ちる映像を見たことがある。

 そしてその穴は広がっていくのだ。

 この辺一帯、沈んだりして。


 他に変なところはないか一通り見たが、壁よりのところでパックリと口を開けた、その穴だけが異質なようだった。


「どれくらいの深さだろう?」


 わたしの腰ぐらいの深さかなと思うけど、穴の中は暗いし、どこも土色なので目が錯覚を起こしているかもしれない。

 健ちゃんは石ころを拾った。


「何? 石なんか拾って?」


 わたしがその手を包むと、健ちゃんは手を払う。怒ったのか顔が赤い。


「深さを見るだけだ」


 石ころを穴の中に放り込んだ。

 見た目より深いのかもしれない。

 下に落ちて転がった音は思ったより深いところで聞こえた。


『てれれれっれ、ってってーーー』


 頭に効果音みたいのが響いた。

 え?


『魔物初討伐特典により、ダンジョンの名称をつける権利を獲得しました。その他……』


「優梨、やべーよ、これダンジョンだ」


 え? ダンジョン? 確かにわたしにも変なアナウンス聞こえたけど。っていうかダンジョンの名前つけられるって誰得なの?

 いやいや、そもそもウチの庭にどうしてそんなものが生えているのよ!?


「嘘でしょ、なんだって今日に限って、こんな問題ばかりが……」


「前からあったんじゃねーか? 優梨が気づいてなかっただけで」


 そりゃそーかもしれないけどさ。


「これ、届出しないとなんだよね? これ言ったらお父さんに連絡行くよね?」


「だろうな」


「査定料、どうすれば?」


 わたしは頭を抱えた。


 わたしたちが生まれる5年ぐらい前まで、ダンジョンというのは空想の物語にしか存在しないものだったらしい。ある日、唐突に場所を選ばずそれは発生した。

 ほとんどが地下へ広がる洞窟?タイプのものだが、稀に塔タイプのものもある。お父さんの単身赴任先であるニューヨークにある77階の塔タイプのものが一番有名だ。最初の頃に現れたようだしね。


 原理は解明されていないけれど、入り口が地上にあるだけで、ダンジョンの中は異空間という認識らしい。


 この20年間、調べを進めわかってきたことは

・ダンジョンの中には、攻撃性の高い未知の生き物である魔物(と名付けた)がいる

・魔物を倒すと、恐らく魔物の〝核〟の魔石(と名付けた)が残る。そしてそれは有益なエネルギーに変換できるものである。

・ダンジョンはお宝(資源など)の宝庫

・魔物はダンジョンから出てこない。

・中へと入らなければ、危険はない。

・ダンジョンに入ると〝スキル〟が〝覚醒〟する人がいる

 ということだ。


 酸を出してくるポヨポヨの生き物・スライムとか、ツノが生えたようなウサギ型の一角ウサギとかがいる。わたしはニュースで取り上げられた、誰かの配信した映像の静止画でしか魔物を見たことはない。

 よく知らないけど、ダンジョン規制法によりテレビ番組では、ダンジョンの中を映してはいけないそうだ。レンジャーの動画配信はネットに溢れているので、それを静止画の写真にし、ニュースとして取り上げるのはセーフだそうだ。その違いはよくわからない。

 それらの魔物を倒すと核である魔石が残る。その魔石やらダンジョン内の鉱石やらは高エネルギーに変換できるし、〝お金〟になるものだった。

 だから 腕に覚えがある人は果敢にダンジョンに挑んでいる。


 最初はもちろん国の機関が入ったって教科書に書かれていた気がする。

 中に入らなければ危険はないとわかるまで、疑心暗鬼でもあり、滅びるんじゃないかと怯え、世の中はなかなかに荒れたらしい。

 最初、ダンジョンは国の所有物とするという話も出たそうだけど、紆余曲折の末、国の所有のものもあれば、民間人のものもある。ダンジョンに気づいたら、機関に連絡してエコー探査機で査定をしてもらう。本当にダンジョンだったら、国にダンジョンを買ってもらって引っ越すか(国所有となる)、ダンジョンの規模によって決められた税金を、その額にいくまで払っていくか(ダンジョンの入り口のある土地の所有者のものとなる)のどちらかを選ぶ。

 ダンジョンから魔物が出てきたことは今までに一度もない。


 ダンジョンに入り、魔物を倒したり、お宝を探しにいく人を、レンジャーと呼ぶ。ダンジョンで得た魔石や、ドロップ品なんかは国に買い取ってもらえるらしい。レンジャーを職業とする人は何かしらのスキルが備わった人だという。

 日本だとそこそこ大きくて、低層ならそこまで強くない魔物しかいない国所有の秋葉原のダンジョンが有名だ。北海道と九州、高知にも有名なのはある。


「そっか、ダンジョン! お前、金ないんだよな? 秋葉原のダンジョンで稼げばいいじゃん」


「健ちゃん、わたしが運動音痴なの知ってるでしょ?」


 健ちゃんは口をへの字に曲げた。


「でも地下1階なら、スライムぐらいしか出ないっていうぜ」


「……入館料が払えない」


 確か3000円ぐらいしなかったっけ? わたしのお財布には3870円しかない。タンス銀行に少しはあるけど、何があるかわからないから、それはできるだけとっておきたい。

 地下1階のスライムしかいないところで、3000円以上の魔石を持って帰れなかったらマイナスになってしまう。いや、秋葉原に行くまでの電車代で往復700円ぐらいはかかる。3700円のプラスが出るってわからなければ、リスクとなるだけだ。

 でも……。


 わたしは、ふと思った。


「健ちゃん、このダンジョンで稼げないかな?」


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