第2話 人生最悪な日②イラつく
「あんたたち、クラブの勧誘してたんじゃないでしょうね? 高田さん、この人たちのは同好会よ。活動の趣旨もはっきりしてないから、そういうところをちゃんと見極めたほうがいいわ」
意志の強そうな眉毛の先輩だ。
「自転車、倒れているけど?」
「長い足が当たっちゃったんだよ、1年生、ごめんね」
男子生徒の一人が片手で自転車を引っ張り上げ、自転車は戻された。
「高田さん、私は行くけど、どうする?」
真由はわたしから手を離した。
「先輩は何部なんですか?」
「え? 私?」
「あ、優梨ちゃん、あたし先輩と行くから、またね」
真由はわたしを微かに振り返って手を振り、眉毛先輩と真由が校舎に向かっていく。
「かっこわるぅ、真由ちゃんに振られてやんの」
「助けたつもりだった? 最初に言ったろ、お前なんかお呼びじゃねーって」
わたしは頭を下げて、籠にバックを乗せ、立てていたスタンドを蹴る。
自転車を引いた。
わたしをお呼びじゃないって、そんなこと人から言われなくてもわかってる。
門を出てから自転車に乗り、漕ぎ出そうとして違和感を覚える。
降りてよく見ると自転車のフレームが少し曲がっていた。
タイヤはまわっているけど、少しぎこちない。
これは修理が必要な部類。修理→お金がかかる。最悪だ。
わたしは自転車なら23分、歩けば49分かかる道を自転車を押して歩き出した。
真由がわたしに助けを求めていなかった、その事実が胸にのしかかる。
真由から嫌われてた。それが重たく痛い。
雨の日の49分の道のりだって、こんな足取りが重たかったことはない。
わたしは近所の公園で、一休みすることにした。
幸い子供が誰もいなかったので、ブランコに腰かける。
ただ座り、ぼーっとしていた。
急に日陰になって顔を上げると、目の前に幼なじみの加藤健太が不機嫌そうに立っていた。
「健ちゃん」
「ちゃんはヤメロ」
また注意されてしまった。
彼もまた幼稚園から高校まで同じの幼なじみだ。わたしたち3人はとても仲が良かったが、中学生になってから健ちゃんが距離を置くようになった。彼だけ男の子だから一緒にいづらかったのだろう。
昔からの呼び方でどうしても〝健ちゃん〟と呼んでしまい怒られる。
「こんなとこで何してんだよ」
「人生最悪の日を、噛みしめてたとこ」
健ちゃんは隣のブランコに腰かけた。
「最悪の日ってなんだよ?」
わたしはお母さんがおばあちゃんの介護で山梨に行き、今朝、姉が生活費を持って家を出たことを話した。
「
「本当かどうかはわからないけど、出産のためだって。お父さんには言うなって」
「おばちゃんには話したのか?」
「……電話したんだけど、おばあちゃんの具合がよくないみたいで……こっちは大丈夫って言っちゃった」
小学校の頃まではいつも一緒に遊んでいた。おばあちゃんの家に一緒に泊まりに行ったこともある。3人はお互いの親戚の家に泊まりにいくぐらい、いつも一緒で仲良しだったので、健ちゃんもウチの事情を知っている。外面の良さにはよく呆れられていた。
「ねーちゃんは成人してっからな。金も持ってったんだし、そう心配することもねーか。……で、お前、金、ねーのかよ?」
わたしは頷く。
「定時連絡くんだろ? おじさんにぶちまけちゃえば?」
「…………」
舌打ちされた。
「悪りぃ。けど、お前のそういうとこイライラすんだよ」
「そういうとこって何?」
ブワッと涙が溢れ出た。真由の眉毛先輩についていくと言った顔が浮かんでくる。
「ちょっ、待った」
健ちゃんはポケットをゴソゴソやって、出したものをわたしの顔に押し付けた。
ハンカチタオルだ。
「真由からも嫌われた。お呼びじゃないのはわかってるけど、じゃあどうすればいいのよ」
「真由が? 真由からそう言われたのか?」
わたしは放課後の一部始終を話した。
「お前は真由から嫌われてないよ」
「なんで健ちゃんにわかるのよ?」
「俺には、わかるんだよ」
公園に入ってきた3人の男の子たちが、ブランコを占領しているわたしたちに目を留めた。
健ちゃんが立ち上がる。
「家に工具、あるか?」
「工具?」
「お前の父ちゃん、いろいろ作ってたりしたから、絶対あんだろ。……自転車、見てやるよ」
「直せるの?」
「やってみないと、わかんねーけどな」
健ちゃんは時々言葉がきつい時もあるけれど、すっごく優しい。
それが中学生になって話すことが少なくなって、淋しく思っていた。
自転車を押して、ふたりで歩きながら、健ちゃんに質問する。
「わたしのイライラするところって何?」
「……お前、もっと怒れよ」
「怒る?」
「俺たちは15だ。この国ではまだ親の庇護下にいる。生活費だけ入れて希ねーちゃんが荒れていることにも気づかない父親。それを隠して優梨に我慢ばかりさせる母親。それに生活費持って家出ってなんだよ、希ねーちゃんは。助けてもらっておいて、んな反応しかしない真由にもお前は怒っていいんだ。いつもそうやって貧乏くじひいて、悔しくねーのかよ?」
「悔しいのとは少し違う……わたし、壊したくないんだと思う」
健ちゃんは、ハァ?と声をあげる。
「なんで弱気なんだよ」
「弱気とかじゃないよ。壊すのが怖いだけ」
「それ、イラッとくる」
容赦のない健ちゃんの言い方に、目のあたりがまた熱くなる。
健ちゃんはそんなわたしを見て、頭を掻いた。
「あー、もう、だから、そーじゃなくて! 怖いってのもそーなんだろうけど、本心はちょっと違うだろ? 誤魔化さなくていいのに、お前はそうやって逃げる。俺はそこがイラッと来るんだ」
誤魔化さなくていいのに、逃げてる? それはよくわからない。
「お前、トロいからな。ゆっくり考えろ」
ぱこんと軽く後頭部を叩かれた。
今日は健ちゃんがいっぱい喋ってくれる。こんなに会話が続いたのは、小学生のとき以来かも。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます